特別な手料理
石田邸の台所ではつは鍋と睨み合っていた。右手には箸を持ち、こうこうと燃え上がっている薪と鍋を交互に見ている。
この日の食事当番ははつであり、実は初めて三成に手料理を食べさせる事になっているのだ。もちろん三成は知らない。というか気にしてはいないだろう。はつが作ったといっても、感動せずに感想を言うに違いない。
それでもはつは張り切っていた。
三成に手作りのご飯を食べてもらうために。
「いやぁ、殿は幸せ者ですねぇ〜」
部屋で作業をしていると、左近が目元口元頬を緩ませながら近づいてくる。三成は目を細めた。
「な、何だいきなり……。気持ち悪いな」
「気持ち悪いはないでしょう。というより、気付いてないんですか?」
「? 何がだ? 今日は他にも用事があったのか?」
真顔で聞いてくる城主に、左近は背中を丸めて深く息をはいた。そして心の中ではつに同情した。
三成は自分よりも大きい図体を丸めて頭を抱えそうな左近の姿を、不思議な目でジッと見つめ首を傾げた。
「何かあったのか、左近。俺に言えぬ事なのか?」
「……いや、もういいです。ここまで鈍感でバカだとは思いませんでしたよ……」
(なぜバカだと言われるんだ、今)
左近と三成の他愛もないやりとりが続いている時でも、はつは忙しく台所で動き回っていた。
「はつさん。出来ましたか?」
同じく石田邸で働いている侍女が顔を見せに来た。
「あっ、はい。出来ました。あとは味を見るだけなのですが……」
そこではつは口ごもってしまった。
「どうなさったのですか?」
「い、いえ! 皆様のお口にあうかどうかが心配で……」
「なんだ、そんな事でしたか〜」
侍女が笑いながら、はつの肩を優しく叩いた。
戸惑ったようにはつの視線が泳ぐ。
「ここにいる人達はあまり気にしませんよ。ただ……」
「ただ?」
「三成殿はどうかは判りませんが……」
「えっ!?」
不安な一言を言い残し、侍女は他の仕事へと戻っていってしまった。はつはその場に固まったまま、頭の中で悪い事ばかり思考を巡らせていた。
「どうしよう……。三成様のお口に合わなかったら、私、どうしたら……。もし暇を出されたら、藤堂様に何て申し上げればいいのか……」
「なんだ、今日の当番ははつだったのか」
はにかむ三成の笑顔が、今のはつにとっては大きな重圧となっていた。やっと作り笑いを返すと、三成は目を輝かせて質問してくる。
「これは里芋の煮付けか?」
「あ、は、はい……。お口に合うか判りませんが」
「俺、里芋の煮付け好きなんだ」
「そ、そうなのですか!?」
それを聞いたはつはホッとひと安心した。しかし問題はここからだ。侍女の話し方からすれば、三成は味にうるさそうだからだ。もし不味いと言われたらどうしようかと、はつは気が気ではなかった。
短い挨拶のあと、箸が茶碗に触れる音がした。
「うん、美味い!」
「本当ですか?」
「嘘言ってどうなるんだ。味付けが俺好みだ」
一気にはつの頬が赤く染まっていく。三成に見られぬように、袖で顔をそっと覆った。当の本人はそれに気付くことなく、せっせと白飯を口の中へと運んでいく。
「あ、それでは私はこの辺で」
「ああ。次の食事、楽しみにしているからな」
「はいっ!」
はつの作った料理は他の者にも好評で、大いに盛り上がった。
徳川方の刺客として石田邸に送られたはつだったが、複雑な心境をも超えて心から嬉しく感じたのだった。
その後三成に呼び出され、明日から夜食が必要な時ははつに作ってもらうと言ったのだ。夢ではないかと思ったはつは頬を抓ると、三成はクスクスと小さく笑った。
戦など始まらずに、いつまでもこの時間(とき)が過ぎていけばいいのにと、はつは心の底から願った。
2009/01/09 up date