06:掃除(跡部と宍戸)


「宍戸くん」
「あ?」
 放課後、見知らぬ女生徒数人に手招きされ、宍戸は首を傾げた。
 誰だっけこいつら……。
 疑問に思いながら近づくと、一人の女生徒が困ったように口を開く。
「あのね、私たち跡部くんと同じクラスなんだけど……」
「跡部と?」
 跡部のクラスメイトが、俺に何のようなんだ。
 女生徒の口から出た跡部の名前に、宍戸は顔を顰めた。
 やれ跡部が冷たいだの、やれ跡部との仲を取り持ってくれないかだの、昔から跡部のことでいい目にあった試しがない。
 きっと今回もそんな話なのだろうと、宍戸は何か理由をつけて逃げ出せないものかと考えた。
 そんな宍戸の考えを読んだのか、一人に軽く制服の袖を掴まれる。
 振り払ってまで逃げるわけにもいかず、宍戸はため息を吐いた。


「で、なんで俺がこんなことしなきゃならねえんだ?」
 宍戸は、音楽室でほうきを持って立っていた。
 端の席では、跡部が座って本を読んでいる。
 律儀に少しだけ床を掃いて、宍戸は叫んだ。
「跡部! 何でてめえの分まで俺が掃除しなきゃならねえんだ! 掃除当番はてめえだろうが」
 そう、本来なら音楽室の掃除は跡部のクラスが担当である。
 先程の女生徒達が言ってきたのは、跡部が掃除をしてくれないという訴えで、うちのクラスには跡部に強く言えるものはいないからと、なんとか宍戸に説得してもらえないかと頼みに来たのだった。
 何で俺が、と思ったものの、複数の女生徒に囲まれて逆らう術はなく。
 宍戸は、仕方なく音楽室へと足を運んだ。
 粗方掃除は終わっていて、後は跡部の担当である床掃除を残すのみであった。
 最初は宍戸も、掃除をするよう説得を試みたのであるが、跡部は聞く耳を持たずという風体で本から目を離さない。
 挙げ句の果てに、携帯を取りだして樺地を呼ぼうとしたので、なんとかそれは取り押さえ、今に至る。
 一向に動こうとしない跡部に、宍戸は苛立ちながら近づいた。
 肩を掴むと、
「おい、掃除終わらねえと帰れないんだぞ? ガキじゃねえんだ、とっととやって帰ろうぜ」
 跡部は本から視線を上げると、宍戸の顔を見つめる。
 相変わらず、嫌味なぐらいきれいな顔をしている。
 そう意識した途端、宍戸の胸は高鳴った。
 紛らわすように首を振ると、掃除をしろとほうきを押しつける。
 その手を、跡部の腕が捕らえた。
「跡部……?」
「宍戸、俺が帰るまで待ってるつもりなのか?」
「え? そりゃあ、置いて帰ったら女子が怖えしなあ」
 申し訳なさそうに、それでいて強引だった女生徒達を思い返し、宍戸は肩をすくめる。
 そりゃあ好都合、と跡部が笑った。
「あ? 好都合って?」
 自分に、何か用でもあったのだろうか。
 そう思って宍戸がきょとんとしていると、跡部が今度は両肩を掴んで引き寄せてきた。
 一瞬、気分でも悪いのかと見当違いの心配をして、宍戸は大丈夫かと聞いた。
 その問いに、跡部は楽しそうに笑う。
「じゃあ、最後まで俺様につきあいな。幸い、ここは防音だしな」
「……は?」
 一体何を言っているのかという宍戸の疑問は、次の瞬間晴れることになる。
 跡部の唇が、宍戸のそれをふさいだ。



 【完】



2003 12/03 あとがき