嫉妬と紅い目の少女
白い世界に紅い目をした少女が立っていた。
その姿は妹であるサヤに似ていると、ジンは思った。
『サヤ』
何気なくかけた言葉だったが、【あれ】はサヤではない。サヤとは違う、別人だった。
――では、だれなのか?
その時ジンの背筋に悪寒が走った。いい知れない【恐怖】とも【憎悪】ともとれる感覚だ。なぜ妹にそんな感情を? 自問自答している間に、サヤは見たこともない冷めた笑みを浮かべる。
「貴様は、誰だ……?」
どくりどくりと心音が全身に響き渡る。何か、ジンの脳裏にかすめていく。それは懐かしいとも怖いとも言える、映画のフィルムのようにゆっくりと、時折早回しに駆け巡っていった。
「……君は邪魔だよ、――――。」
「っ!?」
サヤに似た少女は、ジンの記憶の隅においてきた【名前】を呟く。知らないはずなのに息を呑んでしまった。
――駄目だ、この人物を兄さんの傍においてはならない!
直感的にそう判断し、同時に泡立つような憎悪にかられる。
それはきょうだいであるラグナとサヤ、二人に対してだった。
何故だという疑問の前に、嫌悪と憎悪が先に押してくる。ジンの額にはいつの間にか汗が浮かび、喉は干上がったように乾燥していた。
「兄さんには近づけさせない……! そして、兄さんを殺すのは僕の役目だ!」
すると紅い目の少女は小馬鹿にするようにクスクスと笑った。
「ラグナを殺す? 君が? 無理だよ、そんなこと」
「何だって……?」
「だって、ラグナを殺して一緒になるのは――――の役目だもの」
古ぼけた記憶らしきものが警鐘をならす。
この少女とラグナを合わせるのは危険だ、そして自分自身の手で兄を殺さなくてはならない、と。
――でも、何故?
「サヤ」
もう一度自分の妹の名前を呼ぶ。
しかし先程のように親しみはなく、ただ憎しみしか残っていなかった。
「兄さんは渡さない! 僕の……、僕だけの兄さんだ!!」
「違うよ、ジン兄様。あなたにラグナは仕留められない。……そう、誰も彼を殺せない」
「……どういう事だ?」
「世界がそうさせるから。この世界がそうさせてくれないから……」
そう呟く少女はどこか寂しそうで悲しげに映った。
「私は……サヤは消えるの。だけどね、サヤは色んなところに利用されるの」
「消える? 何を言っているんだ?」
赤目の少女がジンの目の前まで近付いてくる。よく見ると右目に眼帯のようなものをしていた。それに髪の毛も金色ではなく、銀色だった。しかし面影はサヤのままで頭の中の整理が上手くいかない。
少女は最初に出会った時と同じように、氷のような冷たい笑みを浮かべ語り出す。
「上手く言えないけれど、サヤはこの世界にとって特別な存在。様々な人物が彼女を利用したくてしたくてたまらなくて、あちこち探すくらいにね。それは――――だから。――はサヤの――――なの。そしてジン兄様もまた、この世界の障害。……いや、違う。――が障害なのかも知れない」
彼女の話を聞く度に、鈍い頭痛が走る。まるで思い出せと言わんばかりに、どこかで誰かが叫んでいるようだ。
「障害……。貴様と、兄さんは、僕の…………」
「けどね」
ジンの言葉を遮るように、少女が顔をのぞき込みニイッと笑う。
「そんなことさせないよ? 君に思い出させないから」
そう言葉を残して、赤目の少女と白い空間は消え去り、暗い世界だけが広がった。
そしてジンの意識もまた、そこで糸を切らしたかのように途切れた。
ジンがゆっくりと目を開けると、そこは自分の部屋だった。
あの夢は何だったのだろうか?
不思議な夢だったことには間違いない。それにあの赤目の少女は一体何者なのだろうか?
すると部屋のドアをノックする音が部屋に響き渡る。
姿を現したのは妹であるサヤだった。
「っ……!?」
一瞬にして感情が黒く染まり、憎悪が支配する。
昨日まで何ともなかったはずなのに……。傍に寄ってきてほしくないくらいだった。姿も声も何もかもが邪魔だった。
「ジン兄様? おはよう」
「で……、出て行け!! お前の顔なんて見たくない!!」
「え……?」
「っ、ご、ごめん……。支度したらそっちに行くから……」
「は、はい」
引きつった笑顔を一つ浮かべ、サヤはジンの部屋から立ち去っていく。
「僕は……」
荒い呼吸を繰り返し、頭を抱える。
古ぼけた長いフィルムが脳を締め付けているようだった。
それから数ヶ月後。
彼らの養い親代わりであるシスターは、テルミによって殺害され、ジンの記憶も曖昧になってしまった。
ただ残されているのは、三日月に口元を歪めて笑う誰かと誰か。そして利き腕を切り落とされ泣き叫ぶ兄の姿。
―了(2012/06/05)―
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