last update 2001/10/28
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■君に届くまで■ |
=To deserve you.= メルマガ連載小説 |
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■■■■■■■■■■■■ いつのまにか、 酷く遠い存在に 感じるようになっていたんだ。 ■■■■■■■■■■■■ ((1)) 昼食後、出されていた飲み物に口をつけつつ、 ブリッツの一同は、思い思いに過ごしていた。 ビットはジェミーが用意した菓子を頬張り、リノンは爪磨きに勤しんでいる。 トロスはプラモデルの設計図と奮闘していた。 ただ、バラッドだけが、その場にそぐわないような、沈痛な面持ちで地図を睨んでいる。 「バラッドさん、コレでいいんですか?」 ダイニングに小走りに駆け込んで来ながら、 ジェミーは整理された資料の束と、フロッピーをバラッドに手渡した。 「ああ、すまないな」 バラッドは短く礼を言うと立ち上がり、 渡されたものを脇に抱えて、自室へと足を向ける。 好きだと言っていたコーヒーにも、ほとんど口がつけられていなかった。 「…なんだァ、バラッドの奴…」 言いながらビットはバラッドの背を目で追った。 「この前の合宿の資料を貸して欲しいっていわれて…」 ジェミーが言いながら、食器を寄せて片付け始めている。 「『幻のゾイド』が、気になるんじゃないんですか?」 「何、バラッドってば、まだそんなこと言ってるわけ?」 リノンは大仰に肩を竦めた。 「そんな子供じゃないンだから、いつまでも夢みてンじゃないわよー」 「気になりだしたら止まらないんじゃないの? バラッド君、あれで結構、神経質なとこがあるし」 トロスが、設計図からは目を離さずにそう言う。 ビットは小さくため息をついて、口の中に放り込んだクッキーを、ばりばりと咀嚼した。 「ビットさん?」 怪訝そうに、皿の山を抱えたジェミーが言う。 「何か機嫌悪そうですね」 どうかしました?といいながら、ビットの顔を覗き込む。 「…あー…」 苛立ったように髪をぐしゃぐしゃと掻いて、 ビットは、言葉の語尾を濁した。 ジェミーも特に詰問するわけでもなく、そのままキッチンへ姿を消す。 何だかんだいっても、バラッドはよくビットの遊び相手をしてくれていた。 それが最近は『幻のゾイド』とやらに御執心である。 ビットはそれが気にいらなかった。 バラッドはといえば、呼びかけても曖昧な返答しか返してこないし、暇さえあれば、合宿をした場所の地形を地図で確認し、なにやら考え事をしていた。 「うーーー」 頭を抱え込み、ビットはあまり考えるのは得意ではないが、一応思考をめぐらせてみた。 バラッドがどうしてそこまで『幻のゾイド』に夢中になっているのかを。 バラッドは冗談を言わないわけではないが、今回ばかりはどうやら本気のようである。 本当に『幻のゾイド』が存在すると思っている。 自分の見たものを、自分の目を、信じている。 彼以外、誰一人として目撃していないゾイドを。 そのゾイドが見つかればいい、とビットは思う。 そうすれば、また、バラッドは周りを見てくれるだろうから。 いつも親しげに組んでいた肩が寂しい。 バラッドと自分との身長差を考えると、いつも肩を組むときは、彼の体重が自分の肩に掛かるので、重たくて鬱陶しくも思えた。 …だが、いざその重みがなくなってしまうと、なぜか寂寥感がこみ上げてくる。 「ああ、もうッ!」 考えても仕方ない! ビットは勢い良く立ち上がった。 飲みかけられた(といってもほとんど残っていたが)バラッドのコーヒーカップを無造作に掴み、そのまま一気に飲み干して、ビットは駆け出す。 「ビットさん、食器片付けてくださいよ!」 「悪ィ、ジェミー!」 ジェミーの叱責を軽くかわして、ビットはそのままバラッドの部屋へ足を向けた。 ■■■■ ((2)) 「ぅおーい、バラッドー…」 一応ドアをノックしたが、全く反応がない。 ひとつため息をついたビットは、だめもとでドアの開閉スイッチを押した。 意に反してそのドアは、アッサリと開いてしまった。 「お邪魔しまーす…」 控えめにそう言ってビットは、室内に足を踏み入れる。 薄暗い室内を照らすのは、デスクに備え付けられた小さなライトと、バラッドがじっと見据えているコンピュータのモニタの光だけだ。 何度来ても落ち着かない部屋だった。 私室にしては、随分とこざっぱりしすぎている。 必要最小限のものしか置かれていない部屋は、生活のにおいがしなかった。 散らかり放題の自分の部屋とは、比べ物にならないと、ビットは苦笑混じりに、あたりを見回した。 「…バラッド?」 当の本人は、椅子に深く腰掛け、じっとモニタを見据えたきり、ビットを振り返りもしない。 地図と照合しながら、何やら書き物をしているのか、ボールペンの走る音がする。 紙が擦れあって立てる、かさかさという音だけが、嫌に大きく響いているような気がした。 「バラッド!」 沈黙に耐えかねたビットが、バラッドの背中に抱きつきながら叫びかけた。 「ぅおッ!?」 いきなり後ろに体重がかかり、反り返ったバラッドは、目を見開いてビットを見遣った。 一瞬重心を失ってよろめきかけたバラッドだが、寸前のところで体制を立て直していた。 何とか椅子から転がり落ちるという醜態は、免れたようだった。 「何だ、ビットか」 肩越しに一瞥しただけで、バラッドはもとの作業に戻る。 いつもならここで、ふざけ半分にじゃれあいをするはずなのに。 ビットはバラッドの背中に張り付いたまま、小さくため息をついた。 「なー、いつまでそうやって、調べ物するワケ?」 ビットはバラッドの手元の資料に目を向けた。 が、特に興味があるわけでもないので、面白くも何ともない。 「…いつまで、って…」 バラッドはふと顔を上げた。 そんなことを考えたこともない、とでもいいたげな表情でビットを見つめる。 「さぁ、な。諦めがつくまで、じゃないか…?」 「…んじゃ、それはいつなんだよ…」 バラッドの反応が面白くなかったビットは、思わず感情的にそう言ってしまった。 …随分と、低い声色で。 「…ビット?」 さすがにビットの様子がおかしいことに気づいたバラッドは、 地図をデスクの上に置いて、首を巡らせた。 首に巻きついてきているビットの髪を、くしゃくしゃと掌で乱暴に撫で付ける。 「ンだよ、お前。何かおかしくないか…?」 「おかしいのはバラッドだ」 ビットは言いながら、顔を上げることが出来ない自分に気づいていた。 今、少しでもバラッドの顔を見たら、絶対に泣いてしまう。 「ゾイド、ゾイド、幻のゾイド…。最近のお前は、そればっかりだ」 バラッドの肩口に顔を埋め、ビットは震える喉でそう言った。 「…それは」 バラッドはたじろいだ。 「そのゾイドが見つかったら……そしたら、どうするつもりなんだよ…!」 ビットの剣幕に、バラッドは声を失う。 「どォせ、ここを出てくつもりなんだろ!」 …生活感のない部屋。 いつでも出て行けるように、整頓されているようで、ビットは焦燥感を感じた。 出て行こうと思えば、今すぐにだって、荷物をまとめられるほどに。 だから、この部屋に来るのは嫌なんだ! ここに定住するつもりはない、と、まざまざと見せ付けられているようで。 ビットは奥歯をかみ締めた。 今にも『俺、出て行くから』と、バラッドが言い出しそうで恐い。 流れの賞金稼ぎを生業とするバラッドが、より好条件のチームに移籍するのは、当然ありえることだった。 本来それは、バラッドにとっていいことであるはずだ。祝福すべきことだ。 だが、ビットは、バラッドが自分のチームメイトでなくなるかも知れないという事実を、受け入れることが出来ない。 「結局、金だもんな、お前は」 精一杯虚勢を張って、ビットは笑って見せた。 手を解いて、バラッドから離れる。 1歩、2歩と後退って、3歩目で立ち止まった。 「幻のゾイドなんて、いるわけ無いじゃん!」 いるわけ無い。…だから。 「全く、今時、子供だってそんな夢、見ねェぜ!」 だから、いつもみたいに…今までどおりのバラッドに戻って欲しいんだ…。 バラッドは無言のまま立ち上がる。 一瞬ビットは強張ったが、先程からの勢いも手伝って、つい喧嘩口調になってしまう。 「ああアホ臭い。いつまでも居もしないゾイドでも追っかけてろよ」 部屋の薄暗さから、バラッドの表情はまったくわからなかったが、険悪な雰囲気だけは伝わってくる。 「お前にはお似合いだぜ!」 ビットがそう言ったとたん、バラッドが顔を上げた。 怜悧な眼差しが一瞬憤激にぎらりと光ったと思えば、右手が振りかざされた。 殴られる! そう思った瞬間、ビットは固く両目を閉じた。 殴られても大丈夫なように、奥歯を噛み締めることも忘れずに。 だが、警戒した割には、いつまでたっても頬に衝撃は来なかった。 おそるおそる瞼を開くと、バラッドが悲しげな眼差しで自分を見ているのが目に飛び込んできた。 やり場のない右手を握り締めたまま下ろし、バラッドは顔をそむける。 「…出て行け」 バラッドは冷たく言い放った。 それだけだ。 ビットに背を向けたまま、それ以外、2度と口を開くことは無かった。 ■■■■ ((3)) バラッドに追い出されたビットは、足取りも重く、自室へと向かっていた。 倒れこむようにベッドに寝転ぶと、唐突に涙が溢れ出してくる。 堪えようと思えば思う程、流れ出す熱い奔流。 鼻をすすると、嗚咽までこみ上げて来た。 シーツに顔を押し付けるようにして、声を殺す。 しかし、喉が震え、咽んでしまう。 …本気で怒らせてしまった。 今まで何度か彼を怒らせたことはあった。 だが、手を上げられたことは無かった。 冗談混じりに軽い小突き合いくらいはあったにしろ、 あんな風に冷たく、蔑むように見下されたことは、1度もなかったのに。 淡々と、ただ一言、『出て行け』…と。 いっそのこと、罵声でも浴びせ掛けられた方が、よっぽどマシだと、ビットは思った。 どんな罵りよりも、蔑みよりも、冷徹な青い眼差しの方が、胸にこたえた。 あの場の勢いであんなことを言わなければ良かったと、ビットは後悔していた。 今更そんなことを考えても、どうしようもないと解っていても、せめて心のなかだけでも穏やかにしようと、何度か言い聞かせるように、『仕方がない』と嘯いてみた。 もう2度と、以前のような仲には戻れないだろう。 バラッドの様子から、それは明白な事実だと感じ取ることは容易であった。 そう思うと、再び涙が滲んできた。 泣いて、泣いて、泣き尽くしたつもりで、 いつの間にか、ビットは泥のような深い眠りについていた。 ただ、眠っても、涙は涸れ果てることなく、流れつづけていた…―――― 「ビットさん、大丈夫ですか?」 ジェミーは酷く不安げにビットを見た。 赤く腫れた目や、ぐったりと消耗しきっているような表情。 どうみても『元気』という言葉とは程遠い。 「あー…うん」 腫れた目を擦りながら、ビットはあたりを見回す。 ダイニングには既に夕食が用意されており、リノンやトロスは、自分の所定位置に座り、ナイフやフォークを両手に、食事は今か今かと待ち構えている。 香ばしいにおいが鼻をついた。いつもなら嬉々として席につくビットが、立ち尽くしたまま居るのを見たジェミーは、怪訝そうに眉をひそめた。 「…ビットさん?」 はっと顔を上げたビットは、慌てて席につく。座りながら、恐る恐る声を発していた。 「バラッドは?」 いつもの席に、バラッドの姿が見られない。 「ああ、バラッドさんなら、さっき出かけましたよ。コマンドウルフで」 ジェミーは言いながら、トレイに載せて持ってきた飲み物を、卓上に並べた。 「晩御飯は要らないって言ってましたけど」 そうは言いつつも、バラッドの分も用意しているあたりが、ジェミーらしかった。 「んじゃ、あたし、もーーらいッ!」 リノンは早速、バラッドの皿から、自分の好物だけを器用に抜き取っていった。 「ずるいぞ、リノン!」 言いながらトロスも慌ててフォークで肉を突き刺す。 ビットはその光景を見つめながら、そっとため息をついた。 「バラッドの奴、ドコに行ったんだって?」 コップの中のジュースを舐めるように飲んで、ビットはジェミーを見た。 「あれ、ビットさん、聞いてないんですか?」 ジェミーにしてみれば、ビットが当然聞いているものだとばかり思っていた。 「だって、バラッドさんと一緒だったんじゃ…」 「ゾイド探しよ、ゾイド探し!」 パンを頬張りながら、ジェミーの言葉を遮って、リノンが言う。 続きを言うタイミングを外したジェミーは、仕方がない、とでもいう風に肩を竦めた。 「…ゾイド探し?」 ビットの顔が歪んだ。 予想通りの返答だとはしても、やはり例の『ゾイド』か、と思うと、彼の心中は穏やかではない。 …しかも。ここにいる誰もが、バラッドから直接行き先を聞いているようだった。 ――――自分以外は。 妙な疎外感に、ビットは当惑した。 普段なら、自分が一番に相談を受けても、おかしくないはずなのに――――。 「合宿でイセリナ山へ行った時…ほら、バラッドさんが森で…」 ジェミーはリノンのお代わりの催促を受けながら言う。 「奴が見たって言う未確認ゾイドかよ…でも、あれは…」 先ほどかな泣きつづけていた両目だ。簡単に涙腺が弱まる。 滲みそうになった涙を叱責し、また、誰も気づかないようにと ビットはやけくそのように食べ物を口に詰め込んだ。 「霧が深くて何かを見間違えたのよ。光の加減で」 リノンが珍しく理論的に諭して見せた。 「そ。奴以外誰も見てないし…ゾイドの居た痕跡も無かったなぁ…」 当時の情景を思い浮かべ、ビットも小さく頷く。 「幻だよ」 まるで何でもない、とでもいいたげに、ビットはおどけた表情を作り、 はっきりと言い放った。 「でも、バラッドさんは信じてるんです」 ジェミーはビットのその様子に、小さく苦笑する。 「必ず、幻のゾイドは存在するって…」 酷く沈んでいるビットを見て、ジェミーはバラッドの言葉を思い出していた。 ゾイド探しにファームを出る直前に、バラッドが『ビットを頼む』と言っていたことを。 こんなビットを置いていくとなれば、確かに不安材料のひとつになる。 確かにバラッドはここのところ、幻のゾイド探しに奔走していたが、根本的には、ビットのことも気にかけていたのだった。 「そりゃ、信じるのは勝手よ」 リノンが言う。 「でも、万が一そのゾイドが居たとして、その後どうするつもりなのかしら?」 「そりゃ、そのゾイドを手に入れて…」 ビットは顔を上げて言った。 「そんで…」 ―――もう、帰ってこないかも知れない。 言えない言葉が、喉元で凍りついた。 ビットは唾液を嚥下して、震える喉を叱責する。 だが、不安は余りにも大きすぎた。 ■■■■ ((4)) リズミカルに地面を蹴立てて、フォックスは軽やかに走った。 生い茂った背の高い針葉樹林の中を、縫うように駆け抜ける。 左右にかかる遠心力は、コマンドウルフの比ではなかった。 スピードを殺さずに左右に飛び退るように走行しているのだから、当然のことではあったが。 流線型の細身の体躯は、機動力を増加させるための設計だろう。 最小限の加重になるように、外付けの武装も少なめだ。 確かに、フォックスは、他のゾイドよりも、機動力が桁違いだった。 膝の屈伸力も、背筋のしなやかさも。 どこか愛機だったコマンドウルフの躍動感に似ているような気もした。 「すごい、すごいぞ!こいつは最高のゾイドだ!!」 バラッドは感極まったように声を発した。 ……このゾイドなら。 バラッドの胸に、熱いものが込み上げてきた。 ライガーゼロと互角にやりあう戦闘能力も、敏捷性もある。 フォックスを駆り、森を抜ける。樹幹の合間から、陽光が差し込んでくるのに、 バラッドは目を細めていた。 眩しいのは、日の光だけではない。 眼前に広がる湖畔の照り返しの乱反射のせいもあっただろう。 「……」 一瞬の静けさに、バラッドは怪訝そうに眉をひそめた。 湖の水面の波紋が、徐々に大きくなる。 ―――――そして。 「君が如何に優秀なパイロットか良くわかった」 水面から姿をあらわしたステルスバイパーが、光を投射してくる。 湖畔の上、かすかに靄だった霧をスクリーン代わりに、ラオンの姿が映し出されている。 「おめでとう。シャドーフォックスは君のものだ!」 ホエールキング内を、ラオンに案内されるまま、足を進める。 最初と打って変わって、今度は重役のような待遇を受けた。 格納庫までの道のり、バラッドは胡散臭そうにラオンの背を見つめ、どうしたものかと、考えをめぐらせた。 フォックスはバラッドのものだと、ラオンは宣言した。 だが、それはもちろん『バックドラフトへの入団』という条件が背後にある。 ラオンはそのことをわざわざ口に出して言いはしなかったが、すでにバラッドが、自分の仲間になったつもりで居た。 さて、どうやってここを逃げ出したものか、と、一応退路の確保が必要になりそうだったので、艦内の構造を、それとなく確認していた。 「フォックスを乗りこなすことが出来たのは、君が初めてだ」 ラオンは嬉々としてバラッドに言う。 「フォックスは左方、右方への加圧重力が半端ではない。ヒトの体は、基本的に前方へ向かうときに生じるGにはある程度の耐性があるんだが、左右方向への加圧には、ほとんどそれがないからな」 修理調整をされているフォックスを見上げながら、ラオンは言葉を連ねた。 「いくらゾイドの操縦が巧くても、この遠心力に耐えられる三半規管と、その情報を処理する脳がなければ意味がない。三半規管は、訓練メニューによっては強化することもできるが、基本的に操縦者の体質に左右されてしまうんだ」 「…三半規管?」 バラッドは思わず笑いを洩らす。 「要するに『ゾイド酔い』しない体質が要るってことか」 「まぁ、簡単に言えばそうなるかも知れん」 バラッドは少しばかり神に感謝した。乗り物酔いしにくい体質に生まれてきたことに。 「まぁ、お前が居れば安泰だ」 高笑いしながらラオンはフォックスの装甲を撫でた。 「これでトロスの奴に一泡吹かせてやる…!」 含み笑いを洩らしながら、自分がトロスをこてんぱんにやっつける想像でもしたのか、小さく拳を握り締めているラオンの姿を見て、バラッドは、はっとした。 万が一にもバックドラフトに入ることになれば、 ブリッツとの…ビットとの戦闘は避けられない事実だ。 『どォせ、ここを出てくつもりなんだろ!』 不意にビットの言葉を思い出した。 『結局、金だもんな、お前は』 『お前にはお似合いだぜ!』 あんな風にビットが傷付いた顔を見せたのは初めてだった。 思わず感情的に手を上げかけたが、殴りつけるわけにもいかなかった。 せめて一言謝ってから、ゾイド探しに出ようと思っていたが、ビットの部屋を訪れたとき、彼が泣き疲れて深い眠りに落ちていたのを見て、声をかけることさえも出来なかった。 「今更、あいつのとこには戻れない…かなぁ」 もっと、ずっと。 ビットよりも強くなることが目標だった。 いつも、彼の背中をみて戦ってきた。 そのために、必死になって幻のゾイドを追ってきた。 だが、その行動自体がビットを傷つけていたとなれば、何の意味もないではないか。 「俺は…ただ」 …ただ、力が欲しかっただけだ。 彼を、守ることのできる、絶対的な力が。 「ただ、それだけだったはずなのに…」 嘯きは、フォックスの修理作業をするクレーンの立てる轟音に掻き消えていた。 ■■■■ ((5)) 「バラッド、てめえ、いつバックドラフト団に寝返った!」 ビットは叫ぶように、モニタ越しにバラッドに言う。 ほんの1日ばかり会わなかっただけなのに、 随分と久しぶりの逢瀬のように、バラッドには感じられた。 思わず笑いが零れる。 「来やがれ、裏切りモン!」 ビットが吼え、イェーガーのブースターを入れようとした。 「慌てるな、お前は最後だ!」 バラッドは笑い、走る方向を変えて、ガンスナイパーの方へ足を向けた。 圧倒的な機動力でガンスナイパーを翻弄し、レイノスを墜落させる。 ブリッツ側の戦力を把握しているとはいえ、 たった1機で2体のゾイドを軽くあしらうバラッドと、新型のゾイドの凄さに、ビットはかすかに胸が躍った。 「待たせたな、ビット」 バラッドは小さく忍び笑いを洩らし、ビットと真っ向から向き合った。 ビットもまた、同じように、バラッドを見据える。 「行くぞ、ライガー!」 「頼むぜ、シャドーフォックス!」 互いに間合いを詰めながら走行する。フォックスが先頭を切って岩山の合間を、縫うように駆けて行った。いくら敏捷性の高いイェーガーとはいえ、スピードを巧く殺せず、岩山に体を擦りつけてしまう。 敵になって、初めてバラッドの凄さにビットは感動した。 イェーガーのスピードと機敏性。 それに平行して走りながらも、視認なしにバルカンを撃ってくる。 跳躍力も、ひょっとしたら向こうのほうが上かもしれない。 バルカン砲やスモークディスチャージャーのあるフォックスに対して、イェーガーでは遠距離戦は不利だった。 勝機があるのは、接近戦しかないと判断し、地を蹴立てて飛び上がり、岩棚から飛び降りてきたフォックスに殴りかかる。 お互いの鉤爪が交錯し、コックピットぎりぎりの位置に衝撃が走る。 もんどり打って地面に激突したライガーに比べ、フォックスは、膝を崩しはしたが、かろうじて地面に着地した。 ビットは戦いながら、心が躍りだすのを感じていた。 ――――本当にすごい。 それは素直な感想だ。 そして、バラッドもまた、ビットの実力に目を瞠っていた。 ライガーとビットのコンビネーション。 それは、今まで戦ってきたどの敵よりも驚異的だった。 今まで仲間だったために、お互いこうしてゾイドで戦ったことは無かった。 いつも、ビットの背を追ってきた。 それが、今はこうして、爪や牙を交えることになっている。 レオンやジャックが、目の色を変えて追いかけてくる理由が、少し理解できるような気がした。 どうせ、ブリッツには帰れない。 それならば、こうして敵としてビットを追い、そして超えるのも悪くはないか、と、バラッドは思いはじめていた。 「ストライクぅッ!」 ビットは叫ぶ。 「レーザーぁッ!」 …バラッドもそれに呼応するかのように叫んだ。 そして、お互いの声が共鳴する。 「「クローーーーッ!!!」」 灼熱した爪が胴体の装甲を切り裂いて、鋼鉄の切れはしが、ばらばらと雨のように降った。 ライガーとフォックスは衝撃を受け流せず、地面に倒れこむ。 一瞬脳震盪をおこしたのか、ビットの意識が消えかけた。 虚ろな意識を叱責し、体を無理矢理動かして、操縦桿を握り締める。 バラッドはバックドラフト団になってしまった。 もう2度と会えないかと思っていたが、意外と身近なところにバラッドが存在するということが解った途端、ビットは酷く安心した。 たとえ敵だとしても、全く会えなくなるわけではない。 むしろ、バックドラフトは、ライガーゼロを狙っているのだから、バラッドがその辺の適当なチームに移籍して、対戦することになったときの確率に比べれば、あいまみえる機会は、ずっと多いはずだ。 ――――少なくとも、バトルの最中は、バラッドは自分を見てくれる。 そう思えばこそ、ビットは自分の心を慰めることができた。 もう、以前のようにお互いに肩を組むことなど、出来なくなるにしても…。 ■■■■ ((6)) 格納庫。架橋の上。 バラッドとビットは少し距離をおいて、自分の…そして相手の愛機を見下ろしていた。 ジャッジマンの活躍によって、バラッドは無事、チームブリッツのもとへ帰ることができたのだ。 「…でも、良かった…」 ビットはライガーとフォックスを見下ろしながら嘯いていた。 「…何が?」 バラッドは手すりに凭れながら、ビットを見遣る。 「こォやって、また、バラッドと普通に喋れると思ってなかったからさ…」 ビットは言いながら小さく俯いていた。 「俺、お前のこと、本気で怒らせてたみたいだったし」 「…あァ」 何のことか漸く思い当たるふしを思い起こして、バラッドは顔を上げた。 「いや、アレは俺も強く言い過ぎた」 だがビットは、小さく首を横に振った。 「…違う。あれは俺が悪いんだ。幻のゾイドのことを、俺が信じてないからって、バラッドが信じてるのに、無理矢理俺の考えを押し付けようとしたのがいけなかったんだ。 …だって、本当は」 ビットの双眸が潤む。 「本当は、バラッドが信じてるって時点で、俺だって信じるべきだったのに…」 「…ビット」 ぼろぼろ溢れ出したビットの涙に、バラッドはうろたえた。 ポケットをあさってハンカチを探したが、あいにくと持ち合わせてはいなかった。 小さく嘆息をついて、ビットの頭を自身の胸へ引き寄せる。 「だ、って、…本気で…怒ってたから、他のみんなには一言ことわって行ったのに、…俺には何にも言わずに、ゾイドを探しに行ったんだろ?」 嗚咽を堪えながら、ビットが途切れ途切れに言った。 そっと彼の背中をさすりながら、バラッドは意外そうに目を見開いた。 「いや、あれは…」 バラッドは語尾を濁して、暫く考えこんだ後、重たく口を開いた。 「…本当はお前にだって、言っていこうと思ったんだ。そう思ってお前の部屋に行ったら、お前は泣き疲れて寝てるし。そんな状況で、どんな顔してお前に声なんかかけるんだよ」 自分のせいで泣かしてしまったというのに…。 バラッドは胸が痛むのを、ひしひしと感じていた。 「俺は、さ。不安だったんだ」 バラッドはビットの体を抱きしめながら、小さく呟いた。 「ジェミーやリノンのゾイドは新調された。ライガーは換装パーツがある。でも、俺には何もなかった」 ビットは顔を伏せたまま、バラッドの言葉に耳を傾ける。 「別に、コマンドウルフに不満があるわけじゃなかった。ただ、もっと強い力が要ると思っただけなんだ。チームのランクはどんどん上がる。バックドラフトも、送り込んでくる敵が、日増しに強くなってきてるだろ?今の俺の戦力が、どれだけ役に立つかって考えたら、居てもたってもいられなくてさ」 バラッドはライガーを見、ビットを見、そして、フォックスを見つめた。 「…いつもお前の背中をみて戦ってきたよ」 感慨深そうにバラッドは言った。 「お前の足を引っ張るのだけはゴメンだった」 バラッドはビットの頭に自分の頬を摺り寄せた。瞼を閉じ、深呼吸をする。 思いのたけを詰め込んだ、その言葉を発するための勇気を振り絞るために。 「…お前を守る力が、欲しかったんだ…」 バラッドの声は、酷く真摯なものだった。 ■■■■ ((7)) バラッドは小さく吐息をつく。 冷え込みから、息が白くなった。 怜悧に澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込んで、背伸びをする。 見上げた空は、満天の星空だ。 停めておいたシャドーフォックスの足に凭れかかると、先ほどまで駆動していたせいか、酷く暖かい。 外気温の低さから、そのぬくもりは随分と心地よく感じられた。 「…なぁ、フォックス」 呼びかけに応えるように、フォックスが小さく嘶く。 「俺達は、Sクラスになったンだよな…」 凭れていた足を撫でてやる。 黒い装甲が闇夜にまぎれてしまいそうだったが、放っている光沢は、新品そのものである。 右前足、右後足。 フューラーとの戦いでもげた2本の足は、トロス博士によって修理された。 外装のみの擦過傷なら修理も容易だったろうが、完全に切断された足を継ぎ直すためには、配線から修理しなければいけない。 夜を徹して漸く修理されたのだった。 走行テストがてらにバラッドはここへやってきていた。 あの戦いのあった場所に。 フォックスを見、星空を見、そして巨大な、そのゾイドを見上げる。 ――――――ウルトラザウルス。 闇夜の中で、影を落としているそのゾイドは、随分と昔からそこにあるのだろう、表面に苔がはびこっている。 細部はほとんど苔に覆われて見ることが出来なかったが、それでもその巨大さだけは、隠しようがない。 足のもげたフォックスは胴体からもんどりうって地面と激突し、切断された足からの漏電もあって、コンバットシステムがフリーズしてしまった。 が、どうにか通信設備やモニタは稼動していたため、あの光景を、間近でみることが出来たのだ。 フューラーの荷電粒子砲が放たれ、爆音と、火炎が視野いっぱいに広がった。 熱波が押し寄せ、大地が震撼する。 勝利を確信したかのように咆哮をあげるフューラー。 ちらちらと舞い上がる火の粉と、粉塵が立ち込めた、その直後。 その厚い砂煙の中から踊り出た、白い獅子の姿を――――。 飛び出した勢いのまま、振りかざした鉤爪で切りかかり、殴りつける。 灼熱した爪が、フューラーの頭部を捉えた。 フューラーの装甲が破壊され、黒い素対部分があらわになる。 獅子の雄叫びが響き、喉笛に喰らいつくように圧し掛かかった。 『早い!?』 ベガが一瞬ひるんだような声をあげる。 小さく笑ったビットは、モニタ越しに見えるバラッドとフォックスを見遣って 少しばかり申し訳なさそうに言った。 『悪いな、バラッド。フリーズさせちまって』 輝く翠緑の双眸。 その眼差しの奥にある、勝利への確信にも似た微笑み。 その勇姿に、バラッドは、体中に走る激痛も忘れ、小さく笑っていた。 『気にするな』 そして、心の内にある想いを、ビットに託すように言った。 『それより絶対勝て。勝ってSクラスに行くんだ…』 熱くなった目頭から零れそうになった涙を隠すために、思わず目を伏せてしまったのは、照れくささからだろうか。 『ああ…絶対連れてってやる…!』 至極当然のように言うビットに、バラッドは安堵を覚えていた。 そして、ビットが力強く叫んだ。…途方もなく、頼もしく。 『行くぜ、ライガぁッ!!!!』 「いつかは追いついて、あいつより上になってやろうと思っていたんだかな…」 フォックスを手に入れて、その思いも実現するように思えた。 それは地位欲などといった即物的なものではなく、むしろ、勝利への飽くなき探求心のようなものだった。 ビットは良き友であり、そしてもっとも身近なライバルだった。 互いに競い合うことで実力も着実に向上できた。 …だが。 フューラーという化け物相手に、怯むことなく、逆に嬉々として飛び掛っていったビットの姿を目で追っているうちに、なぜだかそのような気持ちも薄らいでいった。 「そうだな」 バラッドは言う。吹き付けてきた夜風の一陣に目を細めながら。 「あいつの背中を見つめ続けるのも、悪くはないかな…」 END |
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■あとがき ■メルマガ連載小説『君に届くまで=to deserve you=』です。 これは友情なのか愛情なのか、微妙なラインのお話ですな。 本編の20話『フォックス』の回、冒頭部分のバラッド氏がやたらと深刻そうな表情だったんで、フォックスを追うそれなりの理由ってのを書いてみようかと思いまして。結果、コレです。なんじゃそら!な話ですが。 しかし、20話。バラッドが必死こいてフォックス追っかけてるのに、ブリッツの面々は結構冷めた態度だったので寂しかったっす。 せめてビットの心には、多少の葛藤があって欲しいなぁ、などという欲望から、今回、ビットちゃんの心理描写はこんなかんぢにしてあります。 …何かいても、結局言い分けですが(死) |
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