闇に誘う太刀

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「ジン兄さま、これあげる」

 いつもラグナ兄さんと一緒のサヤが、珍しく僕に駆け寄り声をかけてきた。
 ……いや、僕が意図的に彼女を避けているだけなのだが。
 苦手という言葉よりも、嫌いという言葉の方が当てはまると思う。血が繋がっていても、どうしてもサヤの事を好きにはなれなかった。
 ――兄さんを、独り占めするから……。
 彼女が元々体が丈夫な方ではなく、兄さんとシスターは毎回彼女に付きっ切りで看病していた。もちろん僕も兄さん達の手伝いはしていたが、『お前はうるさいからどっか行ってろ』……それが兄さんの口癖になっていくのを感じ、同じ空間を共有しているのにもかかわらず、どこか置いてけぼりをくらってしまったような虚無感が、たまに僕を襲う。

 話は戻り、サヤが持ってきたのは、一本の太刀だった。
 鍔部分が珍しい形をしており、何となく怪物に似ていると感じた。それを見た瞬間、僕の心臓は大きく跳ね上がる。恐怖で高鳴っているのか、それとも恍惚して高鳴っているのか。その時は判らなかった。

「――サヤ、どうしたんだい? これ……」
「あのね、緑色の髪の毛をした男の人に渡されたの。ジン兄さまに渡して欲しいって」
「緑色の……髪の毛の人……?」

 初めて聞く人物のはずなのにも関わらず、再び心臓が跳ね上がった。今度は不穏な空気を感じての事だ。
 本能が僕に警告を鳴らす。――ここにいては駄目だ、と。

 
――何故だか脳裏に月が落ちてくるヴィジョンが過ぎる。教会を押し潰すが如く落ちてきて、僕達がバラバラになってしまうのだ。


 僕が不安そうにしていたせいか、サヤが不思議そうな顔をしながら、こちらを見つめている。
 小さな両手には太刀が握られ、受け取るのを待っていた。
 渋々手を伸ばしそれを受け取った瞬間、脳裏に不可解な言葉が勝手に流れてきた。

『その女が憎いか?』

「っ!?」

『その女が憎いかと聞いている』

 確かに今太刀が話しかけてきた。しかも僕の心を見透かしたかのような素振りで。慌ててサヤの方に視線を送ったが、どうやら彼女は気付いていないようで、きょとんとこちらを見ている。
 僕は心の中で太刀に呟いた。

(憎いさ……。こいつさえいなければ、兄さんは僕だけを見てくれるのに。僕だけの兄さんでいてくれるのに……!)

『では、貴様に力を貸してやろう』

(力……?)

『そう、“邪魔な存在を全て消し去る事の出来る力”だ』

 その言葉に僕の心は揺らいだ。すると太刀は低く不気味な声で笑う。
 どうしてだろう? 触れていると頭の中が揺さぶられるように回る。気持ち悪いくらいに残像《ヴィジョン》が巡り、知らないものもあるはずなのに、何故だかスッと僕の心に溶け込んでくるのだ。

 善悪を問わずひたすら太刀をとり人間を切り刻む人物がいた。
 その人物に光は宿っていなかった。ただ目の前に現れる敵……なのだろうか? 人間を一閃で屠っていく。残像に血飛沫が舞い踊る。
 気持ち悪いという感覚よりも、恍惚といったものが先に感情となって現れた。

 ――しかし情報量が膨大過ぎる。
 思わず頭を抱えてその場にしゃがみ込むと、サヤも一緒になってしゃがみ込み、僕の肩に手を当ててきた。

「ジン兄さま!? ……大丈夫?」
「…………触るなァ!!」

 僕はサヤから太刀を奪い去ると、今までにないくらい強い眼光で彼女を睨み付けた。サヤの息を呑む声が小さく聞こえる。

「触るな、触るな! 僕の“障害”……っ!! お前の……お前のせいだ。兄さんが僕を見てくれないのは!!」
「ジン、兄、さま……?」

 負の感情が僕を包み込む。今まで耐えてきた台詞が喉の奥から吐き出される行為は、正直自分でも驚くくらいだ。
 サヤは怯えた目をして、僕を見上げていた。日常茶飯事とはいえ、今にも泣きそうになりながらも、彼女は決して目を逸らすことはない。

「見ていろ、サヤ。絶対に……兄さんから引きはがしてやる!!」
「にい、さま……」
「鬱陶しい目をするな、“障害”が……っ」

 その時初めて僕はサヤを叩いた。
 ハッと気付いた時には、サヤの身体は元にいた場所にはなく、なぎ倒されるように横へ飛ばされており、芝生の上に転がっていた。

 ――妹を殴ってしまった。

 逃れる事の出来ない真実を前に僕は震え上がり、サヤから受け取った太刀を手にして森の奥へと走っていった。
 兄さんに告げ口するだろうか? そしたら僕は……。
 想像するだけで涙が止まらなかった。走りながらも拳で目を拭い、教会から遠くへ遠くへと離れていく。

「サヤ……、ごめんね……」

 彼女を傷つける事なんてしたくなかった。
 しかし太刀を手にした瞬間、負の感情が溢れ止まらなくなったのだ。
 僕は悲しくて後悔で埋もれて泣いているのに対し、太刀はケラケラと高笑いをこぼしていた。

 ――何が可笑しいんだ……!! 僕は、最低な事を……――


 すると僕の意識は突如真っ白になり、その場に倒れ込んだ。






「上手くいったねぇー。いやぁー、俺様って天才ってやつ? ヒャーハハハハハッ!!!!」

 ジンが倒れた場所の真上から、緑色の髪をした男が狂ったように笑う。
 教会のある方向を見、口元を三日月のように歪ませる。その双眸は獲物を狙う蛇のように鋭く、末恐ろしいものが漂っていた。
 気怠そうに太い枝の上に座り、憎しみを爆発させるようにその先にあるものを見つめていた。

「大魔法使い・ナインの妹。あいつも邪魔だ、邪魔すぎる。奴のせいで俺様がどれだけつれぇ思いしたかってんだ……! ――今日の晩にでも殺しておくか。そしてあのチビ女……使えるな。術式に対する適応力が異常なくらいありやがる。……ったく、あのクソ女は何考えてやがんだ?」

 そしてユキアネサを握りしめて倒れているジンに視線を落とし、気怠そうに“ついで”という感じで呟いた。

「こいつも利用価値はあるな。こいつが“秩序の力”か。……もっと憎しみを燃やさせてやる。そう、自分の意思が反映できねぇくらいにな」

 ユキアネサの操り人形になってしまえばいい。そうテルミは考えていた。善悪を振り払い、人を殺していけばいい。こいつの大嫌いな統制機構の犬にしてしまうのもまた一興かも知れない。
 幼すぎる独占欲、そして醜い嫉妬。それらがたまらないご馳走に見え、テルミは低く唸るように笑う。

「史上最悪の醜い兄弟喧嘩でもすればいい。……クククク、ヒャーハハハハハッ!!!!」




 そしてその夜、教会はテルミの襲撃に遭い、シスターは惨殺された。
 その場にいた三人の子供……、ジンとサヤは利用価値があるという理由で誘拐、二人を助ける為に歯向かってきた兄、ラグナの右腕を切り落としてユウキ=テルミは去っていった。
 その横でユキアネサを抱えて三日月に口を歪まし、笑いかけるジンをさらって……。





 ―了―
2012/05/07(2012/06/15加筆修正)
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