抗う価値






 豊臣秀吉が四国へ到着してからはというと、彼を支えている一人・石田三成の働きは忙しかった。
 まずは軍資金を秀吉から預かり、主力武将に軍備の調整を行う。そして今後どう攻めるかを、秀吉に助言したりする。
 何日かの攻防の末、四国を統一していた武将・長宗我部元親を降伏させる事に成功した。
 元親は秀吉の所まで来て、これから協力すると約束をする。満足げに笑う秀吉に対して、元親は悔しそうに表情を歪ませていた。
「貴様が長宗我部元親か」
 三成は見下すかのように、元親の傍まで寄り姿を見つめた。頂上まで上り詰めた男の面影は今はない。
「噂に聞いたとおり、愛想のない男だな」
 長い髪の毛で覆われた片目は、静かに三成のいる方向へ向けられる。
「明智光秀と同じだったな。たったの三日で四国統一の夢は果てた」
「ふ……。それもまた、運命だろうな」
 全く動じない元親に、三成は眉をひそめた。そう、不思議だったのだ。『統一』するという事は並大抵の事では出来ないと解っているはずなのに、それすら投げてまで豊臣に味方しようとする。普通の武将なら自害する場合だってあるのにだ。元親は当然の如く受け入れている。――――この男は何なんだ……?
「待て」
 本陣から立ち去ろうとした元親を呼び止めた。
「……何だ」
「貴様は俺と相見えた時こう言った。抗う、とな」
 元親は肩に三味線を抱え、はっきりと言い切る。
「ああ。この時代を抗うさ」




 暫くして中国・四国地方は毛利軍によって支配されるようになった。毛利水軍は豊臣政権にとっては、なくてはならない重要な存在へと変貌を遂げていく。その話題が出ようと、元親は揺らぐ事はなかった。
 しかし悲劇は突然訪れた。
 元親の後継者とも言われる息子・信親が九州侵略の時に戦死した。元親は戦いを忘れ、ひたすら息子の名を呼び続け叫んだ。その姿は三成にとって衝撃的な光景だった。冷静かつ内に熱い魂を持っている元親が、髪の毛を乱しながら泣いているのだから……。
「貴様っ! 何をしてる!」
 三成は騎馬から飛び降り、元親の所まで駆け寄る。苛立ちと戸惑いが、三成の脳裏を支配していく。
「煩い!! 黙れ……、黙れえぇっ!!」
「っ!」
 今までに聞いた事のないような金切り声を上げる元親。矢に射抜かれ、口から血を流している息子の遺体を抱きかかえ涙流している。このままでは戦況が悪化せざるかも知れない、そう考えた三成は近くを通った歩兵にこう叫ぶ。
「人を呼んでこい! 本陣まで長宗我部元親の息子を運んでゆけ!!」
 力無く泣いている元親の腕を無理やり引っ張り、味方いる方まで連れて行く三成。
「何をする?! 離せ!」
「何処まで頭が回らない奴なんだ! ここの戦いを終決させねば、泰平の世は訪れぬのだぞ!?」
「信親の命を捨ててまでもか……!?」
 その空間に乾いた音が鳴り響いた。
 唇を噛み締め手を広げている三成と、左頬を赤くして目を見開いている元親の姿があった。
「貴様は愚かだ、この先を何も考えていない奴だ……!!」
 頭の中では解っている。この場合の時は、相手を傷付けてはいけないという事を。しかし、日頃憎まれ口を叩き続けてきた男は、とっさに変える事は出来ない。
「ここで貴様が死んでみろ……、庇って死んだ息子の気持ちはどうなるんだ!?」
「……っ!」
「死ぬな……。死んだら、この俺が許さぬ!!」
「三成……」
 正常に戻りつつある元親に、三成は改めて声をかけた。
「俺について来られるか? 長宗我部元親」
 元親は無造作に地面に置かれた三味線を手に取り、音を一つ鳴らしこう答える。
「……上等だ、三成」
 鉄扇が広げられる音と線が弾かれる音が、同時に鳴り響き戦場を占めていった。


 九州は平定し、豊臣政権は全国統一を果たした。
 ――ただ、多数の尊き死者を生み出して……。

 数ヶ月後。
 三成は元親の元へ訪れた。口が裂けても言えないが、三成は元親を心配していた。
「元親」
 静かに三味線の音色を奏でていた元親は演奏を止め、ゆっくりと三成のいる方向へ振り向く。
「三成か。仕事が残っているのではないか?」
「ふん、とっくのとうに済ませた」
「そうか……」
 くすくすと元親が笑う。彼の笑い方は何処か気品があるようにも思える。
「……落ち着いたか?」
「何がだ?」
 分かっているくせにと、三成は思い溜め息をついた。テンポを遅らせて元親が話し出す。
「ああ、大分な……。あの時はお前に世話になった」
「全くだ」
「三成が居なかったら、俺は今どうなっていたか判らぬ……」
 後継者として育ててきた息子を失ったとき、本気でぶつかってきてくれなければ自分も後を追って死んでいたかも知れないと元親は言う。そして従ってでも、抗ってでも生き延びる大切さを改めて教えてくれた秀吉と三成に感謝をしたいと呟いた。新たに仲間になった島津義弘と立花ァ千代も、今の元親にとって大事な存在だと付け加える。淡々とそう言われた三成は、気恥ずかしさのあまり顔を背けてしまう。――――そう言われるのは慣れていないから。
「運が良かっただけだろ」
「そうだろうか? 俺にはそう思えぬのだがな」
 ふと先程聞いた三味線の音を思い出す。……何処か悲しく、寂しげな音色だったような気がする。
「もっと華やかな音を出せばいい。その方が元親に似合う」
「ならばその希望、聞いてやろうではないか」
 右手に握られた撥(ばち)が動きだし、華麗な音色が部屋中に響き渡っていく。
 それはもう哀しみの音ではなかった。
「いつも弾いていたのか」
「幼い頃からな」
「そういえば元親は昔、姫若子と呼ばれていたそうだな」
 元親は鼻で笑い飛ばす。昔の話だと、懐かしげに言う。
 三成は己に余裕のある彼が、僅かながら羨ましいと感じた。
「初陣出た途端に鬼若子よ。人は移ろいゆくものなのだな」
 呆れたかのように、声を低くして言った。その枠にはまりたくないのだなと、三成は漠然と考える。
「三成はどう思う?」
「ふん、貴様は貴様だ」
「上等」
 その声は、どことなく嬉しそうであった。


「俺は元親のような人間、嫌いではない……」


「石田三成。不器用な奴だが面白い奴だ」




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 08/02/11




 親三のつもりで書いていたのですが、ほんのり三親ちっくになりました。
 元親と三成が一緒だと、ホントテンションが上がります!!ァ千代と元親が一緒でも嬉しいな。