これは誰かの陰謀か?(皆守と葉佩)


 皆がとっくに寝静まった頃、皆守は自室の前で難しい顔をしていた。以前ほど頻繁ではなくなったものの、相変わらず続いている遺跡探索へ同行した皆守は、気持ちよく眠るために風呂へ入った。そして部屋へ戻ってきたところ、何故かかけたはずの鍵が開いていたのだ。
 かけ忘れということは、意外と警戒心の強い皆守にはありえない話だった。となると思い当たる理由は一つしかないのだが、あまり考えたくないことだったので、皆守は考えることを放棄する。
 ゆっくりと開けた扉の向こうには、思った通りの人物がいた。他人の部屋だというのに、我が物顔でベッドに転がり雑誌などを広げている。
「……何をしてるんだ、お前は」
「あ、おかえりー」
 雑誌から目を上げると、葉佩がにこやかに手を振ってきた。


 どうしてもベッドからおりようとしない葉佩を前に、皆守は不機嫌さを隠そうともせず声を荒げる。
「自分の部屋へ帰れ」
「いーやーでーすー」
 布団にしがみついているせいでくぐもった声を出しながら、葉佩は頭を振った。
「大体お前、さっきまで風呂にいたくせに何で俺より先に戻ってんだ」
 何故部屋の鍵を開けられたのか、などという疑問は口にするだけ時間の無駄だと、皆守は敢えて違うことを訊ねる。葉佩はぱっと顔を上げると、人さし指を立てた。
「それは、オレ専用の抜け道があるから、ですー」
「語尾のばすな。ムカつく」
「アロマは意外と短気、と」
「アロマって呼ぶな。H.A.N.Tに記録すんな」
 すかさずH.A.N.Tを起動させた葉佩を、皆守は上から踏みつける。ぐへえ、と妙な声を出して葉佩が突っ伏した。
「皆守がいじめるので、僕はここから動くことができなくなりました」
「僕って言うな、気色悪い」
 ぞわりと鳥肌が立ち、皆守は顔を顰める。皆守の足の下で器用に顔だけ動かすと、葉佩は口を尖らせた。
「ひどい。取手くんに言いつけてやる」
「あいつはいいんだ、あいつは」
 お前は普段オレって言ってるだろう、と皆守は踏んでいる足に体重をかける。
「痛い痛い痛い! 皆守はえす、と……」
「だから記録するなって言ってるだろうが!」
 とうとう床から足を離した皆守は、全体重を葉佩に乗せるべくベッドに上がった。
「いやー。皆守に襲われるー」
「誰がお前なんか襲うか!」
 俯せに寝ている葉佩の背中に座り込むと、皆守はパイプに火をつける。一服して、頭をかいた。
「お前、固いぞ」
「当たり前だろ、男なんだから」
「クッション代わりにもならないな。役立たず」
「うっ」
 皆守の言葉に、葉佩は身体を震わせる。
「薄々わかってはいたんだ、自分でも。どうせオレなんて、遺跡以外では役立たずですよーだ」
「ほんとにな」
「……」
 背中に座ったまま、皆守は足をのばして葉佩の頭を蹴り飛ばした。
「いい加減、部屋に帰れ」
「やだ。寒い」
「はあ?」
 何を言っているのかと、皆守は首をかしげる。冬だから寒いというのはわかるが、そんなのはどこの部屋でも同じ筈だ。
「エアコンつけろ」
「つけると暑い」
「お前なあ……。そんなの、俺の部屋だろうと変わらないだろ」
「いや、それが違うんだ」
 葉佩は皆守の足を乗せたままの頭を上げたが、さすがにこちらを振り向くことはできなかったらしい、窓に目を向けたまま続ける。
「エアコンをつけると暑いから、上着を脱いでみたんだ。そしたら、寒いだろ?」
「……」
「それで、どうやったら快適に眠れるかと考えて、オレは一つの結論に達した」
「……」
 嫌な予感がして黙り込む皆守には構わず、葉佩は勢い込んで手をあげた。
「誰かとくっついて寝れば、寒くもなく暑くもなく、快適に……あれ? あれ、皆守? みーなかみっ!?」
 言葉の途中でベッドから引きずり下ろされ、廊下に放り出されそうになった葉佩が、慌てて皆守の腰に抱きついてくる。
「帰れ」
 もはや単語しか発しなくなった皆守に恐れをなしたのか、葉佩が強ばった笑顔で見上げてきた。
「頼むって! こんなこと頼めるの、皆守しかいないんだよー!!」
「他にいくらでもいるだろ、取手とか取手とか、取手とか!!」
「それじゃあまるで、オレに取手くんしか友だちがいないみたいじゃんかー!!」
「いいから出てけ!」
 絶対離すものかという勢いでしがみついてくる葉佩に、皆守は頭を抱える。学校が始まるまであと何時間もないというのに、このままでは一睡もできないかも知れない。
 それでも、男とくっついて眠るだなんて、考えただけで病気になりそうだった。
「だから、素直に取手のとこ行けって。あいつなら喜んで迎え入れてくれんだろうが」
 少しだけ優しい口調で、諭すように語りかける。だって、と葉佩が皆守の腹に顔を押しつけたまま喋った。
「駄目なんだって、取手くんはー」
「なんで」
 ようやく大人しくなった葉佩に、皆守もしゃがみ込んで目線を合わせる。俯いたまま、葉佩が口を開いた。
「だってほら、オレ取手くんといると、むらむらするしー」
「むっ」
「じゃなくて、どきどきする?」
 危うくパイプをはき出しそうになった皆守は、日本語って難しいなあと首をひねる葉佩の頭を叩く。
「だからさ、多分取手くんと一緒に寝ても、どきどきして眠れないと思うんだよねー」
 はにかんだように笑う葉佩に、皆守は目を細めた。
「ほう。その点、俺ならどれだけひっつこうと、安心して眠れるって?」
「そうそう」
 ぶんぶんと音を立てそうな勢いで頷く葉佩の手を掴んで、皆守は立ち上がる。
「あれ、皆守?」
「望み通り、一緒に寝てやるよ」
「あ、ありがとう……」
 引きずってきた葉佩をベッドに転がすと、皆守も隣に倒れ込んだ。
「皆守、なんか怒ってる〜?」
「いいから寝ろ」
 全然全くそんなつもりはなかったはずなのに、まるきり意識していないと言われると腹が立つのは何故なのだろう。
 苦々しい気分で、皆守は目を閉じた。


 【完】


2004 10/27