last update 2001/09/17
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■カタストロフィー■
=CATASTROPHE=






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知性(サピエンス)

それが生み出した罪


悲劇(カタストロフィー)





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 水溜りが点々と続いている。鉄製の階段はさびて酷い有様だ。下手をしたら、足を乗せたとたんに崩れかねない。
 ブルーは慎重に手すりを掴み、1歩ずつ確かめるように足を進めた。


 クーロン裏通り。


 噂の通り、随分と不気味なところだった。頭上を猛禽類のたぐいが飛び交い、路地の影には、野党のような、追いはぎのような連中が、下卑た笑いを浮かべながらこちらを見ている。
 ブルーは心底うんざりしながら、小さくため息をついた。
 ドゥヴァンで『印術の資質を得るためには、ルーンの石を集めなければならない』と宣告された。腰にくくりつけておいた小さな布袋の中には、小石がはいっており、足を進める度に、じゃらじゃらと音を立てていた。
「…迂遠なことだ」
 ブルーは独りごちた。
 階段を降りきり、あたりを見回す。と、奥まった建物の影、ぱっと見、見逃してしまいそうなところに、その建物はあった。大きな看板のネオンが雨に滲んで不思議な光沢を放っている。


 門戸は鈍色で、思っていたよりずっと大きい。手で軽く押すと、すんなり開いた。


「…すまないが…」
 声をかけるが、返事はない。掛け時計の秒針が進む、こつこつとした音が嫌に大きく響いている。
 雨に濡れた前髪を掻きあげて、ブルーはあたりを見回した。病院の待合室のわりに、随分と薄暗い。人も見られない。不気味な人骨標本がのっそりと立ち尽くしているほか、何か目立ったものがあるかと言われれば、そうでもない。明かりをつけるスイッチを探しながら、ブルーは視線を彷徨わせた。


 ……と。


 唐突に掛け時計の鐘がなり始める。随分と大きな音で。その刹那、鐘の音に折り重なるように悲鳴が走った。ブルーは声のした方、奥の診療室を、はっと振り返った。


「…次の方」
 低い声はその扉の向こうから聞こえてきた。ブルーは息を呑み、ドアノブに手をかける。
 みしみしと低い軋みを立ててドアが向こう側に開いた。
 薄暗い部屋。蝋燭の灯心が揺れているのか、微かに洩れる光が人影を揺らす。
「どのような症状で?」
 デスクに向かったままブルーを振り返りもせず、医者が言う。何か書き物でもしているのだろうか。右手がせわしなく走っていた。
「…ヌサカーン…医師」
 ブルーは小さく呼んだ。医者は顔を上げ、回転椅子を回してブルーを見遣る。
 鴉の濡れ羽色とでもいうのだろうか。漆黒の長髪は、闇夜に溶け込んでしまいそうだった。薄闇の中、白々とした白衣は、それ自体が光を放っているように目立つ。
「…見たところ、随分と健康そうだか?」
 ヌサカーンは無表情を崩さず、そう言った。
「病人以外はお断りだ」
「…ルーンの情報を探している」
 視線を外したヌサカーンにブルーは言う。
「あなたがルーンについて情報をもっていると聞いた」
 ヌサカーンは別段驚いた風でもなく、軽く襟元を緩めると、腰掛けていた椅子から立ち上がる。
「…確かに」
 ヌサカーンは言った。吹雪を思わせるような、冷たい声色で。
「ルーンと関連しているかも知れないことを知ってはいるが」
 怜悧な眼差しに見据えられ、ブルーは思わず息を呑んだ。こういった雰囲気をもつ人物を初めて目の当たりにしたのかもしれない。


 …はじめて?


 ブルーは独り心の中で反芻した。


 初めてじゃあ無い…?


 姿形は完全にヒトそのものである。
「どうしてルーンを必要とする?」
 言葉もヒトの使うそれである。
「…資質を集めなければならない…どうしても」
 ブルーはヌサカーンをわずかに見上げ、言葉を慎重に選んだ。
「術士として、完全になる為に…」
 ブルーがそう言った途端、ヌサカーンは笑った。嘲笑のように。
「…なるほど」
 掛けていた眼鏡をはずして、白衣の裾で磨いている。
「その法衣、何処かで見たことがあるような気がしていたが…キングダムの術士か…」
 その眼差し。何処か作り物めいた紺碧。
「…あなたは…」
 思わず喉に絡まるような声になり、ブルーは何度か咳払いをして声を整えた。
「人間ではない…?」
 その言葉を聞き、ヌサカーンは微かに驚愕したような表情を見せた。
「これは驚きだな。外見はほとんど人間と変わらないのだが…」
「あなたに似た雰囲気の人物に会ったことがある。…キングダムで」
 そう言ってブルーは、工房にいたフルドを思い浮かべていた。多くを語り合ったことは無かったが、あの神秘的な空間にブルーは心惹かれていた。
「その人物は、自分を『妖魔』だと言っていた」
「いかにも」
 ヌサカーンは眼鏡を掛けなおし、指で押しあげるように、眼鏡の位置を調整している。
「私は妖魔だ。外見はほとんどヒトと変わらん。流れる血が、青いこと以外はな。上級妖魔のほとんどは、例外なくヒトに近い姿をしている」
 上級妖魔、という言葉にブルーは眉を顰めた。『上級』があるのなら、『下級』もあるはずである。言葉に出して言うことはしなかったが、ブルーの表情を見たヌサカーンは、こう付け加えた。
「妖魔は、生まれもって身についている能力の大きさで位分けされる。後天的に得た力がどれほど強くても、それは評価の対照にはならないのだよ」







「どうして、そこまでして資質を求める?」
 ヌサカーンは言う。
「…キングダムは能力の高い術士を必要としている」
 ブルーは淡々と言った。ヌサカーンは眉ひとつ動かす気配は無い。
「普通、相対する術の資質を得ることはできない。だが、双子の兄弟を殺して、その力を取り込めば、総ての資質を得ることが出来る」
「…相手が自分と同じ資質を集めたら?」
「それはない」
 ブルーは決然と言い放った。ブルーの言葉に、ヌサカーンは小さく笑った。何の根拠も無い。だが、それは確かに『確信』なのだろう。
「なるほどな」
 ヌサカーンは言った。嘲笑のような笑みを、唇に湛えたまま。
「お互いに相補的な関係にある、ということか。まぁ、生物の根源自体『相補性』に縛られていることを考えれば、ある意味確かなことかも知れん」
「生物の総てが持っている遺伝情報。染色糸DNAも、言うなれば双子の関係にある。規則的な二重螺旋を連ね、互いに互いを複製しあうんだ」
「生物学学的に言うなれば、二重螺旋のヌクレオチド鎖が塩基の相補性によってアデニン(A)とチミン(T)、グアニン(G)とシトシン(C)が対になってお互いを複製しあうんだ。2重螺旋が解けると、片割れ同士、自分の塩基配列から、無くなった相手を複製しようとする。たとえば、自分の塩基配列がATCGであれば、相対するTAGCという塩基配列を作り出し、元の2重螺旋を復元する。半保存的複製モデルと言われるんだが、一般には鋳型(いがた)説のほうが浸透しているだろうな」
 

「…要するに、なくした片割れを求めるのは、遺伝的に立証される『本能』なのだよ」


ホモサピエンス
「人類」
 ヌサカーンは呟くように言った。
「まったく何が『サピエンス(知性)』だ。笑わせてくれる」
 大仰に肩をすくめる。
「わざわざ兄弟に殺し合いをさせて、多く生まれてきた子孫を、減らしにかかるとは」
 蔑み、と言っていいような、そんな目でブルーを見遣り、ヌサカーンは酷く哀れんだような声で言葉を続けた。
「…ブルー、お前はいつか気づくだろう。…後悔の念と、自責の念に駆られながら」
 ブルーは何も言わない。
「キングダムの言う『正当性』が、どれだけ生物界の秩序に反しているかを」
 ヌサカーンは、力強く言い募る。
「…その手が、いったい誰の血で汚れているのかをね」


「…そんなことはどうでもいい。ルーンのことを話してくれ」
 ブルーはヌサカーンの話を聞き流し、本題を突き詰めた。
 ヌサカーンはくつくつと笑いをこらえるように背を震わせ、顎に手を当て、暫く逡巡する。
「近頃、地脈の乱れが酷い。ルーンと何らかの関係があるかも知れない」
「…そうか」
 そういうや否や、ブルーはヌサカーンに背を向け、足早に部屋を後にしようとする。
「待て」
 それをヌサカーンが制した。
「…ヌサカーン医師?」
「ヌサカーンでいい」
 そういうとヌサカーンは近くに置いてあった往診用の鞄のようなものに、手早く荷物をまとめた。
「なかなか面白そうだ。私も同行させてもらうよ」
 ヌサカーンはブルーを見た。医師は、随分と楽しげな表情をしている。
「双子の運命とやらを、最後まで見てみたくなった」






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 重たい門戸が、かすかに軋みをあげて開かれる。薄闇の中、かすかに金色じみた燐光を放っているのは壁に掛けられた灯火だろうか。
 長く続く廊下を渡る。壁に装飾されたきらびやかな金細工の数々。成金めいた感じはまったくしなかったが、荘厳さは際立っていた。太い柱は大理石だろうか。天井付近では緩くアーチ上になっている。天窓からは、金糸めいた光が透き通って降り注いできていた。
 どこかキングダムのフルドの工房につくりが似ている、とブルーは思っていた。工房はもっと静謐で怜悧な感じがしたが、この宮殿は、むしろ、『荘厳』という言葉がよく似合っていた。
「いきなり来て、指輪の君は会ってくれるのかしら?」
 メイレンが不安げに言う。
「もしも機嫌を損ねたりしたら、2度と会ってくれないンじゃない?」
 長いのぼり階段を進みながら、クーンは反駁した。
「でも指輪、持ってるんだよね。だったらいつかは会わなきゃいけないンだしー…」
 そうは言うものの、不安を隠し切れない様子で、クーンは俯いた。
「…心配は要らないだろう」
 その場の暗い空気を払拭するように、ヌサカーンは言った。
 階段を昇りきったブルーは、無言のまま、わずかに後ろを振り返る。追いついてきたクーンやメイレン達が、目の前の大きな扉を見上げた。
「この向こうかぁ…どきどきするね」
 クーンは言いながらドアに手をかけた。
 思いのほか扉は軽く開く。見た目よりもはるかに軽い素材で出来ていたのだろうか。それとも術でもかけてあったのだろうか。


「おじゃましまァす!」
 クーンは元気よく叫んだ。広いホールのような空間に、その声はよく響いた。
 中央にある豪奢な椅子に鎮座した男が、ちらりとクーンを見た。
 彼の背面には、美麗なステンドグラスの窓が並んでいる。臙脂色の毛足の長い絨毯が敷き詰められ、一歩ごとに足が深く埋まる。
 転寝でもしていたのか、指輪の君は小さくあくびを洩らした。肘掛けに置いていた腕を上げて、長髪を背に払う。
「久しぶりのお客様だね」
 微笑む顔は、どこか作り物めいていた。
「元気な挨拶は賛辞に値する」
 赤い裳裾を翻して、指輪の君は立ち上がった。
「…久しぶりだな」
「! ヌサカーン!?」
 クーンの後ろ、ドアを潜って長身の医師が姿をあらわしたのを見、指輪の君は叫んだ。
「相変わらず病魔を集めて研究しているのか?」
 級友に接するような態度でいう指輪の君に、ヌサカーンは小さく微笑んだ。
「まぁ、な。今はもっと面白そうな素材が見つかってね。お前はどうなんだ、ヴァジュイール」
 目線だけ一瞬ブルーに向け、ヌサカーンはヴァジュイールに向き直った。
「最近はここを訪れるものも少なくてな。暇を持て余していたところだ」
 いそいそと歩み寄ってくる。
「お前が客人だというなら、話は早い。歓迎するぞ」
「いや、今日は別の用事でな」
 そういうとヌサカーンはクーンとブルーを、ヴァジュイールの前に押し出した。
「…この2人がお前に用事だそうだ」


「あのー、僕、指輪をさがしてるンです!」
「…私は術の資質を」
 ブルーとクーンはそういうと、長身の妖魔を見あげた。とくに顔色ひとつ変えず、表情が読み取りにくい。ヴァジュイールは暫く逡巡すると2人に言った。
「指輪か…。それなら、いくつかの試練を受けてもらうよ。指輪に対応した8つの謎を解いて、鍵を集めてもらう。そうだね、そちらの術士殿は協力してはいけないよ。君はなかなか賢そうだしね。これは彼が自分で解かなければいけない問題だし」
 訝しそうな表情を見せるブルーに、ヴァジュイールは苦笑した。
「何、術士殿。君には君の仕事がある」
「…ブルーです」
「では、ブルー。資質を得るには、まず資質を持つ『時の君』に会わなければならないが…彼に会うには『砂の器』が必要だ」
「…砂の器?」
「ファシナトゥールの城下町にいる妖魔が作ってくれる。ただ、君の命を削ることになるが」
「…構いません」
「…そうか。器を得たら、再びここに来ればいい。後は私が資質を持つものの所まで送り届けよう」




 クーンとブルーは身支度を整える。メイレンたちもそれに続いた。
「…ブルー」
 ヌサカーンに呼び止められたブルーは、振り向く。
「本当にいいのか。そんなことをしてまで、本当に資質は必要なのか?」
「…あなたには関係ない」
 そう言ってブルーは小さく笑った。
「…いや、関係ある、か」
 嘯きのような、独り言のような声で。
「私達、双子の運命を、最期まで見たかったんだろう?」
「…そうは言ったが」
 ヌサカーンは言いながら、ブルーを見据えた。紺碧の双眸がかすかに眇められると、ヌサカーンは小さく吐息をついた。
「お前は…」
 本当にそれでいいのか?
 いえない言葉を飲み込んで、ヌサカーンは口を閉ざした。
 随分と愚問だ、と自分でも良くわかっていた。資質を得るために、ブルーはこれまで、何かを厭うことはなかったではないか。…そして多分、これからも。
 それがおそらく彼の性格なのだろう。悲しいほどキングダムに忠実な術士。
 それが『ブルー』なのだから。








 独りで行く、といったブルーをシップ発着所まで見送った後、クーンはメイレンやゲンたちを連れ立って、ヴァジュイールの言う『試練』を受けに行った。ヌサカーンは宮殿に留まり、ヴァジュイールの自室へと招かれた。
 豪奢な室内。使われているのかどうか解らない執務机。
 揺らめくともし火に彩られて、室内はおぼろげなオレンジ色に染め抜かれている。
 顔をめぐらせて見れば、太い柱に、随分と繊細な彫刻が施されているのが、目に入った。
 呼ばれるまま卓につき、差し出されたゴブレットを手にとる。赤紫色の液体の注がれたそれに、ヌサカーンは舐めるように口をつけた。
「…どれほどぶりだろうな。お前とこうして酒を酌み交わすのは」
 ヴァジュイールはそういうと、自身のゴブレットを傾けた。
「クーロンに引きこもって、街医者をしているという話は聞いていたが…」
 ヴァジュイールの言葉に、特に返事を返すでもなく、ヌサカーンは押し黙ったままだった。
「私やオルロワージュのように、城を築けば良かろうに…」
「そういう面倒なことは嫌いなんだ」
 そっけなく答えると、ヴァジュイールが苦笑を洩らす。
「…相変わらず、と言ったところか」
 遠く思いを馳せるように黒曜石の双眸を細め、ヴァジュイールはヌサカーンを見遣った。
「妖魔の君、と言われた妖魔は、今では私とオルロワージュくらいしか居ない…」
「時の君は自分自身を封印してしまったしな」
「…お前もな」
 ヴァジュイールの言葉にヌサカーンは顔を上げた。
「何かを極めようと『努力』するのは、妖魔らしくないんだろう?」
 『努力』とはまた違ったが、確かにヌサカーンは研究熱心だった。大抵の妖魔が見下してあまり接しようとしない人間とも、ヌサカーンはそれなりに付き合ってきた。そういった意味で、確かにヌサカーンは非常に型破りな妖魔だったに違いない。
 唐突にヴァジュイールは神妙な顔つきになる。
「最近のオルロワージュの行動は目に余る。確かに、奴は強い。が、物事に執着しすぎている…。寵姫が脱走したそうだな。自分が血を与えた人間と共に」
「…そんな噂も聞いた」
 ヌサカーンはそう言って窓の外を見遣った。随分と日が傾いできている。
「オルロワージュが責められるなら、私も責め苦を受けねばなるまい」
 言いながら自嘲的な笑みを浮かべ、ヌサカーンは眼鏡を押し上げた。
「…あの人間に執着している事をか?」
 ヴァジュイールは空になったゴブレットに、新たな蒸留酒を注ぎ足しながら言った。
「キングダムの…」
「…ブルー、だ」
「そう、『最強の術士』のな」
 一首形容しがたい雰囲気が、あたりを支配した。
「それほどまでに執着しているなら、とっとと、彼にお前の『血』を与えてやることだな。人間の生涯は短い。早いうちに手を打っておく方が得策だぞ」
「…そのつもりはない」
 ヌサカーンは言う。
「彼は自分が半妖になることを、望みはしない。何しろ随分と気高い魂だからな」
「…それは見ていれば解る」
 半分ほど飲みおえたゴブレットを見つめて、ヌサカーンは小声で囁いた。
「どう思う?」
「…何を?」
 ヴァジュイールの問いに、ヌサカーンはどう切り出したものかと、言葉をさがした。
「…ブルーは勝つだろうか。…時の君に」
「…ほぼ間違いなく、負ける、だろうな」
 ヴァジュイールは当然のように言い放った。
「生まれてこのかた、…妖魔の君の名を冠する上級妖魔が、ただの『ヒト』に殺されたなどという話は、聞いたことがない。…半妖ならまだしも」
 ヴァジュイールの言う事はもっともだった。ヌサカーンは小さく吐息をつくと、残っていた酒を、あおるように飲み干した。
「妖魔は自身よりも位の高い妖魔にしか、その存在を消滅させられることはない。ヒトには無理な話だ」
 無言を固く守っていたヌサカーンに、ヴァジュイールは言った。
「万が一…万が一だ」
 ヴァジュイールは嘯いた。
「万が一…あの術士が時の君に勝ったなら」
「…」
 ヌサカーンは無言のまま、ヴァジュイールの言葉に、耳をそばだてた。
「彼はもはや、ヒトではない。我々に近い存在だということになる」
 ゴブレットを卓におき、ヴァジュイールは言った。
「確かに、あの『何者をも魅了する美貌』や『総てをかしずかせる力』『尊いまでの気高い誇り』は、妖魔になりうる資質ではあるかも知れんが…」








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「…そんなにまでして、資質を集めなきゃいけないの…?」
 アニーは悲痛な表情でブルーを見遣った。
 ブルーは虚空を見つめたまま、微動だにしない。さらさらと棚引く金糸の髪も、青い裳裾も、妖魔の返り血のために、ひどい有様だった。
「これで、いいんだ…これで」
 自身に言い聞かせるように反芻し、ブルーは踵を返す。
 血の気のない蒼白な表情で、ブルーは重い脚を引き摺るように歩いた。


 時術の資質を得るためには、その資質を持っていた【時の君】を倒さなければならなかった。ブルーは彼との戦いに勝利し、その資質を得ることができたが、なぜか心は晴れない。
 彼の遺骸は、さらさらと風に融けるように消えてしまった。ふと気づけば、大量に浴びていた青色の返り血も、瞬時に蒸発するように掻き消えた。何が起きたのか一瞬わからず、ブルーは目を瞠ったまま、その場に立ち尽くしてしまう。
「…これが妖魔の最期だ」
 背後から長身の医師が進み出る。
「妖魔の死は【存在の抹消】だからな」
「ヌサカーン」
 ブルーはヌサカーンを振り返る。
「あなたが死ぬときも、こうなると?」
 ブルーの問いに、ヌサカーンは小さく笑った。
「ああ、多分同じだろうな。だが妖魔は、そう簡単に死ぬ生物ではない」
 ヌサカーンは時の君が消えた虚空を見据えながら、ブルーに言った。
「妖魔は自分よりも位の高い妖魔にしか、存在を消されることはない。上級妖魔ともなれば、ほとんど敵はいないといったところかな。ヴァジュイールやオルロワージュは、無敵、といっても構わんだろう」
 時の君ほどの妖魔を消滅させた、『最強の術士』。
 ブルー自身、自覚はないかもしれないが、彼の持つ魔力は、もはや軌を逸している。普通の人間が持つには、大きすぎる力だ。双子の方割れを『吸収』することで、さらに力を得るとなれば、もはや彼は『ヒト』とは言えない存在になってしまう。
「…ブルー、お前は…」
 ヌサカーンの言葉に、ブルーは顔をめぐらせる。
「お前は、いったい何者なんだ…?」
 その問いに、ブルーは微笑んだ。途方もなく、艶然と。
「ヌサカーン」
 随分と穏やかな表情で、ブルーは言う。
「それは…その疑問は、何よりも私自身の疑問でもあるんだよ」



 青い瞳の奥にある、途方もない闇。



「私は私自身の生まれをしらない。ひょっとしたら、人間ではないのかも知れないな…」











END

■あとがき
■時間軸的には、『コラール』の前くらいです。
 この後ルージュと対決して、『コラール』へ発展する、
 と言ったところでしょうか?
 サガフロ中、ブルーさんの出生については語られないので
 (本当の双子うんぬんは置いておいても。)
 ブルーさん本人は自分の生まれについて知っているンだろうか、
 という疑問の元、こんなラストになっています。
 本文中、『妖魔の君』の話がちろっと出ますが、
 高宮的設定として、ヴァジュ、オルロワ、時の君、ヌサの4人は
 『妖魔の君』という設定です。
 時の君とぬっさーは、それぞれ目指すものがあって
 日夜研究に没頭したために
 妖魔としてはイレギュラーな存在的に扱っています。
 何気にヴァジュとヌサ、仲がいいですね…なぜ?

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