BLAZ BLUE本「Die Zukunft」サンプル

ススム | モクジ
 深夜になり周囲が大人しくなり始めた、統制機構のとある部屋の出来事。
 そこに先日イカルガ内戦で大きな功績を創り出した【英雄】である、ジン=キサラギの執務室があった。
 大量の資料や書類が散乱している中、よほど連日の執務に疲れていたのだろう。英雄は人目にはばからず机に顔を突っ伏して眠りについていた。
 だが、彼の様子が異様である。
 大量の冷や汗を額から流し、うなされているらしく小さく呻きながら寝返りをうつ。
 呼吸も荒く、誰が見てもジンが悪夢かそれに準ずる嫌なものを見ていると認識出来るほどだった。
 ――どこからか低く唸るような嗤い声が聞こえる。
 その発信源がジンの横に設置している刀台からのような気がした。




 ――夢の中。遠く幼い、忘れたはずの記憶の夢。
 何度も、何度も、繰り返し見る悪夢。
 誰がこんな胸が悪くなるような物を見せているのだろうか? 必死に払おうとしても、記憶らしきフィルムは否応なしにジンに見せてくるのだった。


 * * *


 ――ユキアネサが僕の手元にある。
 そうだ、これはサヤから貰ったんだった。今思えば何故彼女がこれを持っていたのか不明なのだが……。
 いつ貰ったのだろう……? そんな記憶すら曖昧だ。何故? 何故だろう……。
「あのね、この刀をジン兄さまに渡して欲しいって、男の人に頼まれたの」
「……頼まれた?」
 彼女が僕に手渡してきたのは、かつて日本というところで使用されていたとされる【ニホントウ】のような太刀だった。
 目にした時から何故か惹かれるものがあった。
「駄目じゃないか、サヤ! こんな危なっかしいものを持っていたらシスターに怒られるよ? しかも部外者を入れちゃ駄目だよ!」
「うん……。だけどね、目深にフードを被った男の人にこの太刀を二番目のお兄さんに渡してって言われたの」
 ここ、ラグナ兄さんと僕とサヤが住んでいる【教会】は外部との接触をさけているようで、シスターの知り合い以外見知らぬ顔をした者を見かける事なんてなかった。それなのに今のサヤは物騒なものを僕に渡そうとしている。これを僕に預けようとした人物に不信感が募り、僕は思わず眉根をひそめた。サヤは僕に怒られると思ったのか、ばつ悪そうに俯いていた。
「じゃあ、サヤ。これは僕とサヤだけの秘密。ラグナ兄さんにもシスターにも秘密だよ」
「ジン兄様……!」
 ぱあっと表情が明るくなったかと思えば、苦しそうに咳き込みだした。
 僕はサヤを支えるようにして背中をさする。
「大丈夫!? また熱が出たのかい?」
「ご、ごめんなさ……、ジン兄様……っ。ゴホッゴホッ!」
「いいんだよそんなの。サヤは大事な妹なんだから。それに僕は君のお兄さんなんだからね」
「う、うん……!」
 どこかはにかんだ笑みを浮かべてサヤが答えた。けれど、どこかぎこちなくも見えた。
 この時点で疑問に感じるべきだったと、ジンの中にある底へ眠っている記憶が独りでに後悔する。

 ――一方で。

 その二人の一部始終の行動を見ていた【黒い影】が、三日月のように細い口を歪めて笑んだ。
 そして誰に気が付かれるまでもなく、その黒い影はその場から消え去りどこかへ向かった。
 不穏に木の葉が風に揺られ鳴り響く。嵐が来る前のように騒がしく葉と葉同士がぶつかり合う。


 * * *


 サヤをベッドに寝かしつけた後、僕は外へ出て、手渡された刀を再度見直した。
 不思議な形をした刀で、まるで兵器のような鞘をしており、時折心の奥まで冷え冷えとする冷気を発しているように思えた。
 興味本位で柄を握り刀身を出そうとしたのだが、鍵か封印がかかったかのように引き抜くことが出来ない。すると突如脳に問いかけるような声が響いた。
『――――黒き獣を、殺せ、殺せ、殺せ!!』
「っ!? 何!?」
 刹那、無風だった周囲に強い冷気が吹きすさんだ。
 髪の毛は乱れ、立っていられないくらい風は強く、僕は恐怖もあり、その場にしゃがみ込む。
 まるでこの刀が起こしたような荒い風だった。
 僕の脳に流れ込む憎悪・恨み・そして絶対的に悪を滅ぼすという信念。回線が混乱したラジオのように複雑に絡み合う。
 記憶の中にないものが流れ込みすぎて吐き気がする。僕の知らない記憶がひどく恐ろしかった。
『黒き獣は滅ぶべき悪、絶対悪、悪、悪……!!』
『憎い、憎い、憎い……!! 黒き獣が、それを創り出し者が憎い!!』
『斃さねば……。我らはその役目を担っている』
 ――黒き、獣……?
 僕はその言葉に既視感を覚え、同時にぼやけて見える点と線が瞳に映る。
「兄さ……ん……?」
 違う。兄さんは【点と線】ではない。
 けれど僕には見えてしまうのだ。兄さんに【点と線】があることを。そして直感的に感じてしまうのだ、兄さんには何か悪いものが憑いているのではないかと……。最近だと妹のサヤにも不安定ながらも【点と線】が見えるようになっていた。
『秩序の力を持つ者よ。お前には悪を滅する力がある』
『あの男は危険な存在だ。この世を滅ぼすか、蒼の守護者になるか、不確定な者だ……』
『ならば今のうちに存在を滅するが正義……ッ!』
 何を言っているんだ……?
 気が遠くなりそうになるのを抑え、僕は脳内に伝わる声に聞き入った。額から冷や汗が垂れ落ち、込み上げる吐き気は先程の比ではなかった。
「止めろ……っ! 兄さんは兄さんだ……!!」
『残念ながら貴様の兄はこの世にとっては悪だ。ジンよ、貴様にはそれらの因縁を断ち斬る事が出来る、唯一の抗体』
 体が麻痺したように動かない。脳しんとうを起こしたように頭の中がグルグル掻き回される。
 シスターが作ってくれる甘いお菓子のように芳香な言葉の蜜、それと同時に僕の中の【何か】が大きくねじ曲がっていくような歪み。流れてくる言葉に抵抗しても、全身に毒が回ったように思考が動かなかった。
 それらを不快に感じたのは最初だけで、段々とその【何か】を肯定していった。
 ……冷えていく、体も心も頭も脳も。何もかも全てが。
 僕という存在が否定されていく。新しい僕が今までの僕を否定して、首を絞めていくような感覚に陥る。
 殺される、僕だったものが――。
 気が遠くなっていく。意識を手放したら駄目だと、薄れていく視界や力に踏ん張れと命令しても抜けていった。
 新しい僕が口元に弧を描いて笑っている。そして次の瞬間、僕を眠らせた。
「…………僕は、均衡を保たなければいけない……。そう、この世界の為に」
 刀の中からの笑い声が大きくなった。
 嘲笑なのか、ただ面白くて笑っているのか。そんなことはどうでも良かった。
『そうだ。我らの声だけに耳を傾ければよいのだ、【ジン】』
「【点と線】の見える者は、断ち切らなければいけないんだ……。それが、兄さんでも…………」


「そうだ。世界の抗体として、貴様は十っ分利用価値があんだよ」

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