「初めまして。公孫サン殿の家臣・趙子龍と申します。どうぞ、お見知りおき下さい」
「初めまして、私は劉玄徳と申す。宜しく頼みます」


 それが私と劉玄徳……、殿との出会いだった。


 その時私は、殿にそれ程力はないと思っていた。
 腕は細く、声は小さい。しまいには義兄弟だという関羽殿と張飛殿に助けられてばかりいた。周りからは「腰抜け」、「あれではすぐに死んでしまうだろう」と言われていた。もっとも、私もそう思っていた一人だ。
 しかし、彼には不思議な魅力があるらしく、いつも殿の周りには人が集まっていた。

「劉備殿! そろそろ軍議が始まります」
「判った。雲長、翼徳、行ってくる」
「判り申した、兄者。自信をもって望めば、必ず成果はついてきまする」
「兄者! 俺達はついていけねぇけど、しっかりな!」

 二人の弟から背中を押され、苦笑しながら劉備殿は軍議が開かれる幕舎へと向かっていった。
 残された私と関羽殿、張飛殿は、少しだが会話を交わした。

「なあ。おめぇ兄者の事、頼りねぇって思ってないか?」
「そ、そのような事……っ!」

 僅かに思っていた事だったので、私はとっさに「違う」と主張したかったのだが、どうも上手く言葉に出来ないでいると、関羽殿が大きな声で笑い、私の背中を一つ叩いた。骨が折れるかと思うくらい力強く、おおげさに咳き込んでしまった。すると張飛殿が「加減しろって。俺じゃあねぇんだからよ!」と、これまた大きく笑ったのだ。

「失礼した、趙雲殿。いや、拙者も最初は思うた」
「劉備殿の事ですか……?」
「ああ。兄者は人はいいが、なにぶん力が足りない」
「そうそう! 俺と兄者がいねぇと、敵に一捻りにされちまうって」
「だから、義兄弟の契りを……?」

 関羽殿は目を瞑り、ゆっくりと頭の動きで否定した。

「それもあるやも知れぬ。だが、拙者たちには大きな夢がある」
「夢……、ですか?」
「漢王朝再興するという、兄者の夢を叶える事が夢ぞ」

 私はその話を聞き、思わず息を呑んだ。途方もなく、無謀だと思えた。しかし目の前にいる巨漢二人は、大真面目な表情をしながら話している。あの御仁を……、力無く見える劉備殿と共に、やり遂げようというのか。言葉が出てこなかった。

「何だよ、その無理だっつう目は。兄者は漢王朝の末裔なんだ、絶対にやり遂げてやるさ!」
「無理もない。拙者ですら遠い話のように聞こえる時があるからな」



 夜、私は幕舎の中で二人の話を思い出していた。
 確かに、今の劉備殿には力はないかも知れない。けど、関羽殿、張飛殿のような豪傑、さらにそれを手なずけてしまうような軍師が整えば、漢王朝再興の道はあるかも知れなかった。
 彼には人を引き寄せる魅力がある。有能な人材はすぐに集まるだろう。
 現に私も、劉玄徳という人物に惹かれつつあった。公孫サン殿のように全ては整っていないが、彼の下で戦いたいと思い始めてきていた。

「しかし、公孫サン殿には多大な世話になったし、ご恩も残っている……」

 今ここで袂を分かつべきか、私は横になりながら考えた。



 翌日。
 我々の大将である公孫サン軍は、董卓軍の防衛要所である虎牢関を目指す事となった。
 その事を話しに、劉備殿のいる幕舎へと足を運んだ。

「趙雲殿」
「公孫サン殿からの伝言です。翌日ここを出発し、東にある虎牢関を目指す事になりました」
「いよいよ董卓を討つ時がきたか……。無念のまま虐殺された民のため、私は……っ!」
「ええ。必ずや仇を討ち、彼らに良い報せを聞かせましょう!」

 私は一拍おいて、劉備殿に聞いた。

「劉備殿……。もし、私があなたの下で戦いたいと言ったら、どうしますか?」
「えっ」

 間を置かずに、彼はこう答えた。

「ぜひ、歓迎しよう。あなたの槍を、民のためにふるってくれ……と、言うだろうな」



 その言葉は、迷っていた私の心に大きな決断をさせてくれた。
 それから程なくして董卓は連合軍に討ち取られ、私は公孫サン殿と共に行かず、劉備殿のところへ馬を早速駆けさせた。






 ----END----