22:学級委員(鳳と跡部)


 昼休み、鳳はクラスの女子に呼び止められた。弁当を手に、いま正に教室を出ようとしていた鳳は、内心ため息をつきながら振り向く。早くしないと、目当ての宍戸は早々に食べ終わってどこかへ行ってしまうだろう。
「なに?」
 普段よりも無愛想な鳳に、女子は驚いたように目を瞬かせた。
「あの、今日委員会の集まりがあるって」
「え?」
「昨日、HRで先生が言ってたんだけど、鳳くん部活だって早めに出ちゃったでしょう?」
「ああ……」
 そういえば、昨日は急いでいてまともに話を聞かずに教室を出たような。そこでようやく、鳳は目の前にいる女子が同じ委員であることを思い出した。


 生徒会からの連絡があるということで、各クラスの学級委員は会議室に集められた。早く始まらないかと座っていると、周囲の女生徒達がざわめき始める。見ると、生徒会長である跡部が入ってくるところだった。
 テニス部の部長である跡部は、生徒会長も務めている。跡部が、ゆっくりとした動作で室内をぐるりと眺めた。それだけで、辺りは静まりかえる。真剣な面もちで黙り込んだ一同に、鳳は素直に驚いた。テニス部の練習中もそうだが、そこに跡部がいるというだけで緊張が走り、皆一様に真面目に取りくむのだ。
 さすが、跡部部長。そのカリスマ性は、生まれつきのものだろうか。跡部の端正な顔を眺めながら、鳳はぼんやりと考える。
 外国の血が入っているのか、跡部は全体的に色素が薄く、まるで人形のように整った顔立ちをしていた。成績はもちろん優秀で、テニスを始め、スポーツ全般をそつなくこなす──どころか、もしかすると真面目に練習している者より上かも知れない。当然教師からの覚えもめでたく、校内での重要な仕事は全て任されているほどだ。
 欠点らしい欠点と言えば、俺様な性格ぐらいのもので、それだってほとんどの女生徒には長所だと受け止められる。
 だが、鳳が跡部を羨むのは、そこではなかった。どれだけ人気があろうと、好きな人に見てもらえなければ、何の意味もない。
 跡部は、鳳の思い人である宍戸の幼なじみだ。鳳の知り得ない、今より幼い頃の宍戸とともに過ごしてきた。その時間が、何よりも羨ましかった。
 鳳は、他の後輩よりも宍戸に近い存在であると自覚していたが、跡部には遠く及ばないであろうこともわかっている。


「そこの二年!」
 突然跡部から指さされ、鳳は硬直した。
「は、はいっ!?」
「てめえ、俺様が話してるときにぼけっとしやがって、何様のつもりだ? アーン?」
 どうやら、跡部はぼんやりとしていた鳳に目をつけたらしい、不機嫌そうに口元をゆがめている。皆の視線が集まり、羞恥に顔を赤くしながら鳳は腰を浮かせた。謝罪の言葉を口にすると、再び座り込む。跡部はまだ不満そうに鳳を見ていたが、それ以上咎めることはせず、そのまま次の話にうつった。隣の女子が大丈夫かと声をかけてきたのに頷いて、鳳は身体を縮こまらせる。ああもう、最悪だ。
 跡部が鳳を注意したのは、単に自分の話を無視されて不愉快だったからだろう。跡部をライバル視しているのは、自分だけなのだ。
 跡部も、恐らく自分と同じ感情を宍戸に対して抱いている。自分が跡部の気持ちに気づいているように、跡部も鳳の気持ちに気づいているはずだというのに、全く問題視されていない。障害だとも思われていないのだ。
 それが、無性に悔しい。
 単なる学級委員である自分と、全校生徒の上に立つ生徒会長である跡部。それだけで、差をつけられているように感じた。鳳が睨むように見据えても、跡部は全く気にしない様子で書類に目を落としている。自分など取るに足らない相手だと言われているようで、鳳は思わず握った拳に力をこめた。


 昼休みの半分が過ぎたところで会議が終わり、解散となった。廊下に出た跡部を追いかけ、渡り廊下の端で捕まえる。鳳の呼びかけに足を止めた跡部が、ゆっくりと振り返った。
 ポケットに手を入れたまま無言で促され、鳳は口を開く。
「あの、俺、跡部部長のこと、尊敬してます」
 鳳の言葉に、予想外だったのか跡部が眉間にしわを寄せた。足下に視線を落としながら、鳳は続ける。
「テニスプレイヤーとして、純粋にすごいと思ってますし、他にも、いろいろ……」
 大きく息を吸うと、ぐっと、身体の脇で強く拳を握った。
「今は無理でも、俺、跡部部長に認められるような男になりたいって、そう思うんです。俺、」
「おい」
 一気に喋ろうとする鳳を遮って、跡部が気だるげに言葉を発する。
「言う相手、間違ってんじゃねーのか」
「え?」
 顔を上げると、跡部の呆れたような顔が目に入った。
「てめえが。本当に認められたいと思ってんのは、誰だ?」
 その言葉に、鳳は目を見張る。眉を上げて、跡部が肩をすくめた。
「少なくとも俺じゃねえはずだ。違うか?」
 答えられずにいる鳳に、小さく息を吐いて跡部は背を向ける。遠ざかる背中を、鳳は黙って見つめていた。


 そうだ。自分が、本当に認められたいと思っている相手は、跡部ではないはずだ。誰よりも、自分を見て欲しいと思っている相手は。
「……部長に、教えられるとはなあ」
 この分では、まだまだライバルになれるのは遠そうだと、鳳は嘆息した。


【完】


2005 03/28 あとがき