科学の力で証明する事を願った

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 堅剛猛雄が研究室の前を通った時、普段は消灯されているはずの部屋に明かりが灯っていた。
 また誰かが消し忘れたのか、はたまた物珍しく研究室にこもって勉強に勤しんでいるのか。そのことに興味を持ち、ドアの隙間から部屋の中を覗いた。
 見慣れない顔だ。新入生だろうか? 顔は悪くないくせして服装に無頓着だと堅剛は思った。よれよれのシャツに白衣を羽織ってパソコンと資料に視線が行ったり来たりしている。その隣には数センチ越える専門書が五冊以上積み上がっていた。

「院の新人か?」

 溢れ出した興味を抑える事が出来ず、堅剛は明かりが灯る部屋へと入っていく。しかし学生は顔を上げようとしない。むしろ堅剛の姿を把握していないようにも感じた。
 難しい顔をしつつ、今度はパソコンと専門書に視線が向かう。

「おいおい。考え事すると周りの事が目に入らなくなる方なのか?」
「うるせーぞ。俺は忙しいんだ」

 ようやく目の前の学生が口を開いてくれた。あまり好意的な雰囲気ではないが。
 堅剛は溜め息をついて様子を伺っていると、おもむろに学生と目が合った。

「……すみません。俺、物事に夢中になるとそれしか目に入らない状態になって、その……」

 すみませんでした、と、学生は頭を下げた。先程の言葉とは裏腹の礼儀正しいものだった。

「いい、いい。俺もそういうタイプだ。……で、お前は院の新人か?」
「はい。九条湊といいます」
「専門は?」
「科学です」
「ほお、俺もそっち側の人間だ」

 先程彼がにらめっこしていた資料とパソコン上に映し出されているものを、奪うようにして見てみる。堅剛にとってもなかなか興味深い内容だった。

「お前、これを解こうとしているのか?」

 無精髭を撫でながら訪ねると、湊は短く返事をした。
 しかし彼の表情は曇ったままだ。まだ何か理解していないかのような、そんな靄がかかっている。

「……どうしても、この謎だけは解いておきたいんです」
「生きている内に役に立たねーかもしれねーぞ?」

 実際興味深い内容ではあったが、実生活では何も役に立たないし研究発表しても振り向く教授は少数派だろう。そう堅剛は見立てていた。しかし湊だけは頑なに首を横へ振る。そして強い眼差しでパソコン画面を見つめた。

「役に立たなくてもいいんです。ただ、科学的に立証出来る事なのに、心霊現象だの超常現象だのと言っている奴らが許せないだけだ。俺はそいつらを論破させるために、これらを解明しないとならない」
「御蔭神道と総本山の事か?」

 その話題を口にすると、苦々しく湊の表情が歪む。
 ――御蔭神道と総本山。
 遙か昔から存在しており、法力や超能力で怪異を退治していくと言われている。しかし近年は内部が腐敗し、創設者も泣き出してしまうんじゃないかという程酷い有様になっていると噂では聞く。自作自演をして、多額の金銭を受け取っているとも聞いた事がある。

「あいつらが騒ぎ立てている超常現象の中には、人間が絡んで出来た犯罪や、科学的に立証出来る現象も多々あるというのが俺の主張だ。しかしそういう風に主張する学者が出てきても、あいつらは潰していく。長年の腐敗した縁によって、な」
「……警察ですら手が出せないらしいな」
「ああ。今の警察はあいつらの犬さ」

 いつの間にかフランクになっている湊に気付きつつも、堅剛は彼の話に耳を傾ける。
 湊の主張は痛いほど判る。だが、どうすることも出来ないのも歯がゆい。

「先輩。俺は馬鹿にされたっていい。ただ、科学の力でどうにか出来る事態もあるって事を見せつけたいだけだ」

 再び湊の視線はパソコンへと向けられ、キーボードを叩く音が部屋にこだました。

「先輩って呼び方はいい。堅剛って呼べ。つーか、お前みたいな捻くれ者気に入った」
「何? 俺、ノーマルなんだけど」
「馬鹿。そっちの方じゃねぇよ。……まあ、協力出来る部分はしてやるよ。九条」
「じゃあこの事象の解説と、金を貸してくれ」
「なんだそれ?」


 それから数日。滅多に使用されない部屋に、深夜まで明かりが灯されるようになった。






【了(2012/08/26)】
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