食事(皆守と八千穂と緋勇)


 隣で昼食をとっていた緋勇が何かを呟いたような気がして、皆守は緩慢な動きでそちらを見やった。
 緋勇は先ほどまでと変わらず、購買で買ったパンをおとなしく口に運んでいる。
 聞き間違いかと、皆守は視線を正面へ戻した。屋上の柵へよりかかっている二人の向かいでは、八千穂が壁に背を付け、こちらも購買で買ったパンを食べている。
「どうして……」
「ん?」
 やはり緋勇が何かを口走った気がして、皆守は再度隣へ目を向けた。
 すると、食べかけのパンを持ったまま緋勇がおもむろに立ち上がる。
 あいている方の手で柵にしがみつくと、青空に向かって絶叫し始めた。
「どうして東京に戻ってきたっていうのに、オレは購買のパンなんか食ってるんだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「ひ、ひーちゃん?」
 前々から少しおかしな奴だとは思っていたが、まさかここまでとは。
 驚きを隠せないまま、皆守はとにかく緋勇の奇行を止めなくてはと声をかける。
「せっかく東京に戻ってきたんだから、如月の手料理とか、壬生の弁当とか食べさせてくれたっていいじゃないかーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「お、おい……」
 あまりの嘆きように、どう声をかけてよいかわからず皆守は途方に暮れた。
 と、緋勇がぐるりとこちらを振り向く。
 涙目になっている緋勇に、動揺したまま皆守は後ずさった。
「なあ皆守! なんでオレはパンなんか食べてるんだ!?」
「いや、それはお前が自分で買いに行ったからじゃないか?」
 皆守の冷静な突っ込みなどものともせず、というか多分耳に入っていないのだろう、緋勇はその場でがくりと膝をつく。
「如月のあほ……! 壬生のばか……!」
 さめざめと泣き始めた緋勇を置いて皆守が校内に戻ろうとしたとき、それまで黙っていた八千穂が口を開いた。
「如月さんとか壬生さんとか、もしかしてひーちゃんの彼女!? 二股? ひーちゃんってば、やる〜!」
「お前、この状況で他に言うことはないのか……?」
 心底楽しそうに言い放った八千穂に、目眩がしてきたと皆守は頭を押さえる。
 八千穂の言葉だけは耳に届いたのか、緋勇が泣きながら顔を上げた。
「彼女〜? や、二人とも男だし」
「なーんだ。おともだち?」
 がっかりした顔で八千穂が訊ねると、緋勇はうーんと首を傾げる。
「ともだちっつーか、仲間っつーか、保護者っつーか。……あ、そうだ、おとーさんとおかーさん? みたいな」
「へー! 楽しそうだね!」
「だから、言うことはそれだけか……?」
 もはやどこから突っ込めばいいかもわからず、皆守はひとり遠くを見つめた。


【終わる】


2004 11/23