運命を変えて

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 また歴史は繰り返されてしまうのだろうか?
 この手に残るのは慕っていた者たちの骨と肉を斬り裂く振動と、眼前に広がる朱い鮮血。
 倒れた『その人』は恨むように、そして疑問を持ったまま生命活動を止めてしまう。
 ――違う。僕の望んでいたものは、そうではない!
 ――違う。このような定めなど受け入れたくはない……!!

 そして世界は再び『悪夢』が起こる前へと、時計の針を戻していく。当人らの意思とは関係なく。
 歪な感情を脳裏の隙間に置き忘れたまま、延々と同じ事を繰り返すしかないのだろうか?

「僕は……」


 ――定められた運命など、斬り捨ててやる!! この世界を、腐りきったこの機関を、破壊してやる!!





 何度目かの世界のループ。
 ハザマに操られたツバキと対決したジンは、容赦なく彼女を斬り捨てた。
 全ては蒼の継承者である『ノエル=ヴァーミリオン』と、黒き獣を体内に取り込んでしまった、兄である『ラグナ=ザ=ブラッドエッジ』が元凶である。
 ユキアネサに知らず内に操られていたジンは、本能のままラグナを追い、黒き獣――いや、それ以上に何か作用があり、そして二人の妹に瓜二つのノエル=ヴァーミリオンを心の底から嫌悪し、彼から遠ざけようとした。
 その嫌悪感がどこからくるものかのかは判らなかった。だが、嫉妬していた妹に似ていたからだとジンは解釈している。
 何らかの弱みを握られ、ハザマ大尉――否、『テルミ』により、ジンの幼なじみだったツバキは変貌を遂げてしまった。もっと早くツバキを救えればよかったと、歯がみをする他なかった。彼女とは、戦いたくない。


 しかし、作られた運命とは残酷なものだった。




「じ……、ジン、にい、さま……」

 斬られた脇腹を押さえながら、傍に駆け寄ってきたジンにツバキは声をかける。
 命が尽きようとしているというのに、その表情には柔らかい微笑みが浮かんでおり、その姿に心臓の奥が突き刺さるかのような痛みに襲われた。

「ツバキ……っ」
「これが……、ジン兄様の、『正義』…………なの、ですね……?」
「もう、喋るな!」

 己が信じる『正義』の為に、兄を殺し、大事な人まで斬ってしまった。
 これが本当に良い選択だったのだろうか? 「それで良かった」という漠然的な考えと「もっと別の道があったのでは?」という人の感情が入り交じり、マーブル状に精神を掻き乱していく。

「……よかった……」
「何が良かった……、ツバキ! 僕は、僕は……っ!!」
「きっと、……ジン兄様、の、……選択は、間違っていません……」

 十六夜を酷使してしまったため、今の彼女の双眸には光が灯っていない。おそらくはジンの姿すら見えていないだろう。
 どこか遠くを見つめながら話すツバキの姿を眺め、ジンの目頭が熱くなっていくのを感じた。
 すると頬に暖かい何かが触れるのを感じ、横目で見やると、ツバキの細い手がジンの頬を撫でていたのだ。
 どうして彼女はここまで優しく出来る? 自分を殺しにかかった男に、ここまで慈愛に満ちた表情が浮かべられる……!!

「……ツバキ。もし、僕の選択が間違っていたら、君は……、僕を恨むかい?」

 ジンは至極当然の台詞を彼女に投げかけた。するとツバキは思いも寄らない言葉を紡ぐ。

「間違っていても……、ジン兄様が選んだ、道……ですもの……。だから、恨みません」
「っ!!」
「ジン兄様……。どうか――――」

 次の台詞が出ることもなく、頬に置いていた柔らかい手が重力に従って下がっていき、しまいにはジンの太ももへ落下してきたのと同時に、弱々しくも呼吸をしていた証だった上半身の動きも消えていた。


 ――……ツバキ=ヤヨイは、死んだ。


「つ……、ツバキ?」

 嘘だろう? そう思いジンは彼女の身体を揺する。しかし何も反応は示すことはなかった。

「ツバキ……っ!!」

 初めて彼女、ツバキ=ヤヨイの身体を力一杯に抱きしめた。生前することのなかった行為を今するなんて、ジンは心の底で自虐的に呟いた。

「ツバキ……。君の命は無駄にはしない。――そして、兄さんも……。僕がこの狂った世界を壊してくるよ」


『あれ』を破壊すれば、おそらくは黒き獣も消滅し、今まで通りの時間軸が巡るだろう。
『あれ』は『悪』だ。だとすれば、この気持ちが赴くままに壊してしまえばいい。
 ジンは涙を堪えその場を立ち上がり、ユキアネサを手に上へと向かっていった。

「兄さん……。待っていて。僕が絶対に……――――」






 =了(2012/06/04)=

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