蜀との戦を終えた司馬昭たちは、無事に居城まで帰陣することが出来た。しかし今回は敵方による奇襲によって、痛手を受けてしまったというのだけが、軍の士気を下げてしまうかも知れないなと反省をする。だがケ艾や鍾会の活躍のお陰で、当初の勢いを保ったまま眼前に広がる蜀軍を蹴散らす事が出来たのは幸いだった。司馬昭が二人に礼を言うと、ケ艾は黙して頭を下げ、鍾会は当然と言わんばかりに鼻で笑った。正反対の反応を見、昭は笑う。


「お帰りなさい。息災がなくて良かったです」
 門前に行くと、司馬昭のお目付役である王元姫が頭を下げ平伏していた。その後ろには城中の使いの者が揃って平伏をして彼らの帰りを歓迎する。
「ただいま、元姫。いやぁー、会う度に蜀軍の切羽詰まっているようでさ、なかなか手応えがあるぜ」
 昭はヘラヘラと笑っているが、途中厳しい場面もあったのだろうと、会話をして王元姫は思った。しかしお互いそれを話題にすることはなかった。その代わり昭は鍾会のいる方向を見つめて感心するように言葉を紡いだ。
「まあ、この奇襲を乗り越える事が出来たのも、鍾会のお陰なんだぜ。あいつの機転がなければ、今頃俺は袋の鼠だったって」
 突然鍾会の名前が出てきて、元姫は昭が気付かないくらい小さく眉を潜めた。そのまま昭の会話は続く。
「なんつーか……、鬼神が乗り移ったかのように戦場で働くんだよな、あいつ。あの歳にしちゃあ出来る奴なんだから、あまり功を急がなくてもいいと思うんだけどなー」
「……鍾会殿は、目先の戦功に急ぎすぎているのよ。己の器以上にそれを求めている……。これは危険な事よ、子上殿」
 大きな双眸を真っ直ぐに昭に向け、元姫は淡々と言葉を投げかけた。一瞬昭は驚いたように目を見開いたが、短く息をはいた後、元姫の頭を一回りも二回りも大きな手の平で撫で、「大丈夫だ」とだけ発した。
「あいつはまだ若い。だから戦功が一番だと思っているだけかも知れねぇ。もしかすれば考え方が変わるって事だって否定出来ないだろ? 元姫」
「……そんな悠長な問題でもないような気がするけど、ね。子上殿がそう言うなら……」
 その後司馬昭は鍾会の元へ行き、肩を組んだり誉め上げたりとお祭りのような雰囲気で彼の功績をたたえていたが、そんな二人を元姫は冷ややかな視線で見ているにとどまった。

※ ※ ※

 宴も終わり、元姫は侍女と共に自室に向かう途中で、外に涼みに出て戻ってきた鍾会と鉢合わせした。後ろに控えていた侍女は元姫の前に現れ、彼の行動を警戒する。
「おや、随分な警戒ですね。これでは私が不審者のようだ」
 無造作にうねりの入った髪の毛を弄りながら、不愉快げに鍾会は吐き捨てる。
「私は大丈夫よ。お願いだから少しの間だけ鍾会殿と話させてくれないかしら?」