last update 2002/09/25
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■ZILLION■ |
=Wherever,whenever,whatever.= 24000hitsリクエスト小説 |
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I will see you , whenever you meet. I will help you , in whatever way I can. 私は、あなたに多くのものを与えられました。 渇いた心に染み渡る あなたの優しさが、 幾度となく綿sの支えとなったことを あなたは 知る由もないでしょう。 …だからこそ 貴方が征くところには 添い、従いましょう。 貴方が望むのなら いつでもあなたのために現れましょう。 私のできうる限り 貴方を支え 救いとなりましょう。 総ては、貴方のために。 『……』 霧靄のかかったような、薄明るい空間。上も下もない。 鵺野は何度かまぶたをしばたたかせる。 ああ、これは夢だ。 妙な体の浮遊感。意識ははっきりとしている。 夢うつつの狭間、確かにそれが『夢』と認識できるときが、ごくまれにある。 そのときは決まって、同じ夢を見るのだ。 『気持ち悪ィんだよ!』 甲高い、子供特有の金切り声。ヒステリックに叫んだ声の主は、小高い土手の上から、何かを振りかぶった。 『死んじまえ!!!』 何人かの子供が迫り出してくる。はじめの子と同じく、何かを投げつけてくるしぐさで。 『!!!!』 鵺野は目を瞑る。 生々しく頭部に走る鈍い衝撃。 ひとつ、ふたつ、みっつ。 そこまで数えて、鵺野は数えることを放棄していた。 石礫がごろごろと足元に転がる。 『やめ…っ!』 拒絶の言葉を発しかけ、そして。 「―――!!!!!」 冷や汗が眉間を伝う感触に、鵺野は目を見開いた。 煌煌と光る白色電球。天井がどきりとするほど白い。 荒く乱れ打つ拍動。 「ああ、目が覚めましたか?」 現実なのか、それとも未だ夢なのか、判断しあぐねていた鵺野を、現実に引き戻したのは、聴き慣れた男の声だった。 「…玉藻…、ッ、俺…」 身を起こしかけた鵺野を静かに制して、玉藻は手にしていた氷嚢の口を金属で留めている。 「はいはい、じっとしていてください。一応けが人なんですから」 手馴れた様子で鵺野を支えてベッドの角度を調節し、玉藻は困ったように苦笑いを浮かべている。 「10針も縫って、熱も上がってきているでしょう?」 氷嚢を枕の上に固定すると、静かに鵺野を横たえる。首筋に感じた、どきりとするほどの冷たさに、鵺野は一気に現実に引き戻されるのを感じていた。 …夢。 未だ乱雑に響く心臓だったが、夢と納得したところで、少しずつ落ち着きはじめる。軽く深呼吸をして、いつもの調子を取り戻そうと、額の冷や汗を拭った。 玉藻は怪訝な表情のまま、じっと鵺野を見据えた。 「…今度は何をやったんです?」 どうせわかっていますけれど、といったような表情で鵺野を見下ろし、玉藻はため息を吐く。 「ああ、ちょっと妖怪とな…」 鵺野は言いながら、気丈に微笑んで見せた。 「妖怪やってけても、労災っておりないんだよなー、参るよ、ホント」 あっけらかんと笑って、話を流す。 「…ははっ…」 どこか引きつった笑いは、実直な玉藻の眼差しを受けるうちに、掻き消えるようにしぼんでいった。 「…鵺野先生」 玉藻は眉を寄せ、鵺野をじっと見詰めている。 思慮深い翠緑の瞳が、魂の奥底まで見透かしそうな獣の瞳が、じっと見つめてくる。 鵺野は、唐突にこみ上げてきた言い表しがたい感情に、胸を詰まらせた。 「…本当は」 鵺野は玉藻から目をそらす。じっと視線を合わせたまま、自分の今の気持ちを言い表す自信はなかった。 「怖いんだよ、凄く」 鵺野は言う。 「妖怪と対峙するたびに、怯えてる」 「…鵺野先生…」 「もとは『ひと』だったかもしれないものを、この左手で切り裂く度に――」 鵺野はこぶしを握り締め、小さく俯いた。 「少しずつ、少しずつ、左手の爪先から、血に染まっていく気がするんだ…」 「鵺野先生!そんなことを考える必要は…!」 柄にもなく感情的に声を荒げ、玉藻は鵺野を見た。 「…いや」 玉藻を制して、鵺野は静かに囁く。 「考えることは、やめない」 恐怖に、不安に、そして慙愧に揺れる紅玉髄の双眸を眇め、鵺野は言葉を連ねた。 「考えることを放棄したら、俺は本当に、あの子たちとおなじになってしまう」 「……」 「ただ、恐怖をやり過ごすためだけに、誰かを傷つけてしまう存在に…」 握り締めた左手が、小さく戦慄いている。 「最後の悪足掻きなのかもしれない。振り切る気力も、勇気もないんだ」 過去を断ち切れない。 己の無力さを嘆くことさえもできない。 「妖怪が、憎いですか?」 玉藻は唐突に切り出す。 「…」 鵺野は玉藻を見やり、己の左手を見おろす。 「憎い…?」 口にして初めて、言葉のもつ意味の重さに、鵺野の胸はずしりと押しつぶされた。 「…憎くない、といえば嘘になる」 ため息は小さなものだった。 「聖人君子じゃないんだ。俺にだって、憎悪なんかの負の感情があるさ。ただ、ひと括りに、妖怪全部を憎んでるわけじゃない」 双眸を閉じ、自嘲的に微笑んだ。 「…全部を憎んでた時期も、もちろんあったけれど」 無駄に強い霊感に悩まされた幼少のころには、妖怪などいなければいいと思ったこともあった。抗う術を持たなかったあのころの自分にとっては、妖怪や霊が、恐怖の対象そのものだったのは確かだ。 恐怖のあまり、相手を傷つけてまで遠ざけようとしてしまう、あの子供たちの気持ちも、今では分からなくもない。 「結局のところ、俺には何も出来やしないんだろうな…」 それきり言葉を発しなくなった鵺野は、かかっていた麻酔や発熱のためか、いつの間にか泥のような眠りに就いていた。 玉藻はそっとため息を吐く。 「……ッ」 唐突にめまいのようなものを感じて、玉藻はこめかみを押さえた。 脳裏にフラッシュバックする光景に、思わず吐き気を催す。 …血の海。 惨劇の跡。 ストレッチャーで駆け込んできた患者は、出血の多さから、顔面蒼白だった。 病院勤めの自分にとっては、見慣れた光景のはずだった。できれば、見慣れたくなどなかったにしても。 『鵺野先生!』 これで何度目か。 こういった状況で、鵺野が担ぎこまれたのは。 彼の生徒らは言う。常に。 鵺野は不死身なのだと。彼が妖怪に負けることなど、あるはずが無いと。 まったくもって根拠の欠片さえも見当たらない。その自信がどこから来るものなのか、玉藻自身、教授を願いたいものだった。 生徒たちは知らないのだ。だからこそ、人の生き死にを易々と口にできる。 ヒトがどれほど脆く、儚い存在であるかということを、考えたこともないのだろう。 確かに生徒らからの視点から言えば、鵺野は途方も無く大きく力強い存在なのかもしれない。 ただ、医者という立場から言えば。 日に何人もの死と直面している自分から言わせて見れば。 今ある力強い命のともし火も、明日には消えてしまうほどに、不確かな存在なのだ。 …だからこそ、ぞっとする。 毎回毎回、鵺野が担ぎこまれる度に。 普通の怪我人や病人ならば、さほど不安になることもない。齢400年を超える自分の叡智を以ってすれば、大抵の事は解決できる。 が、妖怪が関わるとなると、話は別である。 妖気に侵された体躯は、普通の治療では癒すことができない。一見特に外傷がないほうがたちが悪い。寄生虫のように、内側からじわじわと力を奪うものもある。 恐ろしい考えばかりが浮かんでは消える。玉藻の心中は穏やかではない。 「…せめて」 玉藻は嘯いた。 呟きのように。懇願のように。 「私を呼んでさえくれれば、私はいつでも―――…」 ふわふわ、ふわふわ。 海にたゆたうような、揺り篭に揺られるような、奇妙な感覚。 現実感が殆ど無かった。 鵺野は目を眇め、あたりを見回した。 薄い霧のかかった空間は、どこに果てがあるのか見当もつかない。 『死んじまえ!』 『化け物!!』 吐き捨てられる暴言の嵐に、鵺野は小さくかぶりを振る。 また、だ。 また、この悪夢の繰り返し。 眼前に広がるのは、見覚えのある川原の土手。 夕暮れ時、下校途中の小学生の群れ。 赤や黒のランドセルが入り混じっている。 『妖怪がうつるだろッ!』 投げかけられる石と誹りと。 気でも触れたかのような、集団ヒステリーと。 ちいさな少年ただひとりに向けられる、暴力。 鵺野はああ、と嘆息を漏らした。 『痛い、やめてよ!』 少年はろくに抵抗もできず、ただただ座り込み、蹲った。 雨あられのように降り注いでくる、誹謗中傷の嵐と、石礫の嵐と。 『やめ…っ』 がつり、と鈍い音。 いずれかの小石が少年の頭部に命中する。衝撃で舌を噛んだ。 同時に、鵺野の口内に、血の味が充満する。 過去の出来事だと、自身に言い聞かせようとしても、感情の濁流は、理性をもみ消してしまう。 古い映画のように、微かに色あせた過去の映像が、眼前に広がっている。記憶はひどく曖昧で、暴力を加えてきた少年少女の顔など、ほとんど背景に溶け込んで入りがごとく不鮮明だ。 ただ、感情だけが、掻き立てられ、反響し、増幅する。 忘れるな、と、己に言い聞かせるように。 この痛みも苦しみも、忘れてはならないと。 『鵺野君』 微笑む恩師の姿がある。 『君はこの力のために、酷く虐げられ、傷つくこともあるでしょう』 薄亜麻色の長髪が風に流れる。 『人間は酷く弱い生き物だから、他人を妬んだり、恐れたり…心の内に暗い感情を持ったりもするの』 濡れ濡れと煌く、思慮深い黒曜石の双眸が、ひたと彼を見つめる。 『でも、それと同じくらい…』 微笑は、どこかの有名画家の描いた聖母マリア像よりもなお敬虔で尊い。 『人は強くも優しくもなれるのよ…』 妖蛇に内側から貪られ、魂すらも食い尽くされた恩師。 『お願い』 今際の際にさえ、微笑を絶やしはしなかった。 『…忘れないでね…』 「…忘れる…?」 鵺野はごちた。独り言のように。 「忘れられるはず…」 喉が震える。涙が溢れる。 忘れられるはずが、無いじゃないか! ひとの弱さも強さも、すべてあの人から学んだのだ。 「美奈子先生…」 耳の奥にこだまする。 肉の裂かれる音。骨の砕ける音。 血の生ぬるい臭い。 ただ逃げるしか方法の無かった、幼いころの自分。 「…どうせなら、俺が…」 ただ逃げ出しただけで、のうのうと生き延びてしまっている自分。 「俺が、死んでしまえばよかったのに…」 恩師・美奈子が無くなってから、彼に対するいじめは、酷くなる一方だった。 美奈子が亡くなったという怒りをぶつけられたこともあるだろう。 ただ、その根底に根深くはびこっていたのは、紛れも無く、彼に対する恐怖そのものだった。 二者反律。向けられる暴虐は、畏怖の裏返し。 ただひとりの少年に対して、子供たちはよほどの恐怖を抱いていたに違いない。子供ゆえの純粋さや残虐性で、虐待は簡単にエスカレートしていく。 『やめてよ、やめて…!』 叫び声は虚しく掻き消える。 ずきん、ずきん。 唐突に激しい頭痛に襲われ、鵺野は頭を抱える。 目の前の情景は、いつ果てるとも無く、繰り返し繰り返し再生される。 「い…ゃだ…ッ!」 喉につまったものを吐き出すように、鵺野は叫ぶ。 悲鳴のように。 泣いてはいけない。弱さを見せてはいけない。傷を晒してはいけない。 笑わなければ。気丈に微笑み続けなければ。 そうしなければ、崩れてしまう。壊れてしまう。 不安が、恐怖が。 …心が、あふれ出す…! 『鵺野先生…!』 呼ばれて、いる…? 「鵺野先生、しっかり!」 夢にうなされ、もがくようにシーツを握り締める鵺野を揺さぶりながら、玉藻は叫ぶように彼の名を呼んだ。 「…ぅ、ッ」 小さな呻きがもれるのと同時に、鵺野の双眸から、大粒の涙が溢れ出す。 玉藻は思わず、ぎくりと強張った。 「鵺野先生!」 呼びかけに気づく様子もなく、鵺野は低く呻きながら、脂汗を浮かべて、ベッドの上をのた打ち回っている。 何だ、何を見ているんだ! 玉藻は自身の背筋に嫌な汗が伝い落ちるのを感じた。 妖怪と戦ってできた怪我、と鵺野は言った。 何か性質の悪い妖怪に、呪いでもかけられたのではないか、などと、嫌な考えが浮かぶ。 「…ッ」 玉藻は小さく舌打ちすると、白衣の内ポケットから、小さな霊水球を取り出す。 「貧狼巨門隷大…」 詠唱とともに、神々しいまでの光があふれ出す。 「分曲廉貞武曲」 苦悶に歪む鵺野の表情も、光の瀑布に呑み込まれていく。 「破軍!」 自身の体重を感じさせない、不可思議な空間。 玉藻はゆっくりと地面に降り立つ。 降り立つ、というのが的確な表現なのかどうか、玉藻自身、判断しあぐねた。足元は感触を感じさせない、不思議な素材だ。 真っ白な空間。どこまでもひと繋がりの空間。果てはあるのかないのか、それさえも分からない。 どこからともなく、微かな風が吹いてくる。 その風さえも、温度を感じさせない。 色も、匂いも、温度さえも存在しない世界。 玉藻は小さく首をめぐらせた。 妖孤は時として、人の意識を操る。相手の意識を侵略して。 「…応用如何では、相手の深層心理にもぐりこむこともできると踏んだんだが…」 玉藻はごちて、あたりの様子を伺った。 …と。 ふと視線の先に、見覚えのある人影を捉えた。 膝を折り、項垂れた青年の姿を。 「鵺野先生!」 玉藻は呼びかけた。 どうやら、予想していたような惨事はないようだ。どこにも、妖気の欠片すら見当たらない。 「…鵺野先生…?」 呼びかけに反応しない鵺野に、玉藻は怪訝な表情を見せた。 …様子がおかしい…? 蹲った鵺野の肩に、そっと手を乗せる。 …震えている。 「鵺野せんせ…!」 呼びかけを、最後まで発することは無かった。 ふと、白だけだった空間に、スクリーンのように何かの映像が投影される。 言葉を発するタイミングを失い、玉藻はあたりを見回した。 茜に染め抜かれた、どこかの川岸だろうか。 唐突に別世界に放り出されたような気分の玉藻は、唖然としたまま硬直している。 「…す、け…」 ふと鵺野が声を発する。 「た、すけ…」 がちがちと奥歯が鳴っている。 「鵺野先生…?」 玉藻は鵺野の肩をゆすった。 「う、ぁあ…、あアぁッ!!!」 悲鳴のように鵺野は叫んだ。 「鵺野先生!?」 玉藻は驚愕し、鵺野の肩を強く揺さぶる。 「鵺…!!」 弾かれたように、玉藻は面を上げた。 目の前に、小さな少年が佇んでいる。 顔も体も痣だらけだ。真新しい血の跡も生々しい。 「…!」 玉藻は射すくめられたように固まったままだ。 一瞬、少年と玉藻の視線がかち合う。 茜色よりなお紅く、宝石めいた双眸に、玉藻は言葉を失う。 だが、それも一瞬のこと。 少年はどこか別の方を見やり、そのまま重たい足を引きずるように歩み始めた。 玉藻は唐突に理解した。 これが、鵺野自身の過去なのだと。 「…あ」 しばらく言葉を失っていた玉藻だったが、ふと我にかえったように、声を発した。 …刹那。 「…痛ッ!」 少年の体が仰け反る。 何かが飛来する。 がつり、と鈍い音がする。 よろめき、倒れかけた少年に、容赦なく石礫が投げかけられる。 「……!」 玉藻は石の投げかけられるほうを見やった。 微かに小高い土手の上。 草原に、何人かの子供たちがたむろしている。 『死んじまえ、化け物!』 浴びせかけられる罵声に、少年は堪らず駆け出した。 『痛い、やめてよ!』 悲鳴をあげて、走る少年に、石はなお投げつけられている。 「…ッ、やめろ!」 玉藻は叫んで飛び出した。 少年少女たちに掴みかかる。 だが、手の届く数歩前に、彼らは霧のように掻き消えた。 「…!!?」 あたりを見回すが、あたりは最初のころのような、ただの白い空間だった。 静寂が痛いほどに。 「…何なんだ…?」 玉藻は嘯く。 『痛い、やめてよ!』 遥か後方で、再び叫び声があがる。 玉藻は振り返りざま、信じられない光景を目にした。 先ほどまで見ていた情景が、再び映し出されている。 鵺野は相変わらず、じっと俯いたままだ。 「…なんということだ…」 繰り返し。 繰り返し。 彼は見続けているというのか。 この、絶望の荒野のような過去の情景を。 「…っ、」 これが、彼の心的障害、トラウマ。 「先生…」 玉藻の呼びかけなど耳に届かず、鵺野はうつむいたきり、顔を上げようとはしない。 ぽつぽつと地面に落ち、染み込んでいく涙の数滴。 …分かっているのだ、と玉藻は思う。 彼は絶望しながら、同時にどこまでも単純に理解している。 理解しているからこそ、過去の自分に手を差し伸べることができない。 過去は過去。 忘れようとしても、掻き消そうとしても、事実を違えることなど、出来はしない。 ここで、この過去のイメージを打ち砕いて、過去を捨て去ることは簡単だ。 ただ、それでは何も変わらない。 何も始まらないし、何も終わらない――…。 「…鵺野先生…」 玉藻は呼んだ。彼の魂に届けと願いながら。 「目を開けて、前を見なさい、鵺野先生」 うなだれたままの鵺野の前に方膝をつき、鵺野の顔を覗き込む。 前髪に隠れ、暗く翳る表情は伺えない。 ただ、小刻みに震える両肩の頼りなさが、玉藻の心を揺さぶる。 今の彼に必要なのは。 忘れることではない。消し去ることではない。 乗り越えるための勇気と気力なのだ。 「鵺野先生、前を―――」 『――前を――』 鵺野の胸に、小さく響く言霊。 「私は、いつでも、あなたの傍にいますから」 地面を掴むように、固く握り締められていた拳のうえから、玉藻はそっと自身の手のひらを重ねた。 びくり、と鵺野の方が揺れる。 「あなたが必要とするのなら、どうか私を呼んでください」 固く握られていた拳が、氷のように頑なだった拳が、玉藻の手のひらによって、かすかに解ける。あたかも、暖を得た花のつぼみの様に。雪解けの、せせらぎのように。 「…辛かったでしょう」 鵺野の震える手のひらを、両手で包み込むようにうやうやしく支え持ち、玉藻はその手のひらを自身の額に押し当てた。 「あなたの双肩にかけられたものの重さは、あまりにも大きい」 「私もともに征きましょう」 「あなたの運命を、私もともに辿りましょう」 玉藻の告白は、どこまでも真摯で、情熱的だった。 「…どうか、忘れないで…」 「…あ…」 鵺野は見上げた。 優美な、厳かな、妖孤の眼差しを。 危険で、残虐で狡猾な闇の者である妖孤。だが今は、どこまでも透明でどこまでも清らかで、自由奔放な、光に満ちた存在だった。 …光。 鵺野の双眸から、とめどなく涙があふれる。 それは夕日の茜を照り返して、彼の瞳の光彩そっくりの紅玉に煌いている。 見開かれた双眸や、溢れ返った涙のためか、彼はひどくあどけなく幼く見えた。 彼は今、幼子同然だった。姿形は大人のなりだとしても。 傷つきやすく、壊れやすく。どうじにどこまでも優しく強い存在なのだ。 いとおしさのあまり、玉藻は彼を掻き抱いた。 鵺野はされるまま、身をゆだねる。 撓る背の細さが、玉藻の庇護欲を掻きたてるようだった。 「――私が、いつでもあなたの傍に――…」 「お加減はいかがですか?」 玉藻は言いながら、カップに注いだ水を差し出した。 「ああ、だいぶイイよ」 鵺野はカップを受け取り、水を啜る。 「でも」 不意にカップを口から離し、鵺野は言う。 「何か、ところどころ記憶が飛んでるンだよなー…」 「熱が高かったからでしょう。まだ完全に下がったわけではありませんし」 そういって玉藻は、鵺野の額に張り付いている前髪を整えてやる。 「…何か不安でも?」 「いや…」 玉藻の言葉に、鵺野は思わず言葉を濁す。 「そうじゃないけど…」 何か、引っかかるものがあるのは確かだ。 「…大丈夫ですよ、あなたは一人ではない。私がここにいますから」 「何だよ、クサいセリフだなー」 今時三文小説でも使われないような安っぽいセリフに、鵺野は思わず笑ってしまった。気恥ずかしさをごまかすように、わざとらしく咳払いをする。 邪険にあしらいつつも、心の奥底ではやはり嬉しさを隠しえない。 胸の中を駆け抜ける、寂寥感にも似た、甘酸っぱい感じ。 鵺野は双眸を眇め、玉藻を見上げた。 どこかで同じような台詞を聞いたような気がするのは、気のせいではないと思いたい。 「…鵺野先生」 玉藻はじっと鵺野を見詰めた。いつにも増して、真剣な面持ちで。 「傷を隠さないでください、先生」 玉藻は静かに宣った。 「心の傷はね、先生。消せないんですよ」 普段の彼からは想像できないような穏やかさに、鵺野は思わず面食らっていたが、心地よい語り掛けに、いつしか安堵の眼差しを送っていた。 「それでも、癒すことはできます」 玉藻の言葉は、心の奥底にしみこんでくる。 ごく当たり前に、ごく自然に。 「痛みを知り、そして、その痛みを乗り越えるからこそ」 獣の双眸は、どこまでも限りなく穏やかだ。 「人は強く、優しくなれるのではないですか?」 「…」 普段とはまったく逆の立場のような物言いだ。 これまで玉藻は、人間を卑下することはあっても、褒めるといったことは無かったようにおもう。人との関わり合いの中で、少しずつ玉藻に、良い意味での『人間臭さ』が現れるようになったのかもしれない。 『ヒト』に限りなく近い妖孤。 『ヒト』でありながらも、それとは随分とかけ離れた存在である自分。 「珍しいな、お前がそんなこと言うなんて」 「…そうですか?」 玉藻は微笑んだ。 ただ、たおやかに。 だからこそ。 あなたはもっと、強くなれる―――…。 END |
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■あとがき まったく申し訳ない文章でス…ガフッ(吐血) なんだかやたら玉藻がいい人クサイのが、 疑わしいところですが、ご容赦ください。 リク小説ですが、まったくもってリクをこなせてナイんですぅ〜 あっはぁん★ 本来出るはずだった《ZILLION》という同人誌がポシャッたんで ここで出してしまいましたが、おかげでタイトルと内容が かみ合ってない〜〜〜!ゲフン! 元来漫画で描こうとしていたものですから、無駄にラブってます。 ええ、高宮、実は漫画は基本的にラブ、 小説はシリアスと書き分けてんですね。 小説で書き表せるものと、漫画で描き表せるものって、 結構違うんですよね。 まー、何書いても言い訳に過ぎませんが。 |
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