ぎりぎりの境界線(皆守と葉佩)


 自分とは異なる体温が気になって、皆守は眠れずにいた。ごろりと寝返りを打つと、すやすやと寝息を立てている葉佩の顔が目に入る。
 そのあまりに無防備な表情が癪に障って、皆守は思い切り顔をしかめた。
 なんだって、自分がこんな目に遭わなくてはならないのだろう。確かに、ここで寝てもいいと言ったのは自分なのだが。それにしたって、なあ。
 胸の内でぼやくと、皆守はそれでも眠らなくてはと目を閉じる。今日も学校があるのだ、一睡もしないままではつらいだろう。
 学校に行かなくてはならない理由があるわけではなかった。事実、ほんの数ヶ月前までは行かなかったり、行っても授業には出ずにさぼっていることのほうが多かったぐらいだ。
 皆守が学校へ行こうと思うようになったのは、他ならぬ葉佩のせいである。ことあるごとに葉佩は皆守の前に顔を出し、一緒に行こうと手をさしのべてきたのだ。
 皆守が素直にその手をとることはなかったが、遺跡に同行したりしている内に、いつの間にか葉佩のやや後ろを歩くことが習慣になっていた。
 そうしないと落ち着かないぐらいには、入れ込んでいるのかもしれない。
「……はあ」
 他人の体温が、これほど落ち着かないものだとは思わなかった。
 ただ隣で眠るだけならまだしも、葉佩は寒いのか無意識に身体を寄せてくるのだ、気になってしまうのも無理はないだろう。
 自分を悩ませている相手はとっくに楽しい夢の中にいるのだと思うと、一度はおさまった怒りが、また顔を覗かせた。
「のんきな面しやがって……」
 あんな仕事をしている人間が、これほど無警戒でよいのだろうか。それでも最初の頃は、まだここまで無防備ではなかったと思うのだが。
 ──少しは、心を開いてくれているということなのか。
 そうだったらいいと思ってしまう自分に、皆守は苦笑した。
 取手のことを、葉佩しか目に入っていない奴だと半ば呆れていたのだが、これでは人のことなど言えないだろう。
 不意に、葉佩がことりと頭を皆守の肩に寄せてきた。まるでぬくもりを求める捨て猫のように映って、皆守は安心させようと左の手で髪をすいてやる。
 葉佩は、ずるい奴だ。
 他人には心を開かせようとするくせに、葉佩自身は決して内側を見せようとしない。何も語らず、訊ねるきっかけすら与えてくれないのだ。
 葉佩と一番長く時間をともにしてきたのは、おそらく皆守だろう。だが、皆守の知っている葉佩に関する情報など、成績表を開けばわかってしまうような事柄ばかりだ。
 それ以外のこと、たとえば家族についてだとか、以前はどこで暮らしていたのかとか、
別に知ったからどうなるというわけではないが、普通に生活をしていたら知っていてもおかしくはないことだというのに、葉佩の口から聞いた覚えは一切なかった。
 そういえば、何故トレジャーハンターをやっているのかと訊ねたときも、なんだかんだと誤魔化され、結局明確な答えは得られなかったことを思い出す。
 ほとんど力ずくと言ってもいいような方法で他人の闇を暴いてきた人間が、自分のことに関しては頑なに壁を作って守ろうとしている。
 それが、何より腹立たしかった。
「べつに無理矢理見せろとまでは言わないけど、な」
 うまく立ち回っているつもりの葉佩は、自分がこんなことを考えているとは露程も思っていないのだろうけれど。
 時折、どうしようもなく物欲しげな目をする葉佩を知ってしまったあの時から。
 いつか葉佩が、全ての壁を取り払い、心の内を明かせるときが訪れるようにと願っている。
 たとえ、その相手が自分ではなくとも。


【完】


2004 11/16