かわいい後輩(夷澤と葉佩)


 昼休みになって、葉佩は昼食をどこでとろうかと教室内を見渡した。常に行動をともにしている親友の姿は、そこにはない。
「あ、そーか。さぼるつってどっか行っちゃったんだった」
 捜して誘うか、それとも他の人間を誘おうか。そう考えながら、葉佩は廊下へ出た。
「あ、センパイ」
 待ってましたと言わんばかりに、背後から声をかけられる。声の主は、一つ下の後輩・夷澤凍也だった。
「あー。お早う?」
「……なんでお早う、なんすか」
 疑問系で挨拶をする葉佩に、夷澤が顔を顰める。
「だってホラ、今日初めて会った人には、やっぱお早うじゃない?」
「どーだっていいっす……」
 それより、と夷澤は葉佩の周りをキョロキョロと見遣った。
「なに?」
 つられて顔を動かす葉佩に、夷澤は不満げな顔をする。
「別に。いつものアレは、一緒じゃないんすか?」
 いつものアレが自分の親友を指していることに気づいて、葉佩は数回瞬きをした。
「ああ。なんだ夷澤、皆守に用?」
 オレに会いに来てくれたのかと思ったのに、とわざとらしくがっかりして見せると、途端に夷澤は慌てた様子で身を引く。
「べ、別にオレはっ」
 一瞬顔を赤らめ、夷澤はもごもごと口の中で何やら呟いた。
「なに?」
 聞こえない、と葉佩が耳を近づけると、思いきり突き飛ばされる。葉佩はなんとか二、三歩下がって転ぶのをこらえた。
「なんだよ。ひどいことするなあ、夷澤ってば」
「アンタが、いきなり顔近づけたりするからでしょう! 暑苦しい!」
 どうやら、この後輩が極度にスキンシップを苦手としていることを知りながら、敢えて近寄る葉佩を警戒しているらしい。
「オレは寒いぐらいだけど?」
 冷えた廊下で立ち話も、いい加減終わらせたいと言外ににおわす。
 夷澤は、葉佩の何も持っていない手に視線を向けると、思い切ったように言った。
「昼、まだ食ってないんでしょう? どうしてもって言うなら、一緒に食ってやってもいいっすよ」
「……はあ」
 それが目的でやって来たのだろうと想像のつく台詞を吐く夷澤に、最初から素直に一緒に食べてくれと言えばいいのにと思いながら、葉佩は誘いに乗ってやることにする。
 端から見れば生意気としか思えない尊大な態度も、葉佩にはまるで天の邪鬼な子犬のように映るのだ。
 かわいい、と。口にしたら、間違いなく怒るんだろうな。
「……なに笑ってるんすか」
「ええ? お昼、楽しみだなあと思って」
「子供みたいなこと言わないでくださいよ」
 悪態をつく夷澤の隣を歩きながら、葉佩はいつかその頭を思いきり撫でてやろうと決意した。


【完】


2004 10/06