last update 2005/08/10
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■夜■
=TONIGHT is the night.=



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そこにあるのは
辿るべき道だけだ





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 白い装甲は、夜目にも鮮やかだ。
 何日かぶりに、己の愛機に乗り込み、手に馴染んだ操縦桿の感触を確かめる。コクピット内部がゆっくりと点灯し始め、眠りから目覚めた虎は、小さく喉を鳴らした。
 慣れた手つきでパネルを操作し、燃料の残量や銃器や計器を確認する。異常は見られない。いつでも駆け出すことができる。

 …と。

 ふと目の前のスクリーンに映し出された壮年の男に気づき、彼はコクピットのハッチを開く。

「…セイジュウロウ殿」
 年の割りにしっかりとした体つきの壮年の男は、大きなゾイドを見上げるように顔を仰いでいる。
「…」
 セイジュウロウは無言のまま立ち上がり、身を翻らせた。舞うようなしぐさで宙に身を踊りだし、音もなく地に足を下ろした。
「調子は如何か?」
 ソウルタイガーを見上げながらラ・カンは何気なく言う。セイジュウロウもつられたように自機を見上げた。
「…問題ない」
 短く答え、セイジュウロウはラ・カンに向き直った。

「ゼ・ルフトでは、苦労をかけたな」
 ラ・カンは言いながらセイジュウロウを見遣った。長身の若者は眉ひとつ動かさない。怜悧なまなざしの切っ先は、ただひたと自分を見据えるだけだ。
「私が同行できればよかったのだが…」
 何かしら深い含みをもった言葉だったが、セイジュウロウは特に詰問する気分にもならない。お互い、過去の傷を曝け出す勇気もなかった。
 ラ・カンの気遣いに首を横に振ると、セイジュウロウは、何処でもない何処かを見遣るように視線をそらした。何か思案があるのか、薄くまぶたを閉じる。
「…本当に」
 消え入りそうな細い声で、セイジュウロウは言った。
「追走はないと、考えているのか…?」
 セイジュウロウの言葉に、ラ・カンは眉をひそめる。
「それは、どういう…?」
「少なくとも、俺が潜入した時点で、ゼ・ルフトに駐留するバイオゾイドは30機以上あった。いくら森へ逃げ込んだとはいえ、たった3機のゾイドを追い立ててこないのは、あまりにも不自然だ」
 足の遅いコングにすら追いついてこなかったのだから。

「…」
 …胸の奥から湧き上がる、この不安感は何だ?
 セイジュウロウはまぶたを閉じる。
 ゼ・ルフトでの街の人々への暴力も制裁も、この目ではっきりと見てきた。あの部隊の長であるはずの、体格のいい男のことも。
 躊躇いや狼狽もなく、見せしめのために、街の人間を射殺しようとした冷酷さも備えていたあの男が、この程度の追走で、本当に終わらせるだろうか。

 薄く表情を翳らせた青年を見遣り、ラ・カンはひとつ息をつく。
「…わかった。皆には用心してゾイドに搭乗したまま休むように伝えておこう」
 セイジュウロウは視線だけラ・カンに向け、小さく頷いた。

「それに、おそらくルージは…」
 ラカンは小さく微笑んでいる。目の端には、年相応の皺がいくつか走っている。
 セイジュウロウはラ・カンの横顔を見、己の愛機を見上げた。そして、小さく呟くように言う。
「…今夜辺り、ここを抜け出す…」
 ラ・カンの言葉の先を予想して、セイジュウロウが言った。
「そう考えているのだろう、あなたも」
 深い濃紺の瞳は、闇夜の帳の落ちた夜空のようだ。思慮深い光が、瞳の奥にちらついている。
 真摯なまなざしの青年を見遣り、ラ・カンは驚いたように目を見開いた。
「セイジュウロウ殿も、そうお考えか?」
 ラ・カンは苦笑を漏らす。
「分かっていて、なぜルージを止めない?」

 ルージに懇願され旅に同行している彼は、ロンの言うようにディガルドに対して敵意をあらわにしているわけでもない。できることなら、穏便に済ませたいと考えるはずだ。実際、ルージがゼ・ルフトへ潜入をしようと言い出したときにも、ルージを制する意味で、代わりにと自分が名乗りを上げたではないか。

「…それが、彼の成長に必要な糧ならば」
 セイジュウロウは夜空を見上げた。闇夜よりもなお濃く暗い森の隙間から、かすかな月明かりが差し込んでくる。
「真実を知ることが、彼に標を与えるのであれば…」
 正義でも悪でもなく、ただそこにある『事実』を目にすることは、ルージにとって必要なことのように、セイジュウロウは思えてならなかった。

 確かにラ・カンに比べれば、レ・ミィの言うように、彼は温室で育ったような部分があるのかもしれない。しかし、それは彼の責任ではない。世界が混沌とし始めたのはつい最近のことで、ルージやレ・ミィのような、年端のいかぬ子供が、戦いの世の中に生を受けることになったのは、大人の責任なのだ。

 国家は奪われることを恐れ、奪われる前に刃を取った。他国を侵攻し、自国を脅かす存在を抹消してきた。
 だが、それは歴史の流れではよくあることだ。歴史は連綿と続き、そして、強いものが勝ち残ってきた。そして、勝者は正義として歴史に名を残す。

 自分の思う正義を貫きたいのならば、強くならなければならない。

『俺は村を守りたい!』
 そう言った彼のまなざしの先にあったのは、いったいどんな未来だったのか。

 守るための強さだとコトナは言った。
 だが、強さだけで何かを守ることはできるのか?

 カグラックでの幾度かの大会で優勝を収めた自分は、確かに並のゾイド乗りから比べれば、『強い』部類の属するのかもしれない。だが、それに驕り、己の力を過信したことはない。
 …ただ。
 それだけの強さを持っていても。

「…強さだけでは、何一つ、守ることはできなかった…」

 彼の嘯きは夜風にかき消され、ラ・カンの耳には届かなかったが、それでもその深刻な表情から、ラ・カンは彼に声を掛けることはできなかった。

 思えば自分を高めるため、修行に明け暮れ、邁進してきた。強さは自分の存在意義であり、唯一の証明でもあった。ルージのように『何かのための』強さを求めてきたわけではない。

 …だからこそ。

 ルージの中にならば、自分の中にはなかった何らかの『答え』が見つけられるのではないか、と、セイジュウロウは思っていた。




 さらさらと木の葉の摺れる音が、静かに響いている。ゼ・ルフトの日中の暑さからは考えられないほど、冷涼な夜風が吹いている。

「…いざというときは」
 セイジュウロウは独り言のように呟いた。
「先陣を頼む」
 白い装甲を撫でながらセイジュウロウは愛機を見上げる。
 そのままセイジュウロウは、地を蹴りコクピットに乗り込む。筋肉の動きを匂わせないような、軽やかな仕草で。

「セイジュウロウ殿…!?」
 ラ・カンはソウルタイガーに乗り込んだ青年を見上げた。
 青年は静かに、ラ・カンを見下ろす。
「…後続の敵は、俺が引き付けておく」

 そう言ったきり、セイジュウロウはハッチを閉じてしまう。
 ラ・カンは苦笑しながら、肩を竦ませた。

 思慮深い彼のことだ。何か考えがあることは分かっている。
 おそらく、追走してくる部隊が、こちらで交戦状態になれば、ゼ・ルフトに駐留するバイオラプターを総動員してくるだろう。
 そうなれば、ルージの潜入は容易になる。

 …囮になるというのか。

 ラ・カンは笑った。

 ソードウルフやランスタッグ、レインボージャークならば後続の敵を振り切ることは容易だ。だが、足の遅いバンブリアンやデッドリーコングがいるとなれば話は変わる。
 それを庇いながら、しんがりを務めようというのだ、彼は。

 実際それを務め上げるだけの実力者でもある。自分やレ・ミィが苦戦した野良のエレファンダーの群れを、たった1機で一掃してしまったのだ。彼の実力や手腕はよく分かる。


 ルージがあの街に戻ることで、何を得るかは分からない。それでも、それが必要なことだと彼は言った。
 確かに、そうなのかもしれない。
 理想や情熱だけではどうにもならないことを、ルージはまだ知らないのかもしれない。現実を目の当たりにすることで、彼がどのように成長するのか、セイジュウロウだけでなく、ラ・カンも興味があった。

 耳目を澄まし、真に物事を理解しようとする聡明な、あの少年ならば。

「…私のように、現実から逃れるようなこともあるまい…」
 浮かんだ微笑は、酷く自嘲的なものだった。





 シートに腰を落ち着け、背を預けながら、セイジュウロウはちいさくため息をついた。

 本来ならば、ここを抜け出すであろうと思われるルージを一人でゼ・ルフトへ向かわせるわけにはいかない。
 だが、足の速いムラサメライガーとソウルタイガーの2機が、一時的とはいえ離脱するとなれば、いざ交戦状態になったときの、ラ・カンのソードウルフやレ・ミィのランスタッグへの負担が大きくなることは否めない。いくらレインボージャークからの空中からの砲撃支援があるにしろ、弾数には限りもあるし、何より見通しの効きづらい森林の中では、飛行ゾイドは思うように動けないだろう。

 …それに。

 あの、大きな角を持った銀色のゾイドを思い浮かべる。
 小型のバイオラプターと違い、ソードウルフを執拗に狙っていた。
 ディガルドの支配している街に、近づきたがらなかったラ・カン。

 ラ・カンがディガルドに追われる身であることは、それらの事柄から想像して余りあったが、セイジュウロウは何も問いただす気にはならない。
 自分もまた、人には言い難い過去を持つ身だ。
 人にはそれぞれ事情も立場もあることは、良く分かっている。

 ただ、自分は、自分にできうる支援をするだけだ。
 まだ幼い少年の、成長のために。

「…そこにあるのは」

 まぶたを閉じる。
 脳裏に焼きついている、少年の姿がある。
 自分の不注意から起きてしまった惨事。
 今でも手に残る、あの時の操縦桿の、鈍い感触。

 後悔するだけでは足りない。
 祈り、願うだけでは足りない。



「彼が指し示す、辿るべき道だけだ…」








END

■あとがき
・何かよくわかりませんが、一応15話『離散』の、離散直前くらいのイメージで。ゲオルグの襲撃を受けたラ・カンたちでしたけど、ミィたちがもう追撃はないと安心しきっていた(?)中で、全員がコクピットで就寝してたことが微妙に変だとおもったので、こんな感じに。セイジュウロウは眠らずにピリピリしてたみたいだし。
・アニメを見ていたときも、ラ・カンとセイジュウロウは、ルージが抜け出したとき、自分たちを囮にしているように見えました。
・あと、みんなが敗走している中、一歩遅れて壁走りで追いついてきた師匠を見て、『きっとしんがりを務めてたんだろうな…』と、勝手に妄想してました。だって師匠、異常に強かったんだもん…。
・ところで、SSで師匠を表現するのって難しいですね。どう喋らせていいのかさっぱりわかりませんわー。おかげで妙に饒舌になってます…。だって話さないと、話進まないんだもん…。

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