秘めた想い(皆守と緋勇)


 予鈴ぎりぎりに昇降口へ飛び込んだ緋勇を教室の窓から見下ろし、八千穂が皆守に聞こえるように呟いた。
「なんかひーちゃん、最近元気ないよね?」
 その言葉に、皆守は一瞬動きを止めた後、何事もなかったようにアロマを吹かす。
「さあな」
「さあって、皆守クン! いっつも一緒にいるんだから、理由とか知らないの?」
 少し怒ったような顔で、八千穂が振り向いた。
「八千穂。いつも一緒にいるのは、お前も同じだろう」
 淡々とした口調で言う皆守に、言葉に詰まった様子で八千穂が視線を落とす。
「でも、でもさあ……。皆守クンは、心配じゃないの?」
「心配?」
「いっつも朝とか余裕だったのに、この頃……、今日だって遅刻しそうだし」
 なにか悩み事でもあるんじゃないかなあと、八千穂の横顔が翳りを帯びた。
 内心苛立ちながら、皆守は頭をかく。
「だからなんだ。俺に詮索しろって言うのか? あいつが、隠していることを聞き出せって」
「違うよ!」
 強い口調とともに勢いよく顔を上げ、皆守と目を合わせると八千穂ははっとしたように口を閉ざした。
「……そうじゃ、なくって」
 言いたいことがうまく言葉にできないと、八千穂がまつげを震わせる。
「おはよーって、あれ。八千穂ちゃんに皆守、立ったままどーした?」
 もう先生来るぜと、教室にすべり込んできた緋勇が机に鞄を置きながら首を傾げた。
「あ、おっはよー、ひーちゃん!」
 明るい表情になって挨拶をした八千穂に、一つため息をつくと皆守も倣ってよおと緋勇に声をかける。
 担任である雛川がやってきて、皆守は席に着いた。


 放課後、皆守は屋上から中庭を見ていた。正確には、中庭をはいずり回る緋勇の姿を。何かを探しているのか、緋勇は制服が汚れるのにも構わず、両手両膝を地面につけて動き回っている。
 八千穂が気にしていた、最近緋勇の様子がおかしい原因とやらは、きっとあいつが今必死になって探しているものなのだろう。
 端から見れば奇行としか思えないその行動も、あいつにとっては全く苦にならないものなのだ。
 しばらく眺めた後、忌々しげに舌打ちすると、皆守は階段を下りていく。
 一体なにがしたいのか、皆守自身わからなかった。


 植え込みの間から顔を出した緋勇に、重い足取りで皆守が近づく。
「あー。皆守?」
 声をかける前に、緋勇がこちらを振り向いた。
 顔も身体も泥だらけで、おまけに頭に葉っぱを乗せて。それでも、みすぼらしいと感じないのは何故なのだろう。
「こんなところで、宝探しか?」
 皮肉げに笑った皆守に、だが怒るそぶりなど見せず、緋勇は笑った。
「あはは、まあそんなとこかなあ」
 日が暮れる前に終えてしまいたいのだろう、緋勇は再び膝をつくと植え込みに頭を突っ込んだ。きれいな顔に、枝がいくつも傷を作る。
 その様子に顔をしかめ、皆守はポケットを探った。普段ジッポを入れているそこに、今は違うものが入っている。
 指先で感触を確かめると、皆守は無造作に引き抜いた。
「……探し物は、これか?」
「えー?」
 のんびりとした動作で顔を出すと、皆守の手にしたものに緋勇は目を見開く。
「そ、それっ!」
 皆守が持っているのは、一枚の古ぼけた写真。写っているのは、満面の笑みを浮かべた一人の男だった。




 緋勇の机から転がり落ちてきたものに気づいて、皆守は手を伸ばした。それが緋勇の生徒手帳であることに気づき、なにげなく中を覗いたのだ。
 そこに入っていたのは、以前八千穂が騒いでいた、緋勇を真ん中に三人の男が写っている写真。
 まだこんなものを入れていたのかと、皆守は眉間にしわを寄せた。授業が終わってすぐに帰ってしまった緋勇へ渡すべきか、それとも机に戻すべきか考えている内に、写真の下に更になにかが挟まっていることに気づく。
 見てはいけないと、何かが皆守に警告を与えた。
 しかし、皆守の手は意図と反して、写真を引き抜く。
 下に隠れていたのは、何の変哲もない写真。それでも、見た瞬間皆守にはわかってしまった。
 それが一体誰で、緋勇がその相手に対してどんな感情を抱いているのか。
 写真の男は、太陽のような笑みを浮かべていた。




「それ、オレのだから。返して?」
 口調は優しかったが、緋勇の目は笑っていなかった。
 たかが写真一枚のために、穏やかな人格まで脱ぎ捨てるのか。
 それほどまで、緋勇はこの写真の男に執着しているのだと悟って、皆守は笑う。
「なにがおかしい」
「こんな男の、どこがいいんだ?」
 瞬間、風もないのに樹木が揺れ動いた。ぴりぴりと、肌が痛む。
「親友を、愚弄する奴には容赦しない」
 今にも飛びかかってきそうな殺気を放ちながらも、あくまで友情を強調する緋勇に、写真の男との関係が、皆守にも朧気ながら理解できた気がした。
「親友、か」
 黙り込んだ緋勇の目の前で、皆守は写真を真っ二つに引き裂く。
 緋勇の両目が揺らいで、自分はこのまま殺されるのだと皆守は思った。
 だが、予想に反し、緋勇は無言で踵を返す。


 去っていく足音のあまりの頼りなさに、皆守は目を離せなかった。


【完】


2004 11/30