12:売店(鳳と宍戸と忍足)


 昼休みになって、クラスメイトとともに昼食をとろうと、鳳はカバンを開けた。だが、中に入っているのはテニスラケットと教科書類のみで、弁当の包みは影も形もない。どうやら忘れたらしいと、何度も中身を確認して顔を青ざめさせる。今からでは、食堂も購買も混雑しているだろう。それでも、何も食べないまま午後の授業や部活を乗り切れるとは思えない。鳳は、購買へ行って来ると、沈痛な面もちで立ち上がった。


 購買へ行ったことは何度かあるものの、これ程人でいっぱいの時間帯に向かうのは初めてのことだった。氷帝学園の購買では、混雑対策として予約制が設けられている。あらかじめ朝のうちに予約の袋にチェックを入れ、代金を入れておけば、昼休みにはお釣りと商品を引き渡してもらえるのだ。それでも、弁当だけでは足りない者やおやつを買いに来る者などがいて、購買付近はごった返していた。
 男子も女子も関係なく、もみくちゃになってカウンターへ押し寄せている。最早、並んでいるとは言えない状態だ。育ちがよく、どちらかといえばおっとりした性格の鳳には、とてもじゃないが割り込めるとは思えなかった。
 この分では、パン類は全て売り切れてしまうだろう。鳴り出した腹をさすりながら、鳳は途方に暮れる。
「あれ、鳳やん」
 呆然と立ちつくす鳳に、背後から声がかかった。部活の先輩である忍足が、おもしろいものを見たという顔で立っている。
「なんやの、パン買いに来たんか?」
「ええ。弁当を忘れてきてしまったみたいで」
「ははは。自分意外と抜けてんねんな」
 楽しそうに笑われ、鳳は苦笑した。出会ったのが忍足でよかったと、内心ほっとする。こんなところを、片想いしている宍戸にでも見られたら恥ずかしくてたまらないだろう。
「それやったら、一緒に頼んだったらよかったなあ」
「え?」
 忍足が、購買の人込みに目を向けた。つられて見ると、鳳もよく知っている声が耳に届く。
「おばちゃん、やきそばパンも!」
 髪を短く切りそろえた男が、カウンターに向かって叫んでいた。
「あれって……」
「宍戸や」
「すごい」
 宍戸は後ろから伸びてくる手にも負けず、カウンターに張り付いて最前列を死守している。
「じゃんけんしてな、宍戸が負けてん」
「はあ……」
 どうやら、宍戸は忍足の分も一緒に買わされているらしい。真剣な横顔が男らしいと、鳳は思わず見とれてしまった。
「自分、口開いとんで」
「えっ」
 忍足の指摘に、慌てて口を閉じる。今の間抜け面を宍戸が見ていなくてよかったと、鳳は赤面しながら俯いた。
「なんなら、自分の分もいま頼んだらどや」
 思いついたというように、忍足が言う。
「え、でも」
 止める前に、忍足が叫んだ。
「亮ちゃ〜ん! 自分とこのペットの分も頼むわ〜!」
「はあ!? 誰が亮ちゃんだ!」
 忍足の声に振り向いた宍戸の視線が、鳳で止まった。一瞬目を丸くして、すぐに顔をしかめる。
「お前、先輩使う気かよ?」
「え、あのっ」
 忍足先輩が勝手にと鳳が言い訳する前に、宍戸は更にパンを追加注文した。なんだか甘いものばかり頼んでいるような気がするのは、鳳に対する嫌がらせだろうか。
「忍足先輩……」
 恨みがましい目を向けても、忍足は楽しそうに笑うだけだった。


【完】


2005 03/04 あとがき