一

 侵攻してくる匈奴族を征伐せよと、父である司馬懿に命じられ、司馬師と司馬昭は某村の付近で陣をはり待機していた。毎度の事ながら昭はイマイチやる気が出ない。魏に匈奴が侵攻しないように牽制をするなら、自分がおらずとも兄である師がいれば事足りるだろうと考えていたので尚更なのだ。
 戦闘に入ったときの為に訓練をしている兵卒を眺めていると、見知った女性の姿が見えた。昭のお目付役という名の婚約者である王元姫だ。そして彼女の隣には兄・司馬師が立っていた。
 王元姫と師が楽しげに会話している背後で、司馬昭は大きな溜息を一つ吐き、複雑そうに二人を見やる。
 この二人が弟の婚約者と、婚約者の兄という関係よりも深い、『それ以上』の縁で結ばれている事を、司馬昭は知ってしまっていたからだった。

    二

 それは偶然一週間前の夜、司馬師の自室前を通りかかった時だった。
 ギシリと寝台がしなる音が廊下まで漏れ、それと同時に聞き覚えのある嬌声が耳に届いたのだ。昭の心にまさかという気持ちはあったが、心の中で兄の師にその先で行われている情事を盗み聞く事を謝り、戸の前に立ち耳を澄ませた。

 ――その声色は元姫に似ていると思った。

 しかし元姫は数度昭と夜を共にする仲にまで発展していたので、これは別人の嬌声だと思いたかった。声の似ている侍女か遊女であればと考えていた。
 だが昭ならともかく、兄の師は女性と深い関係になるという事は滅多にない。それが本気でも遊びでもだ。
 性を発散させる為の遊女ではないのなら、兄に好きな人が出来たという事で昭は喜ぶべきだった。……しかし、何故かその時は手放しで喜べるような感覚ではなかった。そう思考を巡らせている間にも、喘ぎ声と一定の間隔で鳴り響く軋みは止まる気配がなく、先程よりも激しさを増している気がした。
「……っあ! 子元殿……っ、はっ……あっ……!」
 喘ぐ声に師の字が出ると、寝台の軋みは僅かばかり大きくなる。
「元姫……っ」
 かすれた師の口から発せられたその名前に、昭は双眸を大きくし息を呑んだ。声が出そうになるのを自身の手で必死に抑え、その場から立ち去ろうとしたのだが、取り憑かれたように足は動かなく、情けないくらいに膝が震えて歩けそうにもなかった。
 まさかここまで動揺しているとは思っているはずもなく、昭はその場にしゃがみ込み頭を抱えた。

 ――まさか兄上と元姫が……!?

 信じたくない現実を目の当たりにし、頭の中が真っ白になり、目が霞んでくるのが判った。
「……そんな……、嘘、だろ……」
 思わず呟いた言葉。
 昭の目を盗んで兄と婚約者が淫靡な関係になっていたとは考えたことすらなかった。
 裏切られたのか? と一瞬思ったが、それと同時に昭と元姫が婚約する以前から二人の想いは通じ合っていたのではという考えがよぎる。
 では何故元姫は昭と婚約をしたのか?
 親から言われて仕方なく昭と一緒になろうと思ったのだろうか?
 だが物事をわきまえハッキリと意見を言う元姫の事だ、もし昭と一緒になりたくなければ無理は承知で断るはずだ。……それなのに今ここで聞こえる嬌声は何なのか。
 兄の師も元姫の事が好いていたのならば、何故婚約することに反対しなかったのか。やはり父である司馬懿を畏れての事だったのか。
「子元殿……っ、お、奥に……っ、……はぁあっ……!」
「……っ、ここがいいのか? 元姫……っ」
「だ、だめです……っ! それ以上突いたら……ぁ、ああんっ!」
「元姫が言ったのだぞ? ここが好いと」
「やぁっ! ああっ!! そんなに攻めたら……っ、はぁっ! い……イッてしまいます……!」
 昭と性交をしているときよりも、元姫は喘ぎ悶えていた。それが何より衝撃的であり、同時に悲しいことだった。
 ――司馬師には遠く及ばない。
 武芸にしても、学問にしても、そして性技にしても……。
 口を押さえている手と膝の上に載せている手がわなわなと震え、見開いた双眸からは涙がハラハラとこぼれ落ちてくる。それなのにも関わらず、昭の下半身は勃ちあがり、二人の声に興奮していた。
「元姫……、そろそろ限界だ……っ」
「子元殿っ……!!」
 寝台の軋みと粘液が混ざり合う卑猥な音が、昭の耳に伝わる。
「あぁーっ!!」
 おそらく二人は果てたのだろう。耳障りな音は一切しなくなった。
(早く、この場から立ち去らないと……)
 震えてまともに動かない膝に活を入れ、何とか司馬昭は師の部屋の前から立ち去ることが出来た。
 廊下を歩いている間も全身の震えと、目からこぼれ落ちる涙は止まらなく、夜分遅くに出歩かなければよかったとこの時初めて後悔の念が湧き上がった。
 知らなければ良かった現実。信頼していた二人の裏切り。
 婚約者を寝取られたという悔しさはあったのだが、その相手が自分の兄だったためか、どうも今ひとつ『強い悔しさや憎しみ』というのが湧いてこない。どこかで『相手が兄上ならば仕方ない』という諦めの気持ちがあったのかも知れない。
「兄上が相手なら……、敵うはずないじゃないかよ……」
 聡明で周囲から期待される自慢の兄。元姫が惹かれてしまうのも無理はない。
 こういう場合どうすればいいのか。昭には既に答えが出ていた。
 ――全て、黙認しよう。
 昭が二人を責め、今までの関係が悪化するくらいなら、黙って見逃してしまう方がいいと結論づけた。明日の朝になったら、笑って二人に声をかけよう。自然でいよう。……そう決めたのだ。
 しかしそれで昭の気持ちが晴れるという訳ではなく、むしろ苦しめるだけだという事にこのときは気付かなかった……否、気付かない振りをしていた。
「元姫……。やっぱり俺じゃあダメなのか……?」
 部屋に戻るなり、昭はその場に崩れ落ちるように座り込み、構わず声を上げて泣き出した。
『子上殿ってば、不甲斐ないんだから。お仕置きが必要みたいね』
 普段の元姫ならば、現在の昭の醜態を見るなりそう言うかも知れない。泣き続ける司馬昭はそこまで行き着く思考力は残っておらず、暗い部屋の隅でただただ男泣きをした。




――今だったら伝えられるかもしれない。

 元姫は背中から手を離し立ち去ろうとする司馬師を大声で呼び止めた。
「子元殿お待ち下さい! 私も! ……私も、あなた様に想いを寄せていました……!」
 後ろへ振り向いたばかりの師は何だと? と、あからさまに声を漏らすと、元姫の方へ向き直した。月明かりからでも判るくらい、師は驚きをあらわにしてこちらを見ていた。
 押し留めていたものを無くし、溢れ出した言葉の波は止まらず、元姫はたたみかけるように言葉にした。
「私も、私も幼い頃から子元殿ばかり見ておりました。あなた様のような殿方と夫婦になれればと、常日頃考えておりました。ですが…………」

 ――私はあなた様の弟である、司馬子上殿のところへ嫁入りいたします……。

 そう言葉を続けられず、元姫は静かに大粒の涙をこぼし唇を噛んだ。
 これほど近くにいるのに、実際は触れ合う事すらも赦されない距離。現実とは残酷なものだ。
 師は確認するようにゆっくりとした口ぶりで話す。
「元姫も……私の事を愛している、と……?」
「はい。私も子元殿の事が――――」
 そこから二人とも次の言の葉が出てこなかった。
 否、封じられてしまったのだ。
 気がつけば師は元姫の唇に己の唇を落とし、更に奥へいき彼女の舌を蹂躙していたのだから。
 クチャ……と粘りのある水音が庵に響く。呼吸が途切れそうになるのを必死に堪え、元姫は師の舌に必死に吸い付く。
 お互い呼吸が荒くなると唇を離し、真新しい酸素を脳へと送る。すると離れた舌と舌からは透明な糸が繋がり、月光によって淫靡に銀色へと照らされた。
「元姫……。すまない……」
 呼吸を乱しながら、師は眉を寄せ声を落とした。
 元姫は首を横へ振って否定を示し、涙で潤んだ双眸を師へと向ける。
「いいえ……。その、もっと……子元殿を感じたいです」
 その言葉を聞き、師はわずかに息を呑んだ。
「それは……私と不浄な関係を結ぶ、という事になるぞ?」
「子元殿と一つになれるなら、私はその汚名を背負いましょう」
 元姫は迷い無くはっきりと言った。
 このとき『司馬師』と『王元姫』ではなく、恋愛をしているただの『男』と『女』に変わっていた。
「後悔、するではないぞ……」
 言葉では厳しく言う司馬師だったが、表情はどこか幸福感に包まれ目元に優しい笑みを浮かべていた。
「はい……」
 その同意が合図となり、再び二人は深い口づけを再開させた。歯列をなぞり、互いの唾液を絡ませては啜る。ジュル……、といやらしい音が響き渡った。啜りきれなかった唾液は口角から落ちていき、頬を濡らした。
 そのたびに師が指で元姫の頬を拭った。
「……っはぁ……、子元殿ぉ……」
「初めてにしては上出来だ、元姫」
 そう褒めると、元姫の舌に師の舌が絡んでくる。
 頭の中が酸欠でクラクラする程二人は深い口づけを交わすと、立っているのがやっとの元姫が唇を離し師の胸に頭をつけた。師は彼女を抱きしめ、愛おしげに頭を撫でた。
「……辛いか? 元姫」
「大丈夫です。ただ少しだけ、頭がフラッとしただけですので……」
「なら、この衣装では辛かろう。私が脱がしてやろう」
 元姫の答えを聞くまでもなく、師は彼女の服に手をかけ、慣れた作法で脱がしていった。羽織っていたマントと上半身を覆っていた布がはだけていき、体躯とは正反対の豊満な乳房が露わとなる。既に乳房の頂は桃色を濃くし、師へ挑発するかのように勃っていた。
「子元殿……。あまり、見ないで下さい……っ」
「恥ずかしいからか?」
 耳まで赤く染め俯く元姫を見、師は小さく笑った。
 自己主張している桃色の頂に舌を這わせると、元姫は小さな声を上げて身震いをする。
「あ……っ!」
 元姫は師を胸から遠ざけようと彼の頭を手前へ押すがびくともせず、何事もないように桃色の頂を貪り続ける。
 クチュ、と唾液の音が響き、吸い付いたり離れたりを繰り返す。敏感に反応を示す乳首は当初よりも硬く司馬師に向けて主張していた。その様子に満足をするように、師は薄い唇を弧に曲げて微笑んだ。




 その日王元姫はせわしく、何度も門のある方角へと目を向けていた。遠征で城を離れていた司馬昭と司馬師が無事戻るという一報を耳に入れたからだ。
 元姫も共に出陣すると申したのだが、司馬昭がそれを許さず、珍しく留守を任された。彼らが戦場に向かってからはというと、元姫は気が気でいられず、彼女らしくないミスを重ねるほどだった。
 誰かを待つというのがこれほどもどかしいとは思いもしなかった……、というよりも久々の感覚に戸惑いを覚える。
「元姫様。もうじき司馬昭様と司馬師様が戻っていらっしゃいますから、ね」
 彼女付きの侍女が小さく微笑みながら、元姫の肩に手を置き落ち着かせようとする。その時初めて、自分が落ち着きのない様子でいると気がつき、うっすらと頬を赤に染めた。
「ごめんなさい。ここ最近は留守を預かるという事をしていなかったから……、つい……」
「ふふ、判りますよ、元姫様」
 年の近い侍女は柔らかい声色で言い、どこか楽しげにしているのが気になった。
「そんなに浮ついていたかしら、私」
「ええ、とっても。ですが気になさらないで下さいませ。愛しい人がおられれば、自然とそのようなお気持ちになってしまうのですから」
 その言葉を聞いて、元姫は僅かに胸の痛みを覚えた。
 おそらく侍女は婚約者である司馬昭の事を指しているのだろうが、元姫が心の奥で待ち望んでいるのは昭ではなく兄の司馬師だった。
 もちろん昭も大事に想っているのだが、師に対してはそれ以上に恋慕を募らせている。この事情を知っているのは、司馬兄弟と王元姫のみの秘密だ。
 元姫は取り繕うように微笑み、「そうね」と小さく呟くにとどまった。
 ――一刻も早く子元殿に逢いたい……。
 未だ蹄の音は聞こえてこない。
「もしかしたら、戦勝祝いにと何処かへ寄ってから帰ってくるのかも知れませんよ? 元姫様にお渡しするお土産を選んでいるのかも」
 不安げな表情を浮かべていたのだろうか。明るい声で話しかけてくる。自分に言い聞かせるように、こくりと首を縦に振り愛らしい丸い双眸を伏せた。
 ――どれだけ心配しているか、子上殿と子元殿は判っているのかしら……?
 次第に不安が小さな怒りへと変わっていく。
「私は、何もいらないのに……。ただ健勝な二人の姿さえ見ることが出来ればいいの。それ以上何も望まないわ」
 早く戻ってきてと言わんばかりに、元姫は耳を澄ませ蹄が聞こえるのを待った。


    二


 司馬昭と司馬師は町に寄り、元姫にあげる品物を選んでいた。
「元姫、何あげたら喜ぶかなぁ〜」
 昭は露天に並ぶ装飾品を唇を尖らせながら眺めていた。一方師はそこから距離を置き、やんわりとした表情で昭の行動を見つめていた。しきりに傷を負い仮面で隠している左目に手を当てながら、細く溜息を漏らす。
 このところ古傷が痛む頻度が増えてきた気がする。その痛みで夜寝付けられない事も次第に多くなり、戦の疲労も解消されにくくなってきていた。
 この事情は誰にも打ち明けていない。自分自身でも気付いていた、天命の灯火が消えかかっているという事を……。
「兄上っ! お待たせして申し訳なかったです。さあ、帰りましょう」
 元姫に渡す装飾品を選び終わり購入して戻ってきた昭が、木にもたれていた師に声をかけた。仮面に手を置いていたのに気がつき、昭が心配そうな目をする。
「兄上、もしかして傷が痛むのですか……?」
「フッ……。無用な心配をするな、昭。お前があまりにも時間をかけるものだから、いつ引き戻そうかと考えていたところだったのだ」
「あっ、酷いなぁ兄上! でもその手間もなくなりましたし、元姫の奴も待っているし、早く出発しちゃいましょう」
「そうだな……」
 木から背を離した途端、師の視界がグラリと大きく揺らぎ、地面へと手をついた。兄の異常に気がついた昭は慌てて倒れた体を抱き起こす。
「兄上!!」
「大丈夫だ、昭……。早く城へ帰る、ぞ……」
「ですが兄上っ! 顔色が……!」
 昭が言うとおり、師の顔色は青白く血色がなかった。度重なる連戦のせいだったのだろうか? それとも師の怪我はそれ程にまで重いものだったのか……。昭の心配をよそに、師は自分の馬を繋いでいる場所まで向かおうと、弟の介抱を退けた。
「…………っ」
「何を、しているのだ……。早く、帰るぞ」
「……は、はい!」
 ここで立ち止まってはならないのだ。
 城には愛しの彼女が待っているのだから……――。
 そして今は亡き父親に誓ったのだ。この権力をもって理想の国にすると。このような場所で倒れている場合ではない。
「兄上。それならば体調が戻るまで、誰か代わりに馬を引いてもらいましょうか?」
 師は一拍おいたのち、「頼む」と短く返答をすると、昭は頷きとある者の名前を呼んだ。
「鍾会! 鍾会はいるか!」
「はい。ここにおります」
 鍾会と呼ばれた青年は駆け足で昭のいる場所まで近づき、軽く礼を交わした。
 先の戦で最年少ながらも舌を巻く活躍をし、やたらと師が気に入った者だ。それを覚えていたからこそ、昭は彼を呼んだのだった。
「ああ、鍾会。悪いが兄上の代わりに馬を操ってくれ。少しの間でいい」
「……司馬師殿!?」
 顔色が真っ青の師を見、鍾会は驚きの声を上げる。気配に気がついた師は閉じていた目を薄く開き、淡々とした口調で語りかけた。
「鍾会か……。大丈夫だ、ただの貧血だろう……。直によくなる」
「……っ」
「すまないが暫しの間、私の馬を引いてくれ。手間をかけさせて悪いな……」
 鍾会は左右に頭を振ると、背後に司馬師を乗せ、馬を走らせた。その後ろから司馬昭が兵卒に号令をかけ、町をあとにした。


    三


 司馬昭と司馬師達が戻ってきたのは、日が落ちかける前だった。悠然と蹄の音を高鳴らせ、門の方へやってきた。
 元姫が駆けつけると、昭と師は笑って彼女を見やる。だが元姫の機嫌はあまりよろしくないようだった。やはり遅れて帰ってきたのが原因だろうか?
「げ、元姫。怒っている……とか?」
 恐る恐る問いかけてみると、冷ややかな視線だけ返ってくる。どうやら図星のようだ。昭は引きつった笑みを浮かべる事しか出来ずにいると、その間を割るように師が言葉を挟んでくる。
「遅れてすまないな、元姫。昭が戦勝祝いと留守を守っていた礼を兼ねて、土産を選んでいたのだ。そう怒るではない」
 その台詞を聞き、元姫は驚いたように僅かに目を見開くと、昭の方へ向き直り頭を下げた。
「ごめんなさい……子上殿。理由も聞かずに……」
「い、いいんだって! それよりもほら、これやるよ」
 そう言うと昭は包みを投げると、慌てた様子で元姫は両手で受け止める。中からシャン……、という音が聞こえた気がした。
「……いいの?」
 胸に包みを抱き、上目遣いで昭に聞く。その姿が妙に可愛らしくて思わずそっぽを向いてしまった。空が茜色で良かったと、この時ばかりは感謝する。
「いいんだよ。俺、元姫に迷惑ばっかかけているしさ」
 そう言うと僅かな間を置いた後、元姫もまたあさっての方向を見ながら「ありがとう」と呟いた。
 端から見ると微笑ましい光景だが、司馬師からしてみれば黒い感情が湧き起こりそうな勢いだった。先程から元姫はチラリとこちらを見ているが、それだけでは足りない。昭など目もくれずこちらだけを見つめて欲しかった。暗い負の情念は、この日の夜中に暴走した。


    四


 夜、元姫は数日振りに昭と共に寝台を共にした。
 お互い深い口づけを交わし、いざこれからという時、突如昭の大きな胸板が前のめりに倒れてきた。どこか具合が悪くなったのかと一瞬ひやりとしたがどうという事ではなく、一定の呼吸をたてながら眠っていた。あの激しい口づけからどうすれば爆睡出来るのかと不思議に思ったが、こう見えても昭は激戦地から今日帰ってきたばかりなのだ。疲れが溜まっていてもおかしくはない。むしろそのまま性行為をしようとした昭の体力が謎に包まれる。
「もう……。子上殿ってば」
 呆れたような、しかしどこか母性心くすぐる笑みを浮かべて、元姫は昭を寝台へ横たわらせた。
「私もそろそろ休もうかしら。……おやすみなさい、子上殿」
 日に焼けた頬に軽く唇を当てると、傍に灯していた蝋燭の火を消し、厚めの掛け布を被って横になった。


 意識が遠のき始めた頃、カタ、と、戸が開く音がしたような気がした。確認しようにも体が重く、音のする方へ頭を向けることが上手く出来ずにいた。
 “気配”は元姫と昭のいる寝台へ近づいてきているようだった。もしかすると招かざる者かもしれない。思い切って瞼を開き、“気配”に視線を向ける。そこには思いもかけない人物が立っていたのだった。
「っ……!? し、子元殿っ?」
 声を上げる元姫の口元に手の平をかざす。どうやら静かにしろという意味らしい。
「元姫……」
 口元にかざしていた手を避け、そのまま肌理の整った頬を撫でると、元姫の唇に己の唇を落としてきた。
「っ!」
 突然の事態に驚き、体を硬直させる。隣には昭がいるのに何故? と疑問が湧いてくる。心音が狂いそうになるほど鳴り響いていた。
 彼女の気持ちなど構うことなく、師は無理やり元姫の口内を開けて舌を入れてきた。舌同士を絡ませるだけではなく、歯列をなぞり己の唾液を注がせ飲ませるなど、師の室で行っている行為を今ここでしてしまっている。
 何とか声を上げずに受け止めているが、いつ甘い嬌声を上げてしまうのではないかと考えるだけでゾッとした。まだ隣では昭の規則的な寝息が聞こえる。二人が貪るように口づけしている事はばれてはいない。
「……っ、し、げん……どの……っ」
 僅かに隙が出来、元姫は師の唇から離れ荒い呼吸を繰り返すと、ジロリと目前にいる師を見やる。彼は悪びれる様子を見せることなく、濡れた口周りを手の甲で軽く拭っていた。
「一体何を考えておられるのですか!? ここは――――」
 師に対する時には珍しく、眉間に皺を寄せたたみかけるように元姫が続きを言おうとした時、師はニヤリと口元を歪めると、息を漏らすように笑いこう答えた。
「昭と元姫の寝室……、だったか?」
「っ……。なら、どうしてっ……」
 理解しているのならどうして、と、言いそうになったが喉から出かかる途中で止めた。
 師は暫く考えるような素振りを見せた後、低く唸るようにこう言葉を続ける。
「……そうだな……、昭があまりにも元姫と仲良くしている姿が気に入らなくてな。どうしたらあいつを困らせる事が出来るかと考えていたら、こういう事を思い浮かべた。よい案だろう?」
 時折冷酷な笑みを口元に浮かばせ話す師を見て、元姫の背筋に冷たいものが流れる。
「こ……、ここで……そんな……」