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■アポトーシス■ |
=The heart flows on without words.= |
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「「カオスコントローーール!!!」」 大気の存在しない宇宙にも響き渡るような、魂の叫び。 ソニックとシャドウは、渾身の力を込めてコロニーを軌道上へと押しやる。 「…ッ!」 許容量限界をとうに超えた力の奔流に、シャドウの額に脂汗が浮く。 7つのカオスエメラルド。いくらその莫大な力を得たとしても、コロニーと同化したバイオリザードの体積量は半端ではなかった。 過剰な負荷を受けた肉体は、もはや崩壊寸前だ。 覚悟していたこととはいえ、シャドウの心には言葉に表しがたい寂寥感のようなものがにじんでいた。 「…止まった、のか…?」 ソニックは幾許か疑念を含ませたような声色で、恐る恐る言葉を口にした。 静まり返った宇宙空間は、どこまでも深く暗い。 奇跡のように存在する青い星を眼下に望みながら、ソニックはゆっくりとコロニーを見やった。 つい数秒前まで鳴り響いていた駆動音も、いまではひっそりとしており、先ほどまでの惨事が、まるで存在しなかったかのような静寂だ。 シャドウはひとつ呼気を漏らした。 呼吸さえも失念するほど、彼は緊張していた。 緊張が解けるのと同時に、体中の力が抜け落ちる。 金色の毛並が、冷めるように、周りの闇に溶けるように色を失う。 「シャドウ!」 ソニックが手を差し伸べ、シャドウの手首を掴む。 「しっかりしろ!」 力なく体を倒しかけたシャドウを支え、ソニックが力強く呼びかける。 力なく鈍色に霞んだ紅玉の瞳が、うつろな視線をソニックに向けた。 「…っ、!」 声もなく顔をゆがませ、シャドウは大きく喘ぐ。 …様子がおかしい? ソニックの背に、冷たい嫌な汗が流れる。 バイオリザードと対峙したときよりもなお一層不吉な予感が、ソニックの胸を締め付けていた。 「シャドウ…!?」 「っ、ゴフッ!!」 ソニックの呼びかけとほぼ同時に、シャドウは喀血する。信じられないほど大量の血液が、とめどなく溢れ出す。片手で口を押さえるが、溢れた血液は指の隙間を縫うように滴り落ちた。 「シャドウ!!」 ソニックは悲鳴のように叫ぶ。 呼吸を整えるように、シャドウは何度か大きく深呼吸をした。血液が肺に入ってしまったのか、空気の抜けるような笛の音のようなものが、シャドウの喉から漏れている。 「…覚悟はしていた」 淡々と言葉をつむぎ、シャドウはソニックを見上げた。自分で飛ぶ力もないシャドウは、ソニックに腕をつかまれたまま、中吊り状態になっている。視線を落とせば、そこにはあの青い星がある。 「バイオリザードを見ただろう?カオスエメラルドの力は絶大だ。あれだけのエネルギーを体に受けて、普通でいられるはずがない。奴でさえ、生命維持装置をつけて、やっとのことでエメラルドの負荷にたえられたんだ。生身の僕の体では、限界は最初から分かっていた…」 体の奥で軋む音がする。 心音が警鐘のように鳴り響く。 「作られた体では、これが限界なんだ…」 「お前、何言って…!!!」 どこか遠くから届くようなソニックの声に、シャドウは小さく笑った。 「言っただろう、僕はもう限界だ…。君だけでも戻れ」 「何言ってるんだ!早くしないとリングエネルギーが尽きるぞ!」 ソニックの叱責に、シャドウは首を横に振る。 「無駄だ。リングがあろうがなかろうが、僕はもう助からない」 それは確信だった。 「…、つぅッ!」 ソニックが呻く。 リングエネルギーが尽きかけた体では、さすがに宇宙空間に長時間いることは、ソニックにとっても負担がかかる。 ソニックは眉をしかめ、シャドウの腕を握り締めた。 「とっとと帰るぞ、俺がカオスコントロールでお前を連れていけばいいんだから!」 「無駄だ」 シャドウは淡々と言う。 「今の僕の体ではもう、カオスコントロールの負荷に耐えられない。それに、君の消耗も激しい。まともにカオスコントロールが出来るとは到底思えない」 「だったらこのまま引っ張っていくまでだ!」 だが、二つ目の提案にも、シャドウは首を縦に振らなかった。 「今の君のリングエネルギーでは、アークまでは持たない。君の提案ではどのみち2人で犬死にだ。…だから」 シャドウは残りわずかな自分のリングをソニックに差し出した。 「君だけ戻れ」 一瞬何を言われたのか理解できず、ソニックは硬直する。 「それが一番建設的な考えだ」 「冗談じゃない!!!」 ソニックは絶叫した。 「何考えてるんだ!!!」 「…いつも、考えていたよ…」 正常な軌道に戻されたアークを見遣って、シャドウは嘯いた。 「僕はあの砲台と同じなんだ。人を否応なしに傷つける凶器なのだから…」 「―――!!!」 ソニックは目を見開き、絶句する。 わななく唇をかみ締める。 怒りにも似た感情が、胸をぐらぐらと煮立たせるのを必死にこらえる。 喰いしばった歯の隙間から唸り声を漏らし、ソニックはシャドウを睨みすえた。 「何だよそれ!!」 ソニックが悲鳴のように叫ぶ。 「作られた目的がか?! そんなこと関係ないだろう!」 ソニックの手が震えている。 怒りのためにか。悲しみのためにか。 「お前、戦ったんだろう?お前の意思で!地球のために!みんなのために!」 シャドウは無言のままソニックを見上げた。ゆらゆらと不安に揺れる瞳の奥に、自分の姿がおぼろげに映っている。 「…だからこそ」 シャドウは言った。静かに。だが、決然と。 「僕はここで潰えるべきなんだ。『みんなのために』…」 血まみれの手を握り締める。 「どのみち僕に先はない」 「!!!!」 シャドウの決意に二の句が告げず、ソニックは言葉を失った。 「…どうせ逝くのなら、ここがいいんだ…」 広大に広がる大宇宙のしじまの中、シャドウはかの星を見下ろした。 「…人は死ぬと天国へ召されるというが…人に作られた僕に、魂はあるんだろうか?」 シャドウは、安堵したともとれるような落ち着いた表情で言葉を続ける。 「神に創られた生物はみな平等だが…人に作られた僕が、それらと対等であるはずがない…」 幾多もの命を育む、母なる星。 その中にあって唯一異端なのは、自分の存在だけだ。 「僕は人と同じところへ逝けるはずがないと思っていた…でも」 目を閉じればそこには、微笑む少女の姿がある。 「今、ここで。人間の為に死ぬのなら――…」 彼女の願いを叶えて潰えるのなら… 「僕はマリアと同じ『場所』へ逝ける…そんな気がするんだ」 「…」 ソニックはシャドウを見据えた。自分自身と見紛うかと思うほどの、彼の姿を。黙って見つめ続ければ、自分と溶け合ってしまうのではないかと思える。 だが、違う。 姿かたちはいかに似通おうが、彼は自分ではない。 彼は自分の死を望んでいる。自分が彼の死を望みはしないのに。 「…だから、手を放してくれ」 シャドウは微笑んだ。こんなにも開放的に。 彼はくびきから放たれたがっている。それは、死を以ってのみ、成し遂げられるのかもしれない。 ソニックには理解しがたいものだったが、シャドウがそれを望んでいることだけは、実感として伝わってきた。 「―――ッ!」 ソニックは固く目を閉じた。溢れた涙が、頬を伝い落ちる。 無重力の中、ゆっくりと水滴がシャドウの頬に落ちた。 そのぬくもりが、シャドウの気持ちをずいぶんと和らげた。 握り締めるシャドウの腕が、じわじわと冷たくなってきている。死期がすぐそこまで迫っていることは、ソニックにも良く分かっていた。 「……」 ソニックはゆっくりと指を解いた。 体中の力を込めても、思うように指は離れない。じわじわと1本1本の指が緩む。 …そして。 「…!」 ソニックの手から離れると、シャドウはゆっくりと仰け反った。目の前に広がるのは、マリアの愛した青い星だ。 スローモーションのように、シャドウの体がゆっくりと青い星に吸い込まれる。 母なる地球の重力という名の愛。 命を育む星が、シャドウを受け入れる。彼自身の死を以って。 「シャドーーーーーーウ!!!!」 ソニックの絶叫が、何光年ものかなたにまで響くような魂の叫びが。 『…シャドウ…』 愛しい彼女の声に折り重なった。 …マリア。 これで、よかったんだろ? END |
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■あとがき 初のソニック小説。しかもシリアス。 なんというか、SA2(バトル)をクリアしたとき、途方も無くシャドウが愛しかった。あんな生き方しかできなかった彼を、誰が責められるかって。なんというか…本文中で語るソニックの言葉は、そのまま私の思いでもあるわけです。 ・明確にシャドウの死を表現するつもりはありませんでした。ですから、とりあえずはSA2のラストに違和感のない程度の表現にしてあります。死んだかもしれないし生き延びたかもしれない。ただ、最後の最後にマリアの願いを悟り、全身全霊を懸けて地球を守ろうとした彼は、その行為によって自分を昇華したがっていたように私は感じました。本文中でも触れたように、マリアと『同じ場所』へいくには、このときしか機会はなかったように思います。生き急ぎ、死に急いだ彼の人生。こんな生き方しか出来なかった彼に、もっと他の道はなかったのかとも思いますが、彼が彼ゆえに、この道を辿ったのだろうとも思えます。 ※余談※ ・もともとは漫画で8p程度で描いたものです。多少小説向きに情景を変更してはいます。描いていた当時、B'zの『儚いダイアモンド』という曲を聴いていたせいか、微妙に影響されています。 ・表題のアポトーシスは『自己壊滅細胞』のことです。個体を正常に保つために、自ら死を選ぶ細胞のことらしいです。 |
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