未成年の主張(皆守と葉佩と取手)


 前を歩く葉佩の背中を見ながら、皆守は淀んだ空気の中を進んでいく。
 長い期間外界から隔絶されていたこの遺跡では、いつ何が起こるかわからない。何の変哲もない床を踏みしめた途端トラップが発動することもあるのだと己の身で体験したのは、つい先日のことだった。
 薄暗い視界をものともせず、葉佩は前進する。両手に銃を携え、時折威嚇するように四方へ構えながら。
 普段は饒舌といってもいいほどのお喋りは、すっかりなりをひそめている。ここで彼が口にする言葉は、端的で感情がこもらないものばかりだ。
「一歩下がって」
 何かに気づき足を止めた葉佩が、背後を歩く皆守と八千穂に警告しながら自らも一歩下がる。途端、葉佩の胸の辺りを何かが掠めた。
「葉佩クンっ!?」
「動くな」
 驚いて声をかけた八千穂を気遣う素振りもなく、葉佩は手にした銃を前方へ撃ち込む。二度三度と同じ動作を繰り返すと、やがて手を下ろした。まだ嗅ぎ慣れない硝煙が、あたりを包み込む。
 躊躇うことなく歩いていく葉佩に、八千穂が置いて行かれまいとするかのようについていく。
「化人……ってやつ?」
「ああ」
 葉佩が≪化人≫と呼ぶ、人に擬態する生物の亡骸が、数メートル進んだ先へ転がっていた。
 無言でH.A.N.Tという端末をのぞき込んでいる葉佩の横顔を見つめ、皆守はふと昼休みに八千穂が漏らした言葉を思い出す。
 ──葉佩クンって、なんだかお墓に入ると別人みたいだよね〜っ。
 その時は、葉佩が自分の胸を叩きながら「えーそんな。まるで別人みたいにクールでかっこよくて素敵、だなんて。そこまで言われたらさすがのオレもどきっとしちゃうなあ」などと軽口を叩いたので、誰もそんなことは言ってないと突っ込んで終わったのだが。
 こうして淡々と事を進めていく葉佩を見ていると、全くその通りだと言わざるを得ない。
 日光の下で見せる陽気な笑顔と。
 光の差さないこの場所で見せる冷静な顔。
 どちらが、こいつの本当の顔なのだろう。
 もしも。もしも、どちらかが演技なのだとしたら。それはきっと、あの笑みのほうなのだろうと。訳もなく、そんな気がするのだ。
「ちっ。俺もヤキがまわったかな……」
「えっ、なーに、皆守クン」
「なんでもない」
 振り向いた八千穂に首を振りながら、先ほど胸をよぎった微かな寂寥感に皆守はらしくないと嘆息した。


 いつものように屋上で微睡んでいると、ふと右半身にぬくもりを感じた。目を開けるのも面倒だと、皆守は寝返りをうつ。
「……!?」
 顔になま暖かい空気があたり、皆守は飛び起きた。反動でごろんと床に落ちたものが葉佩の身体だと気づいて、頭を抱える。
 考えたくないことだったが、どうやら、今の今まで二人寄り添って寝ていたらしい。
「いつの間に来たんだ」
 ここへ来た時も、うとうとしだした時も、自分は一人だったはずだ。いくら眠っていたとはいえ、気配も感じさせないとは。
「さすがトレジャーハンター、といったところか?」
 半ば呆れながら、未だ眠ったままの葉佩を見下ろす。瞼の閉じられたその顔は、あの場所で見せる顔と似ているようで、どこか違った。
 何の感情も浮かんでいないのは同じなのに、どうして異なるように感じるのだろう。
 無意識に葉佩の頬を辿っていた自分の手に気づき、皆守はハッとする。何を、しているのだ自分は。
 この男が現れてからというもの、ペースを崩されてばかりだ。以前の自分なら、八千穂と言葉を交わすことも、誰かに協力することもなかっただろう。
 だが自分が、その変化を嫌がっている訳ではないこともまた、事実だった。
「……それが余計腹立たしいんだよ」
 人の気も知らず安らかな寝息を立てる葉佩に腹が立ち、皆守は葉佩の制服を両手で掴むと、勢いのまま転がす。ころころと数回回転して、それでも葉佩は目を覚まさなかった。
「オイオイ、そりゃあ呑気すぎるんじゃねえか?」
 いくらなんでも、ここまでされて起きないとはどういうことか。トレジャーハンターたるもの、日常においても気を抜かないことがうんたら、と聞かれもしないのに得意げな顔で述べていたのは葉佩自身だった筈だ。
 朝会った時は、昨日の探索で疲れたという風でもなかっただろうに。
 皆守は寝ている葉佩の真上に屈み込み、寝息が規則正しいことを確認する。異変はないようだと安心した。
「……何を、しているんだい?」
 重い声が耳に届き、皆守は振り返る。少し前から葉佩と親しくしている取手が、怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
「なにって、見たまま──」
 そこまで言って、皆守は自分が葉佩に顔を近づけたままだったことを思い出す。
「ち、違うぞ!? これは、全然全く、そういうんじゃないからなっ」
「……」
 慌てて葉佩の上から飛び退き、皆守は手を振って訴えた。
 黙ってこちらを見つめる取手に、ただ息をしてるか確かめていただけだと口を尖らせる。
「あんなことしてるくせに、こんな呑気に寝てやがるから。つい、な」
 転がったままの葉佩を足先で軽く蹴り、皆守はアロマパイプに火をつけた。その様子を見ながら、取手がふと哀しげに眉根を寄せる。
「うらやましいな……」
「あ?」
 思わず聞き返す皆守には答えず、取手はゆっくりとこちらへ近づいてきた。葉佩の顔の前で立ち止まると、先ほどの皆守のように頬へと手を伸ばす。
 一体どこから見られていたのかと、皆守は冷や汗を流した。
「葉佩くんは、君の前ではいつもやわらかな顔をしている」
「やわらかな……?」
 取手の真意が掴めず、皆守は首をひねる。
 取手は立ち上がると真っ直ぐにこちらを見据えた。その顔は、相変わらず哀しげなままだ。
「きっと、一番安心できる場所なんだろうね。彼にとって、君の隣が」
「なっ」
 焦る皆守とは対照的に、取手は落ち着いた様子で言葉を続ける。
「……うらやましいよ、ほんとに」
 その声音から、取手が心の底からそう思っているのだとわかった。だからといって、皆守に何も言えるはずもない。
「うーん」
 足下で身じろいだ葉佩に、取手は皆守の前で今日初めて優しい顔を見せる。
「おはよう、葉佩くん」
「あーれ、取手くんだ。おはよう〜」
 取手に笑顔で返すと、葉佩はふと左側に寝転がった。誰もいないことを確かめると、更に視線を巡らせる。
 その視線が自分で止まったことを感じ、皆守は目線だけを向けた。
 葉佩が、不機嫌そうな顔をする。
「起きたなら起こしてくれたら良かったのに」
「起こしても起きなかったんだろうが」
「うっそ。オレそんな寝汚くないですー」
「誰がそんな嘘つくか」
 さっさと起きろと手を伸ばすと、力強く掴まれた。
「皆守、なんか顔赤くない?」
 起きるのを手伝ってやる途中そんなことを言われたので咄嗟に手を離してしまい、支えを失った葉佩が強かに頭を打ちつかせてしまったのは、自分のせいではないと主張しておきたい。


【完】




2004 10/06