05:昼寝(跡部と宍戸)


 その日は前日までの猛暑が嘘のように涼しく、過ごしやすい気候だった。
 珍しく起きていたジローは、窓際の席に陣取ってのんびりと窓の外を眺めていた。どこまでも広がる青空が、通り抜けていく風が気持ちよかった。
 それでも午前中ずっと寝ていたお陰か眠くはならず、ジローはただ外の景色を見つめていた。
 背後に気配を感じて、のんびりした口調で問いかける。
「だ〜れ〜?」
「起きてたのか」
「跡部」
 部活動以外、校内では耳にすることのない声が聞こえ、ジローは驚いて振り向いた。
 跡部が、気怠そうな雰囲気を身にまとい、佇んでいる。その一見して疲れた様子に、ジローは眉をひそめた。
 跡部が、最近生徒会や部活、家の用事で忙しくしていたことを知っている。ちゃんと眠っているのか心配していたのだが、この様子ではまともに睡眠をとってはいなかったのだろう。
「大丈夫?」
「平気だ」
 ジローの心配が伝わったのだろう、跡部は軽く微笑んだ。誰にも弱みを見せない跡部は、幼なじみの自分に対してもどこか壁を作っていると思う。それが哀しくて、ジローは目を伏せた。
「ちゃんと、寝たほうがいいよ」
「だから、お前のところに来たんだ」
「俺のところに?」
 ジローが首をかしげると、跡部はお前なら校内で気持ちよく寝られる場所を知っているだろうと言った。
「部室で寝ないの?」
 部室には跡部が用意したふかふかのソファーがある。暑い日、クーラーを効かせた部室のソファーで眠るのがジローのお気に入りだった。
「気候がいいからな。外の空気が吸いたい」
「そっかあ」
 それで、ほとんど寝てすごしている自分の元へやってきたのか。合点がいって、ジローは笑顔になる。自分にできることが、大好きな跡部の役に立つのだ。嬉しくないはずがない。
「んっとねえ、今日は天気がいいから、中庭の大きな木の下が一番気持ちいいと思うよ。あそこなら風も吹くし」
「そうか」
 簡単に礼を述べると、跡部はジローにお菓子をいくつか渡して去っていった。
 跡部にもらったお菓子を手に、ジローはあることを思いつく。


 ジローに言われたとおり、跡部は中庭へ来ていた。並んで生えている木の中に、ひときわ大きな木を見つけ、ジローが言っていたのはこれだろうと見当をつける。
 根本を見下ろして、芝生がきれいに生えていることに満足すると、跡部は腰を下ろした。座るとちょうど植え込みで視界が隠れ、これなら誰にも見つからずに昼寝ができそうだと安堵する。
 大木に背中をつけると、周囲の木が揺れて風が吹き抜けていく。なるほど、ジローが勧めるだけあって心地よい場所だ。
 跡部は目を閉じると、静かに眠りに入った。


 どのくらい時間が経ったのか、跡部は肩に重みを感じて目を覚ました。目の前に広がる緑色に、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなる。ややあって、そういえば昼寝をしていたのだと思い出す。
 それから、不自然な重みに視線を向けると、見慣れた横顔が目に入る。跡部は目を見開くと、どうしたものかと思案した。
 隣ですっかり眠り込み、跡部の肩に頭を預けているのは、幼なじみで、思い人でもある宍戸だった。
 これほど間近で顔を見るのは、いつ以来のことだろう。たったこれだけのことを、何よりも嬉しいと感じるだなんて。跡部は、顔を顰めた。
 相手が自分のように考えているとは到底思えない。もしそうなら、こんな風に無防備な姿で寝ていたりはしないであろう。跡部には、それが腹立たしかった。
 きっと宍戸は、今より幼い頃、ジローと三人ならんで寝ていたようなつもりで、いま跡部の隣にいるのだろう。
「……呑気な面しやがって」
 ぽつりと漏らした跡部の言葉には、どこか甘さがにじんでいた。
 すやすやと規則正しい宍戸の寝息を聞いているうちに、また眠気に襲われる。このまま意識を手放してしまおうか、それともこの状況を楽しんだほうがいいだろうか。
 少し迷って、自然に任せることにした。


 この状況を、故意につくりあげたであろうもう一人の幼なじみは、きっとそれを望んでいるだろうから。


 【完】


2004 07/14 あとがき