02:入学式 (跡部と宍戸)


「お早うさん」
「よお」
 入学式と言っても中等部からの持ち上がりが多いため、その顔ぶれは代わり映えがなかった。
 それにしたって、一番に声をかけてくるのが、よりによってこいつだなんて。
 宍戸は、小さくため息を吐いた。
「お? なんやなんや、人の顔見てため息つきよって。感じ悪いで〜?」
「うっせえ」
 操る言葉の違いにはさすがに慣れたものの、その胡散臭い笑顔にだけは未だ馴染めずにいる。
 後からついてくる忍足を意識しないようにしながら、宍戸は会場へ足を運んだ。
「りょ〜ちゃ〜ん!!!」
 途端響いた舌っ足らずな呼び声に、宍戸は自然と顔をほころばせる。
 一目散に駆け寄ってくるジローの身体を抱きとめ、宍戸はその頭を撫でてやった。
「今日は起きてんだな、ジロー」
「えへへ〜! だってだって、久しぶりじゃん、学校で会うの!」
「だな」
 あからさまな態度の違いに、忍足が隣で泣き真似を始める。
 目元をこする仕草をしながら、
「ひどい、ひどいわ亮ちゃん〜」
「キモイ。亮ちゃんゆうな!」
「あはは、亮ちゃんって呼んでいいのは、俺だけなんだよ〜だ」
「ああ、ジローちゃんまで意地悪ゆうし……、俺哀しくてかなわんわ」
 タイミング良く通りがかった岳人に目を止め、忍足は盛大に泣きついた。
 泣きつかれた岳人は、顔を顰めながら宍戸とジローを見上げる。
「お前らなあ、侑士いじめんのも大概にしろよ」
「がっくん……!」
 自分のフォローをしてくれるのかと喜んだ忍足は、岳人の次の言葉に肩を落とした。
「俺だってなあ、相手すんの面倒なんだぜ?」
「がっくん、ひどい……!」
 あはは、とジローの笑い声が響く。
 宍戸もつられて笑っていると、後ろから頭を小突かれた。
「てめえら、いつまで遊んでやがる。とっとと座れ」
「跡部」
 いつの間に来ていたのか、跡部が尊大な態度で睨み付けてくる。
 その手に握られた書類を見て、ジローがわあ、と声をあげた。
「跡部すっげ〜! また挨拶すんだ?」
「当然だろ。他に誰がいるってんだ」
 中等部に引き続き、高等部でも新入生代表の挨拶をするらしい跡部に、皆が感嘆の声をあげる。
 跡部が壇上に立ったときの盛り上がりを想像し、宍戸は少しだけげんなりした。
 先月の卒業式、跡部が答辞を読み出すまでに、およそ一時間程かかった。
 女生徒から跡部への賞賛や、卒業を惜しむ下級生達の騒ぎが収まるまで、読み始めることが出来なかったのだ。
 これは、今日の式も長引きそうだ。
 宍戸の微妙な変化に気づいたのか、跡部が視線を向けてきた。
 綺麗な双眸にじっと見つめられ、宍戸は居心地の悪さに身じろぐ。
「ネクタイ、曲がってるぞ」
「あ、サンキュ……」
 言葉と共に、跡部が宍戸のネクタイに手を伸ばしてくる。
 珍しく親切に直してくれるようだと、されるがままにしていたら。
 思いきり、ネクタイごと引き寄せられた。
 宍戸は、息苦しさに咳き込んだ。
「跡部、何しやが、」
「俺様の挨拶、きちんと拝聴するんだぞ?」
「ああ?」
「一言一句、覚えるぐらいの心構えでな」
 なんでんなことしなきゃならねえんだ、と言おうとした宍戸の口が、言葉を発することはなかった。
「でねえと、亮ちゃんって呼ぶぞ」
 そう言って不敵に笑う跡部の前で、宍戸はぱくぱくと口を動かした。
 どうやら、跡部の機嫌を損ねてしまったようだ。
 今更気づいても、全ては後の祭り。


 今日ばかりは、真面目に跡部の話を聞かねばならない運命らしい。



 【完】



2003 11/25 あとがき