懺悔と明日






 ――関ヶ原の合戦が終決して二日経った。一日で終わったなど信じられないくらいだ。
 その時藤堂高虎は家康直下の町には戻らず、一人関ヶ原に残った。そしてある者を追いつめた、とある場所まで歩みを進める。
 ――大谷吉継。
 高虎は当初、吉継の能力について甘く見ていた節があった。命は長くなく、目も光を通さなくなったと聞いていたからだ。なのであそこまで兵を指揮出来るとは、ゆめゆめにも思わない。頭の中で計画していた事柄が、一気に崩れていったのを今でも忘れてはいない。
 程なくして小早川秀秋隊とその家臣達が西軍を裏切ると、大谷隊の陣形はあっという間に崩れ、壊滅状態へと追い込んでいった。そこに小早川秀秋が突撃し、大谷吉継の首を討ち取った。
 その時に吉継が「おのれ金吾、人面獣心なり」と、詛いめいた言葉を発したという噂も耳にした。その為秀秋は内心びくついているというらしい。
 ……吉継を生かしておけば、今度は高虎たちが危うくなるだろう。おそらくすぐに立て直し、攻めてくる。厄介な問題は、根本から排除するのが妥当である。そして西軍の武将に密書を送って東軍に引き寄せ、徳川家康の勝利へと荷担したのだった。
 ……これを実行しなければ、高虎の命や家康の命はなかったかも知れない。今なら判る事だった。
 しばらく歩くと、目の前に大木が表れた。


「……いた」


 木に寄りかかるようにして、大谷吉継は永久(とこしえ)の眠りについていた。胸には大きな赤い模様が出来上がっており、既に乾いているためか色濃くはびこっている。手に巻いていた包帯がほどけており、そこから見える皮膚は爛(ただ)れていた。思わず高虎は目を逸らす。

「大谷吉継……、お前を埋葬しにきてやったぜ」

 ポツリと高虎は言うが、もちろん相手は反応はしない。
 そのまま抱きかかえるようにして持ち上げ、その場から離れていった。
 ずしんと腕に重みが伝わる。


「吉継さん、西軍は負けましたよ。……いや、そう言っておけと殿に言われたんだけどな」

 まさか石田三成が逆転するとは夢にも思わなかった。あれだけの劣勢でよく勝てたものだ、と、高虎は思わず呟く。

「あんたの友達、どっか行っちゃいましたよ。行方知れず」

 せっかく陰ながら助けてやったのに、お礼の一つもないと苦笑した。
 落ち武者狩りにあって殺されなきゃいいけどな、と、高虎は言う。その声には特に感情はこもっていない。
 「そういえば」と小さい声で呟き、

「そういえば、はつはどうしたんだろうな……」

 合戦中、はつは途中から抜けだし、徳川と高虎を裏切った。
 その後姿も見ないし、生きているか死んでいるかの話すらも聞かない。
 もしかすると忍仲間に殺されたのかもしれない。そう思うと、何ともいえない気持ちにかられる。しかし、はつは忍の掟くらいは知っている。裏切ったのも死ぬ覚悟あってこそだろう。




 歩いて歩いて、ようやく寺に近い空き地に辿り着いた。
 辺りを整えてから穴を掘り、いよいよ吉継を埋葬する時がきた。
 花と簡単な位牌を用意し、再度吉継の顔を眺めた。

「あんた、綺麗な顔してんなぁ」

 死者の表情とは思えない程穏やかだった。小早川に裏切られ、斬られ、憎悪が湧かなかった訳がないはずなのに……。何処か友の志を守りきったという満足した表情に見える。

「石田三成もバカだが、あんたもバカだ。大谷吉継さんよぉ」

 『バカ』と高虎に言われた吉継は、今何と思っているのだろう。自然と怒った顔は浮かんでこない。

「あんたを追いつめて殺したのは俺だ。友の石田三成を裏切るように周りの奴らに助言したのも、俺だ。……恨むなら恨め、呪ってでもいい。けどさ、俺が死んだ時にはお互いの事語り合おうや。酒の一杯でもやりながらさ」


 そして吉継は土の中で再び眠る事になった。
 もう、この関ヶ原(ばしょ)には用がない。またここに降り立つ時は、死後であろう。ぼんやりと高虎は思っていた。
 のちに高虎は再び吉継の墓所に来て、今度は立派な墓を建てたという。




 帰り道。

「……俺も頑張って生き抜いていかにゃあならんな。大谷吉継の分も、あの戦いで散っていった奴の分も……」

 高虎はそう言って、グッと下唇を噛んだ。
 ようやく戦いの世は終わる。皆が望んでいた太平だ。これから家康にこき使われるだろうと感じつつ、家康や他の仲間が待つ江戸へと戻っていった。





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 08/11/29…初出
 08/12/31…加筆修正