後悔の先には希望






 石田三成とたまきが大阪から出て幾日か。道の途中にある茶屋にて、二人は足を休めていた。
 追われ者の為、顔をこそこそと隠しつつ、喉の渇きを癒していた。

「なあ、たま」
「どうしたの? 殿」

 団子を食べていたたまきがそう言うと、三成は小さく苦笑しながら話した。

「たま、俺はもう“殿”じゃない。ただの武将崩れだ」
「もー! 変なとこばっかり引っかかるんだから……。じゃあ、三成殿、どうしたんですかー?」
「う……、人の話を聞く気ないだろ……」

 冗談冗談と言い、たまきはカラカラと笑った。一つ息をついたあと、三成は遠くを見つめながら再び口を開く。

「これから豊臣家はどうなるんだろうな」

 大阪を出てくる前に、豊臣に憎しみを背負っている淀殿に留まるよう説得はした。だが互いに分かり合えず、徳川家康に処断を任せて出てきたのだ。“任せた”というのは三成の独断で、実際に家康と面と向かって口約した訳ではない。しかし、恐らく家康なら判ってくれると賭けての行動だった。
 後悔しているのだろうか? 豊臣を見切るような真似をして出てきた己の決断を……。
 するとたまきは明るい声で話し始めた。その声を聞くたびに、三成はどこか安心している。

「もうっ、三成殿! もっと自分に自信持たないと」
「しかし……、それでいいのだとしても、失った仲間は理解してくれるだろうか?」

 皆、豊臣を守る為に戦っていたのに、と付け加えた。

「なに言ってるの! そんな事最初から知っていたら、三成殿の味方になるわけないでしょ!」
「そ、それもそうか……」

 妙にすっきりした三成の顔を見て、たまきは頭を抱えて息をはいた。


(単純にも程があるでしょ……)


「淀の方様、憎しみだけではなく幸せだった方にも目を向けてくれればいいんだがな……」

 いつまでも憎しみに囚われたままでは、あんまりだと思うのだ。

「そうだね……。でもちゃんと三成殿が憎しみだけじゃなくて幸せだった時期もあったって言ったから、それを思い出して少しずつ気持ちを整理してくれるといいよね」
「ああ。ありがとう、たま……」
「お礼言われる程じゃないよっ。……少しは落ち着いた?」

 黙って三成は頷いた。
 しかしまだ安心したわけではなかった。このまま家康が三成を見逃すとは思えない。時間経たない内に三成の首をもらおうと、徳川の刺客を送ってくるだろう。万が一、再び兵を興されては厄介だろうから。
 たまきはすくっと立ち上がり、店主に茶代を支払うと三成の肩を軽く叩く。

「三成殿っ、ほら、さっさと行くよ!」
「えっ? 待て、たま、まだ茶を飲み干して……」
「さっさと歩くの!!」

 今の季節は秋。
 夏と比べ、空が暮れるのが早くなってきた。
 早く体を休める宿を探した方がいいと思い、少々強引だったが三成を引っ張って再び道なりを歩き出した。
 後ろで名残惜しそうに団子を眺めている三成を急かして……。





 四町ほど歩くと、たまきの後ろから途切れ途切れ声が届いた。

「た、たま……、待って……」

 近づいてきているのか、ぶつ切りの呼吸が大きくなっていく。
 たまきは今日何度目かの溜め息をはいた。

「……はぁ。ほんっとに体力だけはないんだから」

 ようやく三成がたまきのところまで追いつくと、額に流れた汗を手の甲で拭い、両膝に手を当て中腰に屈む。

「うーん、宿がある場所まであとちょっとだけど歩けそう?」
「ああ。だけど少し休ませてくれ……」
「しょうがないなぁ。本当にちょっとだからね」

 既に黄昏時で、あと数刻で藍色の空が迫ってくる。何としても早く人気のある場所まで移動したい。たまきの気持ちばかりが焦っていく。三成はと言うと、普段と変わらない表情で地面に座っている。
 たまきは空に視線を泳がせ、うーんと考え込んだ。そして覚悟を決めたように表情を硬くすると、三成に声をかける。

「殿」
「俺はもうと……――」

 会話が全て終わらない内に止まってしまった。
 その代わりに、三成の頬に柔らかい感触が伝わった。

「た……たま!?」

 驚いた三成は頬に手を当て、口をパクパクと何度も閉じたり開いたりしている。
 一方たまきはというと、視線を合わせないように遠くを見ていた。

「疲れとれた? さっさと先行くよ」

 少し早口に言い切り、たまきは駆け足でその場を離れていく。

「ちょ、ちょっと待て! 今……!!」

 三成も立ち上がり、少し先を行くたまきに追いつこうと、三成はいつもより歩みを早めた。逆にたまきは追いつかれないように更に足を速める。後ろから「待ってくれ! たまー!」という声が響いている。



(わ、わたしだって何でこんな事したのか判らないんだってば! 殿ってば本当女の気持ちを考えないんだからっ!)



 そう心の中で悪態をつきながら、たまきはどんどん先へ進んでいった。





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 08/10/31…初出
 08/12/27…加筆修正