気持ち知らず






「はつはさ、好きな奴とかいるの?」

 藤堂邸に寄った時の事だった。
 突然高虎に聞かれ、はつは驚きのあまり声を裏返して答える。

「なっ、何ですか!? いきなり……!」

 ちょうど三成の屋敷から時間を貰って、藤堂高虎の屋敷に報告しに戻ってきたばかりだったので、余計に緊張してしまったのだ。
 心の中を読まれたかと思い、内心冷や汗状態だった。

「何だよ。そんなに驚いちゃって」

 どうやら違ったようだ。それでも急に聞かれたので驚きは隠せない。

「い、いえ……、そんな事聞かれるなんてゆめゆめにも思っていなかったので……」
「意外だったってか?」

 ニヤリと高虎が笑うと、はつは困ったように眉を潜めた。「意外だ」なんて答えたら、またからかわれるだろう。
 相手の息の使いが判ってしまうのではというくらい、高虎の顔が近かった。どう対処したらいいか困ってしまう。

「あの、高虎様、お顔が近いです!」

 顔が赤いはつを見て、高虎はどこと無く優越感に浸った。だがもう一人だけこのような気分に浸れる奴を知っている。


 ――名は、石田治部少輔三成。
 はつに任務を与える際、高虎は三成の背面を調べた。すると過去に二人は会っているとの報告がでてきた。彼女が肌身離さず付けている簪(かんざし)はその時の贈り物らしい。
 今はまだ支障は出てきてはいない。しかし、時間の問題。はつが情を移し、いつどこで裏切るかは判らない。
 なので高虎は逆らう事が出来ぬよう、はつに対しては高圧的な態度をとっている。自分の元から立ち去れないくらいに。そのためか、はつは高虎に従順だった。


「んでさ、はつ。好きな奴いんの?」

 その笑顔が怖い、と、はつは思った。決して口には出来ないが。

「そ、それは……」

 高虎は逸らさずに、じっとこちらを見ている。
 何度か目を泳がせた後、小さな声ではつが話す。

「そんな事聞いてどうするんですか?」

 はつが忍の姿ではなく一人の女として姿を見せているのが、高虎にとっては嬉しかった。いつまでも拝んでいたいが、そうもいかない。高虎は心の中で大きな溜め息をついた。

「んー、はつに予定がないんだったら狙おうかなと思ってね」
「っ!?」

 はつは目を丸くさせて高虎を見た。
 頬は先程よりも更に赤くなっている。

「何驚いてんだよ」
「いえ、少し意外で……。高虎様でしたら、私ではなくもっと良い方がいらっしゃるかと……」

 それはそうかも知れない。だが高虎は、はつが気になってしょうがなかった。理由は判らない。ただ、同情というのは一切ない。
 はつは小さな声で「ごめんなさい」と言い、高虎にとっては耳を塞ぎたい言葉を述べた。

「私には想っている方がいます。ですので……」
「そうか」

 その言葉を聞いた時、高虎の胸がズキと痛んだ。
 どこかで『手に入れられる』とくくっていたからかも知れない。その自信はどこからくるのかは判らないが。

「ほーお。んじゃ、そいつに振られたら、いつでも俺は迎えにいくぜ」
「た、高虎様! ご冗談はよして下さい……」
「……っと、余談はさておき。いつもの報告を聞かせてもらおうか」
「はい、かしこまりました」



 その時高虎は、はつの気持ちを奪いたいと願った。――石田三成から。
 この時は策があれば振り向いてもらえると思っていた。あの関ヶ原の合戦を迎えるまでは……。






 ----END----


 08/11/21…初出
 08/12/30…加筆修正