++++諦めない心意気++++






 大切な物を失いたくなくて、必死になって剣を振るった。
今までどのくらい人を斬ってきたのか麻痺するくらい、手の感覚と鼻孔が無感覚になっていく。
斬っても斬っても人は減らず、逆に増えているようにさえ感じる。

「ちょっと……! まだ来る気なの!? いい加減にしてよねっ!!」

 そう叫び甲斐姫は一太刀を目の前に現れた塊に向けて振り下ろす。断末魔と共に胸から噴き出すように血が溢れ出た。その勢いに乗り横にいた二つの塊も両断した。首を斬られた徳川軍の雑兵は叫びながら絶命していく。喉の奥から出される声はまるで甲斐姫を恨むかのように、低く唸りを上げる。

「絶対に、思い通りにはさせない……っ! こんなの間違っている!」



 徳川家康と石田三成が東軍と西軍に別れて戦ってから数年。秀吉の遺児・秀頼が健在なのにもかかわらず、家康は天下人になったかのようにのさばるようになり、秀吉が築き上げてきた世の中を壊し始めたのだ。
 秀吉の子飼いである加藤清正と福島正則も家康の味方になってしまい、今や豊臣の為に戦おうという人間は少なくなってしまった。しかも戦の経験の浅い人が主権を握っており、真田幸村や後藤又兵衛など熟練した武者の意見を退けてしまう始末だ。幸村の提案が却下されるたび、彼の忍びである“くのいち”が悔しそうに唇を噛み締めていた。

「あんな奴が秀頼様の隣に居座っているなんて信っじられないっ!!」

 殺気をみなぎらせ、くのいちは太ももに忍ばせている苦無《くない》を目の前にそびえ立つ松に向かって投げた。
真っ直ぐに飛んでいき、苦無は深々と刺さる。これが人間相手だったのなら、一人絶命させる事が可能なくらいの殺傷能力だ。

「うわっ、怖っ!」

 普段戦場でしか見せないくのいちの鋭く冷たい双眸に、甲斐姫は大げさに驚いた。しかし彼女の気持ちも分かる。秀頼に対し要らない知恵を入れ、兵を動かさないあの大名に一発殴りを入れたい。

「あんな平和ボケした策じゃ一気に見破られるし、兵を無駄にするだけだよ」
「そう言っても聞いてくれないじゃん……」
「だから余計にムカツク!」

 地団駄を踏むのかと思ったが、くのいちは両手に拳を作りその場にしゃがみ込んでしまった。頭も一緒になって下げてしまったので表情を掴む事は難しい。だが恐らく悔しくてどうしようもない、自分自身でも情けないという表情になっているのだろうと、甲斐姫は想像した。

「……これじゃあ……これじゃあ、全滅しちゃうよ……」
「させない!! そんな事、あたしがさせない!!」

 甲斐姫は自分でも驚く程の声量で言い放つ。その声にくのいちはびっくりし、下げていた頭を上げた。
丸く人懐っこい眸《め》に映ったのは、忍城が攻められた時に見せた色と同じ、強く何かを決意した双眸だった。

「弱気になるんじゃないよ! あんたには幸村様を守るっていう使命があるのよ!? そこで諦めたら……っ、幸村様を支える人がいなくなっちゃうじゃない!!」
「っ!」
「あたしは絶対に諦めない……。どんなに勝算がないって言われようとも、諦めるものですか……っ!」

 そう言い甲斐姫は松の木に刺さったままの苦無に視線を向け、迷いもなく手を伸ばし引き抜くと、くのいちのものとは違う殺気を放ちながら力一杯もう一度突き刺した。



「くっ……、増援が多すぎる……っ!!」

 甲斐姫が屠った雑兵が辺り一面に倒れているのにも関わらず、兵は一向に減る気配はない。むしろ増えている。
次第に疲労が顕著に表れ、腕を振るうのが鈍くなっていく。肉を斬る感覚も骨を砕く感覚も重く、最後まで切り上げるのがやっととなっていた。

「諦めない……っ、絶対に……!!」

 疲れ果てた身体を支えるのは最早“諦めない”という精神力のみとなり、甲斐姫は鬼神の如く人間を斬っていった。
 その時だった。

「その首、貰った!!」

 背後から敵が近づいてきていたのに気付かず隙を作ってしまい、敵が甲斐姫の首を狙って太刀を振るってきたのだ。
波切で攻撃を受け止めようにも、もう間に合わない。情景が静止したように映り、心の中で大切な人に謝罪をした。

(ごめん……もう、私……)

 斬られる、そう覚悟した瞬間叫び声と共に生暖かい体液が顔にかかり、それが血液だと理解するのに少し時間を要した。

「え…?」

 甲斐姫は目を疑った。
それはここにいない筈の人物だったからだ。ただ「何故」と「どうして」しか頭の中に浮かんでこない。
桃色の首巻きに柔らかい髪の毛、そして他のより大きめの苦無――

「あ、あんた……っ!? どうして!?」
「ほらっ、よそ見しない! 死にたいの?」

 そう口を開きながら、くのいちは一人また一人と敵に致命傷を与えていく。
重なるように断末魔が響き、辺りを朱色へと変えていった。

「どうしても伝えたい事があってここまで来たの」

 近づいてくる敵を蹴り上げながら、鈴のような軽やかな声色でくのいちが言う。

「伝えたい事?」
「そ。加藤清正があたし達の味方になったんだよ」
「加藤清正が……!?」

 秀吉の子飼いだったのに家康になびいた加藤清正かと、甲斐姫は憎らしく付け加えた。しかしくのいちの様子はどこか吹っ切れたような感じだ。いつもなら一緒になって悪口を叩くはずなのに。

「詳しい説明はここを切り抜けてからだよっ! 幸村様は清正と一緒だから大事はないと思うし」
「んも〜〜っ!! 気になるじゃない! 早く言いなさいよっ」
「じゃあ、ここの敵を全て倒し終わってからだね」

 やってやろうじゃん、と甲斐姫は小さく唸ると、息を大きく吸ったのち咆哮する。
重く上がりにくくなっていた腕はいつの間にか軽くなり、まだ斬り倒せそうな気がした。

「さあ、最強乙女、いっくわよ〜〜っ!!」


「単純な子」

 そう悪態をつきつつも、くのいちは何処か嬉しそうに微笑む。
そして、飛び出していく甲斐姫の後ろについていった。






 ----END----




 10/05/28