last update 2001/12/09
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■霧雨■ |
=The rain.= |
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■■■■■■■■■■■■■■■■ しとしとと 降りつづける その雨。 ■■■■■■■■■■■■■■■■ 「あーもー、うっとォしい雨ーー」 リノンはダイニングのソファの上で、だらだらと伸びている。 「本当に、雨が降ると面倒ですよね。洗濯物も、できればちゃんと外で乾かしたいのに…」 ジェミーは乾燥機をフル活動させて、洗濯物を乾かしていた。 ビットはそんな2人の隣で、雑誌を眺めながら、菓子を頬張っている。 …と。 「悪ィ、ジェミー。タオルあるか?」 廊下をぱたぱたと小走りに駆け、バラッドがダイニングに顔をだす。 「何だァ、バラッド?」 畳んで置いてあったタオルの1つを投げて渡しながら、ビットが言う。 「濡れまくってンじゃん」 「あァ」 長さが災いしてか、バラッドの髪は、ぐっしょりと重たげに垂れている。 受け取ったタオルで軽く全身を拭いながら、バラッドは苦笑した。 「ジープで街まで出たんだけどな。急に降られてこの有様さ」 運悪くジープには幌がつけられていなかったせいで、雨をまともに被ってしまったらしい。 「ジェミー悪いけど、コレ、洗濯しなおしておいてくれ」 バラッドはそう言うとタオルを畳んで、ソファの背もたれに置いた。 「それはいいんですけど、バラッドさん。服替えた方がいいんじゃ…」 「いや、いい」 バラッドは小さく笑う。 「どうせすぐ、濡れるだろうし」 誰に言うでもなく、独り言のように小さく嘯いて、バラッドは踵を返した。 「…ちょっと、フォックスで出てくる」 バラッドのその言葉に、ビットが目を輝かせた。 「いーなー。俺もライガーと行くッ!」 どうせここにいても、ゴロゴロしているだけなら、ライガーと外に出たほうが、幾分か楽しみもある。 「お前は来るな」 バラッドの返答は、随分と冷たいものだった。 「えーーー!?」 不服そうに口を尖らせるビットに、バラッドは理論的に諭しかける。 「ライガーはまだ調整中じゃなかったか?」 「もう最終調整じゃん!走行テストがてら出たっていいだろー」 だがバラッドは、ビットのその言葉に特に返答を返すでもなく、リビングを出ようとした。 「バラッドさん?」 「…晩飯までには帰るからな」 そう言って、そのままもと来た廊下を足早に出て行った。 「…バラッドさん、何でしょうね?」 ジェミーは怪訝そうにそう言って、バラッドの出て行ったほうを見遣った。 「んだよー。ムカツクっ!ぜってー付いてってやるからな!」 そういうとビットは勢い良く立ち上がる。 立ち並ぶ背の高い針葉樹。 フォックスは樹幹を縫うように駆け抜けていく。 「うっへー、追っかけるのがやっとだー」 ビットはライガーを操縦しながら、小さく呟いた。 降りしきる小雨のせいで、あたりの視界は見通しが悪い。 地熱が多少あるのか、地に染み込んだ雨水が、霧のように立ち込めていた。 あまり接近して追尾をすれば、バラッドに気づかれてしまうのは明白だったが、余り距離をおいてしまうと、この霧のせいで見失ってしまうのも確かだった。 「バラッドの奴、本気で走ってンなぁ…」 大きく揺れるコックピット内で、ビットは操縦桿を握り締めた。 「イェーガーで来れば良かったカモ…」 じりじりと距離を離され、ビットはため息をついた。 白い霧の奥に、フォックスの姿が消えかける。 「根性だぜ、ライガー!」 ビットの呼びかけに、ライガーは嬉々と咆哮をあげた。 「ったく、ホントに下手糞な尾行だな」 バラッドは苦笑しながら、モニタを見つめた。 光学迷彩のヘルキャットさえも捕らえるセンサーだ。 姿を消していないライガーを捉えることは、造作もないことである。 「仕方ないな…」 付いてくるなと言ったはずだったが、案の定といえば案の定だ。 「フォックス、少しスピードを落とすぞ」 応えるようにフォックスが小さく鳴く。 スモークディスチャージャーを使えば、完全に撒くことが可能だったが、バラッドはなぜかそうする気にならなかった。 フォックスは僅かに速度を落とし、ライガーでも走り易い、道幅の広いルートを選んで足を進めた。 走りながらバラッドはあたりを見回す。 昼間だというのに、雨雲のせいか薄暗い。 霧はいよいよ濃度を増して、白い壁のように立ちはだかってくる。 「もうすぐだ、頑張れよ、フォックス!」 後ろを振り返り、どうにかついて来ているビットを見やった。 「…ライガーもな!」 暫く走りつづけていると、唐突に開けた場所にでた。 ビットはあたりを見回して、フォックスの姿を探す。 だが、霧が濃くなってしまったせいか、肉眼で捉えることは出来ない。 「やべ。見失った?」 ビットはライガーの首をめぐらせて、あたりを見回す。 「こんなとこで迷子なんて、冗談じゃねーぞ…」 フォックスを追うことばかりを気にして、はっきり言って帰り道など考えていなかった。 「遭難しちゃうとか?」 冗談混じりに独り言を呟いたが、かえって恐怖心を煽ってしまったような気がする。 背筋に嫌な冷たい汗が流れた。 『ったく、こっちだ、ビット!』 唐突に通信機越しにバラッドが呼びかけてきた。 「バラッドちゃーーん★」 ビットは感激の余り、潤んだ目でモニタにかじりついた。 「助かったぜー!マジ帰れなくなるかと思った〜」 『ついて来ンなって言っただろォが』 言葉こそきつい物言いだったが、バラッドの表情は穏やかなものである。 フォックスの駆動音が、だんだんと近づいてくる。 霧の壁を越えて、黒い装甲がビットの目でも確認できる位置までやってきた。 『土地勘もないクセに適当に尾行してンじゃねーよ』 バラッドは言いながら、フォックスのコックピットのハッチを開き、飛び降りる。 ビットもそれに続いた。 「こんなところに何の用だよ」 ビットはバラッドに駆け寄った。 「…まぁ、な」 語尾を濁したバラッドの手には、彼にはおよそ似つかわしくないような花束が抱えられている。 「何だよ、ソレ…?」 花束を見、バラッドを見、もう一度花束を見、バラッドに向き直る。 「……」 バラッドは何も言わず、ただ小さく微笑んだ。 「どうせついて来ンだろ?早く来い」 バラッドは言いながら足を進めた。ビットは慌ててその後を追う。 バラッドの右手に握られる花束。百合やら菊やら。どう見ても、霊花にしか見えない。 ビットはバラッドの沈黙を倣って、口をつぐんだままついて歩いた。 バラッドの歩調は、それほど早くは無かった。あたりを見回す余裕があった。 なぎ倒された木々が目に入ると、ビットはかすかに驚愕した。 黒くこげた木。あたりは深い森なのに、その場所だけは、不自然に土地が開けている。 まるで、爆撃を受けた荒地のように。 『爆撃』という言葉を思い浮かべたそのとき、金属の残骸が転がっているのが、ビットの目に入った。 転がっていた、というのには多少語弊があるかもしれない。 それなりに一応、積み重ねるようにまとめられていた。 バラッドはその鉄屑のもとで足を止め、その花束を静かに置いた。 片膝をつき、頭を垂れて、瞼を伏せている。 「…バラッド?」 ビットは恐る恐る声をかけた。 「…コマンドウルフだよ」 言われてビットは、ぎくりと強張った。 よく見れば、その金属の塗装に、かつて青かったであろう痕跡が残っている。 「フォックスを追っていたときに、崖から転落したとこにバックドラフトの爆撃を受けてさ」 避ける間もなく、直撃を受けた機体は、木端微塵に吹き飛んでいた。 かろうじてバラッド自身は、脱出ポットで射出され、生き延びることができたのだ。 「こいつが、俺を守ってくれたんだ…」 バラッドは言いながら、愛機の残骸をそっと撫でた。 しとしとと降りつづける小雨に濡れた金属の塊は、鈍い光を放っている。 バラッドは俯いたまま、ウルフを見つめ、思いを馳せるように、ここではないどこかを見つめていた。 ビットはじっとバラッドを見つめる。 コマンドウルフの残骸を見つめたまま、心、ここにあらずといったバラッドを。 バラッドとウルフの間には、言い知れぬ2人だけの絆のような空間が広がっている。 明らかに部外者である自分が、しゃしゃり出て声を発することは、憚られているような気がした。 バラッドは黙したまま立ち上がり、じっとりと垂れこめた雨雲を見あげた。 「…本降りになる前に帰るか、ビット」 小さく微笑んで、ビットを見遣り、雨に濡れた髪を掻きあげた。 「…ッ、バラッド…!」 ビットは悲鳴のように呼びかけた。その声に少し驚いたように、バラッドが目を見開く。 「…何で泣かないンだよ…」 潤んだ目を瞬きながら、ビットはバラッドに詰め寄った。 「…俺がいるから、泣けないのか…?」 『ついて来るな』といわれたことの本当の意味に気づいて、ビットは小さく俯いた。 「…ごめ…」 「何でお前が泣くんだよ」 バラッドはそう言うと、雨に濡れたビットの髪を、乱暴に撫でつけた。 「…涙なんて…」 憂いを帯びた紺碧の双眸を細めて、バラッドは酷く痛ましげな微笑を洩らした。 「涙なんて、とっくの昔に涸れ果てちまったよ」 「…!」 バラッドの言葉に打たれたように、ビットは硬直した。 バラッドの眼差しの奥にある、その暗い部分。 涙が涸れ果てたとは言っても。 気丈に微笑んでいるとは言っても―――― 「涙がなくなったって、悲しみがなくなるわけじゃないだろ!」 ビットはそう言いざま、バラッドの頭を自分の胸に抱え込んだ。 掻き抱くようにバラッドの髪に指を絡ませる。 「…ゴメン、バラッド。俺、無神経だっだよな…」 そういってビットはバラッドの髪に顔を埋めるように、バラッドに擦り寄った。 涙が滲んでくるのを止められない。 「…お前が言うとおり、ついてこなけりゃよかったよ…」 自分の愛機を失うということが、ウォーリアーにとって、どれだけ辛いことなのか、ビットは十分理解しているつもりだった。 自分とライガーは、時間的には随分と短い付き合いだが、それでも途方もなく愛着も信頼も寄せている。 それが、付き合いの長いゾイドとなれば、比較にならないだろう。 「お前が来てくれて、良かったと思うよ」 バラッドはそう言うと、ビットの背に手を回した。ビットの胸に額を擦りつける。 とくとくと聞こえるビットの心音が、随分とバラッドを安心させた。 「お前にまで涙流してもらったら、ウルフも喜ぶだろうし…それに」 しとしとと降りつづける霧雨。 ぽろぽろと零れるビットの涙。 心地よさに目を細めたバラッドは、言葉を続けた。 「俺も、お前に癒されてる気がするし、さ」 この雨が止む頃には。 自分の傷も癒えるだろう。 空の端は、かすかに白みはじめていた。 END |
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■あとがき ■バラビというかなんと言うか… 一応最後はバラビちっくに仕上げました (無理矢理…(汗)) バラッドが余りにもアッサリとフォックスに 乗り換えてしまったンでちょっくらバラッドとウルフの エピソードなんぞがほしくなりまして。 んで、こんなかんぢです。 久々のSS。 というか、話が巧く長くできなかっただけなンすけどね!(死) |
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