また会えると信じて






 関ヶ原の合戦で石田三成と別れたのち、はつは自然とこの場所に来るようになっていた。
 ここは三成と初めて出会った場所でもあり、命が救われた場所でもある。
 再会するまで邸にいた侍女がはつだと気付かなかった三成にとって、まだここを覚えているかは怪しかったのだが。期待半分、不安半分で立っている。


『三成様!』
『はつ?』
『もし、また生きて会う事が出来たなら……っ』


「あの想い出の場所でお待ちしてます……、か」

 はつの経歴については、藤堂高虎が調べ上げている。追いつかれ殺されるのも時間の問題であった。それでも三成を待ちたい。ゆっくりと腰を下ろし、青草の上にしゃがむ。
 目の前を流れる河はあの頃と変わらない、比較的早い流れだった。
 日が暮れるのも早くなったものだとはつは思った。もう空は白めいた水色から、あかね色へと変貌を遂げようとしている。

 (暮れない内に隠れないと……)

 そう今晩の心配をしたその時だった。


「……はつ? はつなのか!?」
「っ!」


 聞き覚えのある声だった。
 ずっと、ずっと聞きたかった声。
 おそるおそる振り返ると、石田三成が変わらない風情で立っていた。

「良かった……、生きていたんだな」
「み……つな……り様……」

 はつは三成のもとへ駆け寄ると、胸元へ顔を埋めた。突然のことに驚いた三成は、わたわたと腕を宙で踊らせた。

「は、はつ!?」
「良かった、本当に良かったです……!」
「でも全てを投げ出してきたよ。志を示せればよかったから」
「ええっ!?」

 驚きはしたものの、実に三成らしいとはつは思って微笑んだ。

「三成様。その……、たまさんはどこに?」
「ああ、たまか。自由にした。いつまでも俺の世話ばかりさせるのも悪いって思って……。薄情だよな俺……」

 こんな大変な時に女の子一人にさせて、と、付け加えた。

「また会えます。生きていれば、きっとどこかで会えます」

 はつと三成が出会えたように、きっとたまきとも会える。根拠はなかったが、はつは力強くそう言った。すると三成は「そうだな」と柔らかく言う。

「たまならきっとやっていけるよな……。信じてやらないでどうするんだ、俺は」
「三成様ってたまさんの事、大事に思っているのですね」
「そ、そうかな?」

 自覚のない発言に、はつは心の中で頬を膨らませた。もちろん、三成は気付いていない。

「あ、あのさ、はつ。そろそろ離れてくれないか……?」

 先程からはつと三成の体はぴったりと密着していた。
 現状を言われたはつは顔を赤くし、顔を逸らしながら三成の体から離れた。

「ご、ごめんなさい」
「い、いや。いいんだ」

 気まずい沈黙が流れたが、しびれをきらした三成が口を開いた。

「はつはこれからどうするんだ?」
「私ですか? ……特に、なにも……。恐らく藤堂様の追っ手が来ると思いますし、ここではない、どこか遠くへ逃げ落ちようと思ってます」
「そうか……。大丈夫なのか」
「何とかなります。それに、もういつ死んでもいいんです」

 三成と再会することが出来た。それだけで心残りはない。正直言えば、ここで別れてしまうのは寂しいけれど。
 すると三成は語気を強めて畳み掛けるように言ってきた。

「死ぬなんて言うな! もしはつが死にそうな状況になったら、また俺が助けてやる! 俺だって命狙われている身になったんだ。はつがいいって言うなら、俺も一緒についていていいか?」

 はつは非常に驚き、目を丸くさせて三成の表情を見た。
 嘘偽りが一切ない真っ直ぐな瞳が、こちらに向けられている。思わず顔を赤らめた。

「あの……いいのですか? 私なんかと一緒で……」
「? むしろ俺がはつの邪魔にならないか?」
「とんでもないです! とても、嬉しいです」

 好きな人と一緒にいることが出来る。会えただけでも嬉しいのに、ずっと傍にいることが出来るなんて、夢のようだ。涙を流してしまいそうなくらい嬉しかった。

「三成様。絶対に、絶対にあなたをお守りしますね」
「う。俺の立場ないじゃないか……」






2008/12/29 up date