Orange

 

 

嫌いな色がある。
その理由は単純である。単に赤でも黄色でもない、どっちつかずの色だからだ。
―――――オレンジ。
志波岩鷲はその色が、姉空鶴の打ち上げる炎の欠片を思い出させる事を、どこか切ない事のように感じている。



流魂街の今の場所に居を構えてからかなりになる。
住処の新たなオブジェは相変わらず空鶴らしい形状でデザインされ、金彦や銀彦はその外観に涙して感激した。岩鷲自身の好みとは少し外れる気がするものの、姉がよいというならきっとよい物なのだろう。この家での絶対者は彼女なのであった。

 いつまでもガキだな

そう言って容赦なく岩鷲のプライドを叩き潰す姉。
瞬間的に怒りが込み上げるものの、逆らえぬまま岩鷲は拳の中にその衝動を握りつぶす。
姉は兄が戻ったあの日を憶えている。
それだけで岩鷲は自分にリベンジの機会などがない事を思い知る。

最初にそいつに絡んだのは、髪の色の所為だったかも知れない。
大嫌いなオレンジ色の、まるでたんぽぽのような短髪。そして死神が纏う、死覇装と呼ばれる黒衣。
岩鷲にとってその男は、この世の中の嫌いなものが集大成されたような存在であった。
「俺は死神が嫌いなんだ」
そう力一杯意思表示し、拒絶する。
流魂街出身の死神は、そこが己れの故郷である事を思い出す事が嫌いであるらしい。出自を隠し、ひたすら上へ登り詰めるための野心のみを抱き、決して振り向かない。
そんな輩に対しての岩鷲の評価は、ただ「浅ましい」という一言に尽きていた。

兄が敗北し、帰還して死んだ。
自分にとって絶対であった筈の兄が。
信じていた世界はその日崩壊した。

しかし、それでも瀞霊廷は存在し続ける。
自分にとって代償のきかない大切な存在が消えても。
姉は忌々し気に過去を吐き捨てつつ、それでも摂理を受け入れていた。
その諦めたような空鶴の横顔は、岩鷲がこの世で最も見たくないもののひとつであった。

強気を捨てない姉が瞬間的に目を伏せる瞬間。
岩鷲の目の前にはあの、どっちつがずのオレンジ色が見える。

 

死神は黒崎一護と名乗った。
志波家の座敷にて再会を果たした時、申し訳程度に殴り掛かってみたものの、既に岩鷲の「やる気」は萎えていた。
少なくともこの風変わりな死神には、あのギラギラとした野心の粘つきを感じない。一部エリートと称される、貴族出身の連中の鼻持ちならなさとも違う。
素人目にすら危なっかしく、それでいて制約にがんじがらめな死神という存在でありながら、どこからも、何者からも自由であった。

 こんな奴がいたのか

それは不思議な爽快さであった。
居場所を持たない死神が、これ程伸びやかであった事に岩鷲は感動すら覚える。
そう感じた瞬間、「その色」に感じていた不愉快さは掻き消えた。


どっちつかずではなく、どこにも縛られないという象徴。
姉の花火もまた空高く弾け、大きく拡散する。
オレンジ色の火の玉となって。

怨恨に縛られ、ものが見えなくなっていたのは自分の方かも知れない。
兄の死について、半端に受け入れ半端に拗ねていた事を思う。

岩鷲は少し嬉しかった。
そして気がつくと、目の前の明るい色の髪の男の事もほんのわずか、小指の先ほど好きになっていた。

 

                      ―――――終



後書:
一護と岩鷲の出会いエピソード、あのあたりは何だか話の流れが弛緩していて奇妙な雰囲気(コミックスでまとめて読み返して改めて思う。一番緊張を強いられそうな所で何故緩む!?)ですが、私は好きです。
岩鷲の嫌いな色なんてほんまは知りません。また矛盾しそうですけど、もういいや…(笑)