93:2月13日(鳳と宍戸)


 元からそれほど散らかっていない部屋を片づけながら、鳳長太郎は本日幾度目かのため息をついた。勝負は、明日。明日になれば、思い人である宍戸に会える。明日の土曜日、宍戸に会ったらこう言うのだ。二月十三日の日曜日、俺の家へ泊まりに来ませんか。
 その瞬間を想像し、鳳は倒れるようにベッドへすがりついた。
「ああ、もう……」
 ちょっと考えただけで、こんなにも心臓が高鳴っている。実際口にしたりしたら、自分は死んでしまうのではないだろうか。
 そんな、端から見れば馬鹿だとしか言いようのないことを思いながら、鳳は掃除を再開した。


 偶然を装うというのは、案外難しいものだ。鳳と宍戸のように、学年が違う者同士ならなおのこと。鳳は三年生の下駄箱の前をうろうろしながら、昨夜寝ずに考えてきた台詞を頭の中で反芻する。
 まず、偶然ですね、おはようございますと挨拶をして。宍戸が挨拶を返してくれたら、機嫌の良い証拠だ。世間話のように、明日の日曜は親が不在だと口にして。それから、言うのだ。
 よかったら、宍戸さん泊まりに来ませんか。
「……ああ、だめだ〜っ」
 唐突に叫ぶと、鳳は頭を抱えてその場にしゃがみこむ。考えただけで、顔から火が出そうだ。ひとりしゃがみ込み唸っていると、背後から声がかかった。
「なんか不審な奴がおると思たら、鳳のぼっちゃんかい」
「お、忍足先輩!?」
 忍足と宍戸はクラスメートで、仲も良い。まさか宍戸も一緒だろうかと慌てて立ち上がり周囲を見渡したが、どうやら忍足はひとりのようだ。ほっと息をつくと、忍足が顔をしかめる。
「なんや、文句でもあるんか」
「い、いえっ」
 首を振る鳳に、忍足がふ〜んと何かを探るように顔を近づけてきた。まさか自分の考えがばれることはないだろうと思いつつも、鳳は不安に一歩後退する。
「まあ、ええわ」
 そう言うと、忍足は下駄箱を開けて靴を取り出した。解放してもらえたのかと、鳳は胸をなで下ろす。靴を履き替えた忍足が、そのまま教室へ行こうとして足を止めた。
「そういえば、もうすぐバレンタインやな」
「そ、そうですね」
 嫌な予感に、鳳は冷や汗をかく。忍足が、にやりと笑った。
「自分、確か誕生日やんな」
「……!」
 意味深な笑みを残し、忍足は去っていく。その背を見つめながら、鳳は硬直した。忍足は、もしや気づいたのだろうか。誕生日やバレンタインなどのイベントごとには無頓着な宍戸を、日曜を口実に誘ってひそかに前祝いをしてもらおうという、自分の計画に。
「あれ、長太郎じゃねえか」
 鳳が呆然としているうちに、宍戸がやってきてしまった。突然声をかけられ、鳳はパニックに陥る。ええとええとええと、自分はなんて言うつもりだっただろうか。昨日から用意していた台詞は、すでにどこかへ消え去ってしまっている。
 宍戸が、首を傾げながら上履きを履いた。
「ぐ、ぐーぜんですね!!」
 ようやく思い出した言葉を吐くと、驚いたのか宍戸は妙な顔をしている。顔を真っ赤に染めながら、鳳は続けた。
「おはようございます!」
「あ、ああ……」
「あの、今日の夜から、うち、親いないんすけど!」
「あ、そーなのか?」
 ふーんという顔で、宍戸は履いてきたスニーカーをしまう。三年の下駄箱で赤い顔をして叫ぶ鳳はかなり奇異な存在だったが、宍戸はいつものことなので気にしていないようだ。
「よかったら、うち、泊まりにきません……か?」
 肝心の部分だけを小声で言うと、鳳は口を閉じた。宍戸が、僅かに眉を寄せる。なんだか機嫌が悪そうだと気づいて、鳳は焦った。なにかマズイことを言ってしまっただろうか。
「お前、俺にメシ作らせる気かよ?」
「えっ! 作ってくれんすか!?」
 どう宍戸を誘うかということにばかり気を取られて、そこまでは考えていなかった。宍戸の言葉に、鳳は顔を綻ばせる。
「いや、誰も作るとは……」
「俺、すっごい嬉しいです! 感激です!」
「いや、だから……」
「宍戸さんの手料理……!」
 神様ありがとうと、とうとう別の世界へいってしまった鳳に、宍戸はげんなりした表情でわかったと頷いた。


 HRが終わると、鳳は一目散に三年の教室まで走った。昇降口で待っていてもよかったのだが、少しでも早く宍戸に会いたいという思いが鳳をせかす。宍戸の教室は、三階の一番突き当たりだ。三階まであがったところで、宍戸が忍足達とやってくるのが見えた。
「宍戸さん!」
「よお。早いな」
「はいっ」
 駆け寄ろうとしたところで、宍戸の背にジローがぶらさがっていることに気づく。まさか、ジローまで鳳の家へついてくるのだろうか。宍戸はジローとは幼なじみで、なにかと甘やかしていた。ジローがついていきたいと言えば、宍戸は反対しないだろう。
 青ざめたまま突っ立っている鳳に、三人が近づいてくる。
「おーとり」
 ジローに間延びした口調で呼ばれ、鳳は身を固くした。
「は、はいっ」
「亮ちゃんはあ、流されやすいとこがあるから俺心配なんだよね〜」
 やはり、ついてくるという宣言だろうか。宍戸とふたりでどう過ごそうか楽しみにしていた鳳は、一瞬にして天国から地獄へ突き落とされる。
「ジロー先輩……」
 恨みがましい目で見つめると、ジローは宍戸によりかかっていた身体を起こした。鳳の肩に手をかけ、耳元へ口を寄せてくる。
「亮ちゃん泣かしたら、ゆるさねーかんね」
 いつになく低音で囁かれ、その鋭さに鳳は身体を震わせた。それから、ジローは邪魔するつもりはないのだと気づいて目を見張る。
 真剣な顔で見上げてくるジローに、こちらもまじめな顔で頷いた。
「俺だって、宍戸さんには笑っててもらいたいですから」
「あっそ」
 素っ気なく言って、ジローが鳳から手をはなす。亮ちゃん行ってらっしゃいと、宍戸を鳳のほうへ押してきた。
「押さなくてもいいって」
 じゃあなとジロー達へ手を振って、宍戸が鳳の隣に並ぶ。
「行こうぜ」
「は、はいっ」
 宍戸とともに歩き出した鳳へ、ジローの不吉な言葉が届いた。
「跡部がなんてゆーか、わかんないけどね〜」


 電車はそれほど混雑しておらず、二人は並んで座ることが出来た。いつもと同じ風景だというのに、宍戸と一緒だとなんでも新鮮に映る。
「なんかお前、嬉しそうだな?」
「宍戸さんと一緒ですから!」
「あ……そ」
「はいっ」
 満面の笑みを浮かべる鳳に、少しひきつった顔で宍戸が窓の外へ目を向けた。
「電車乗んのひさしぶり」
「宍戸さんは歩きかバスですもんね」
「ああ。よく知ってんな」
 軽く微笑まれ、鳳はどぎまぎしながら後ずさる。宍戸が、訝しげな顔をした。
「あ、あの、そろそろ着きます!」
「あ、そーなのか?」
 あっさりと納得したらしく、宍戸は立ち上がって扉に向かう。
「開くのこっち?」
「あ、はい」
 隣に立つと、間もなく電車がホームへ止まった。改札をくぐって、鳳の家へと向かう。
それほど開けていない駅前を歩きながら、宍戸が途中のスーパーで足を止めた。
「食料買ってこーぜ。お前金ある?」
「あ、はい」
 親から渡された食事代は、確か財布に入れたはずだ。中身を確かめて、鳳は行きましょうとスーパーへ入る。
 カートにカゴを乗せ、野菜売り場から見ていくことになった。
「お前、嫌いなもんとかねえよな」
「はい、特には」
 メニューは決まっているのか、宍戸は値段を見ながら次々カゴに放り込んでいく。制服を着た男二人という取り合わせが珍しいらしく、二人は周囲から注目されていた。恥ずかしいような、見せつけたいような。ほんのり頬を染めながら、鳳は宍戸についてカートを押す。
 なんだか、まるで宍戸と結婚でもしたみたいだ。不意に浮かんだ考えに、鳳はいっそう顔を赤らめた。
「長太郎?」
「は、はいっ」
「醤油とかはあんだろうな」
「あ、多分……」
 家の台所になど、立ったことがない。首をひねる鳳に、宍戸が使えない奴だとため息をつく。
「す、すみませーん……」
 大きな身体を縮こまらせて謝ると、まあいいけどと笑われた。会計をすませ、店を出る。荷物を運ぶのは、鳳の役目だった。
 外の寒さに、寒いと宍戸がポケットに手を突っ込む。その手を繋いであっためてやりたい衝動にかられたが、あいにく両手はスーパーの袋でふさがっていた。
「まあ、きっと嫌がられるだろうけど」
「あ? なんかいったか?」
「いえ、なんでも」
 こっちですと案内しながら、鳳は自宅へ急いだ。


 二食作るのは面倒だからと、昼食はできあいのもので済ませた。自分の家に宍戸がいるという状況に落ち着くことができず、鳳は始終視線を彷徨わせる。気づいているのかいないのか、宍戸はごく普通に食事をとっていた。意識しているのは自分だけらしいと鳳は落ち込んだが、そもそも宍戸が自分を意識していたら、家へやって来たりはしなかっただろう。そう思って、鳳は宍戸が鈍くてよかったなどと失礼なことを考えた。
「さーてと、食ったし、後なにする?」
「あ、この間買ったゲームがあるんですけど」
 タイトルを言うと、宍戸が目を輝かせる。やってみたかったのだと笑う宍戸に、部屋へ行きましょうと声をかけた。
 二階の自室へ案内すると、宍戸が目を丸くする。
「ずいぶん広い部屋だな」
「そうですか?」
 十二畳ほどの部屋に、ベッドと机、ソファーと大型のテレビが置いてあった。テレビの前を陣取って、宍戸が叫んだ。
「げっ! ソファーまであんのかよお前! 金持ちは違うよな〜」
 あてつけがましく言われ、鳳は困り果てる。
「ええと、すみません」
 申し訳なくなって謝ると、宍戸が困った顔で振り向いた。
「そこで謝んなよ……」
「す、すみなせん」
 眉尻をさげたままの鳳の頭を、ぽんぽんと宍戸が叩く。少しも痛くないそれに、鳳は目を見開いた。
「さ、やろうぜ」
「はいっ」
 いそいそとゲーム機を引っ張り出すと、テレビに接続する。ソフトの入った引き出しを覗いて、宍戸が声を上げた。
「うわ、これもやってみたかったんだよな〜」
「どれでもいいっすよ」
 鳳がにっこり笑って言うと、宍戸はいつになく上機嫌で幾つかのソフトを引っ張り出す。実は鳳にゲームをする習慣はなく、どれも宍戸と話を合わせるために買って貰ったものだ。宍戸の好みをそれとなく聞いておいてよかったと、鳳はコントローラーを握る宍戸を微笑ましく見つめた。
 ゲームに夢中になっている宍戸は、普段よりも幼く見える。かわいいなあ。口に出したら怒鳴られること間違いないので、そっと心の中で思う。ミスをしては悔しそうに顔を歪め、うまくいったと手を叩いて喜ぶ宍戸の姿は、試合中のそれと似ているようで似ていない。テニスをしている宍戸の真剣な表情も好きだが、今のように年相応にはしゃいでいる宍戸も好きだ。
 見られていることに気づいて、宍戸が顔をしかめる。
「なんだよ?」
「いえ」
 少し考えるそぶりをした後、宍戸が対戦しようともう一つのコントローラーを投げてきた。少し離れたところへ座っていた鳳へ、こっちへ来いと宍戸が自分の隣を叩いて示す。どぎまぎしながら近づくと、ふわりと宍戸からミントの香りがただよってきた。
「あ」
「ん?」
「いえ、ガム噛んでんすか?」
「ああ。食うか?」
 宍戸はポケットからガムを取り出すと、鳳へ差し出してくる。一瞬迷って、鳳はガムを受け取った。微かに触れた指先に、胸が高鳴る。赤くなった頬を誤魔化すように、礼を言ってガムを口へ放り込んだ。


 日の暮れる時刻が迫って、そろそろだろうかと鳳は落ち着きを失った。ソファーに寝ころんで雑誌を眺めていた宍戸が、顔を上げる。
「腹へったのか?」
「はいっ!!」
 勢い込んで頷く鳳に、宍戸が笑った。
「わかったわかった。すぐ作ってやるよ」
 雑誌を傍らにおくと、宍戸が立ち上がる。鳳も慌てて後を追って部屋を出た。キッチンへ行くと、宍戸が冷蔵庫へ入れておいた食材を取り出す。手伝いを申し出たが、いらないと断られた。
「お前、なんか指とか切りそー」
「そんなことは……」
 ないとは、言えないかも知れない。反論しようとして、調理実習時の悲惨さを思い出し、鳳は曖昧に笑う。宍戸はいいから座ってろと鳳を追い出した。
 言われた通りリビングのソファーへ腰掛けると、キッチンに立つ宍戸の背を眺める。調味料や鍋などを取るためにちょこまか動き回る宍戸が、愛しくてならない。なんて、なんて可愛いんだろう。好きだ。すごく好きだ。思ってるだけで伝わってしまったりしないだろうかと、鳳はひとり緊張した。
 手早く調理を終えた宍戸が、皿を運べと鳳を手招きする。素早く立ち上がると、宍戸の元へ急いだ。あたたかな料理の乗った皿を手渡され、なんだか新婚さんみたいだという考えが再び浮かんで、顔を赤くする。こんなことを考えるのは、やっぱり自分だけなんだろうけど。
 たまに一人暮らしをしている忍足へ手料理を振る舞っているらしい宍戸にとっては、特別なことではないのだろう、全く気にしない素振りで料理を盛りつけていた。それを横目で見ながら、鳳はテーブルまで料理を運んだ。
 運び終えたところで、宍戸がなにかを冷蔵庫へ入れたことに気づく。
「それ、なんですか?」
「ああ。明日の朝飯」
「一緒に作ったんですか?」
 すごいなあと、料理のできない鳳はひたすら感心した。何度も繰り返し褒めると、宍戸が顔を赤くする。
「別に、トーストに挟むだけのやつだし」
「でもすごいですよ」
 本気で感動しているのがわかったのだろう、宍戸は更に顔を赤らめた。
「もう、いいから食おうぜ」
「はいっ」
 テーブルに並んだ料理は、いかにも家庭料理という風で、宍戸は家でいつもこういうものを食べているのだろうと考えると、それだけで嬉しくなる。
「いただきます」
「おう」
 どれを口にしても美味しいと言う鳳に、大袈裟な奴だと宍戸が肩をすくめた。
「おおげさなんかじゃないっす! ほんとに美味いっすよ。うちほとんど洋食なんで、こういう煮物とか珍しいですし」
 にんじんを箸でつまみながら言うと、宍戸が目を向けてくる。
「そうなのか?」
「はいっ」
「そういや味付けとか平気かよ? 俺濃いの好きだからなー」
「そうですか? 気づきませんでした」
 確かに普段食べているものより濃いような気もしたが、鳳にとっては宍戸が作ってくれたものだということが何より重要なのだ。美味い美味いとよく食べる鳳に気をよくしたのか、宍戸が嬉しそうに笑う。
「そんなに美味そうに食ってもらえると、作った甲斐があるよ」
「だって美味いですもん」
「おかわりいるか?」
 お願いしますと差し出した茶碗を受け取ると、宍戸は席を立った。
「また作ってやろうかなって気にもなるしよ」
 去り際の言葉に、鳳は目を見開く。
「お、俺はいつでも大歓迎っすよ!!」
 思わず立ち上がって叫んだ鳳に、宍戸が振り返って目を丸くする。
「あー、機会があったらな」
「楽しみにしてます!」
 その後幾度かおかわりをして、夕飯を終えた。流しに食器を運ぶと、洗うから風呂入ってこいよと言われる。
「えっ、いいっすよ、俺洗います!」
「や、なんかお前、皿割りそうだし」
「……」
 身に覚えのある鳳は、頬を染めてすみませんと言った。
「あ、でも確かこれで食器洗えますよ」
 流しの横は、全自動の食器洗い・乾燥機になっている。母親が食器を洗っているところなどほとんど見たことがないと、鳳は乾燥機の扉を開けた。
「あー、でもいいや。使い方わかんねえし、自分で洗わねえとなんかすっきりしねえし」
「そうっすか?」
「洗剤とスポンジはあるし、大丈夫だろ」
「じゃあ、すみません」
 お願いしますと言い残して、鳳は脱衣所に向かう。先輩より先に入っていいものだろうかと迷ったが、宍戸が入れと言ったのだからとそのまま入浴することにした。宍戸も後でこの風呂に入るのだと思うと、妙に緊張してしまう。


 風呂から上がると、洗い物を終えた宍戸がテレビを見ているところだった。
「上がったか」
「はい。宍戸さんもあったまってきてください」
「おう」
 入れ違いに出ていこうとして、宍戸が振り向く。
「あ、そーだ。着替え貸してくれよ」
「あ、はいっ」
 突然誘ったのだから、宍戸が着替えを持っている筈がなかった。鳳は慌てて自分の部屋へ戻ると、新しいパジャマと下着を取り出す。これを、宍戸が身につけるのだ。
「……やばい……」
 今にも倒れそうなぐらい顔が火照って、鳳はベッドに突っ伏した。
「長太郎? 具合でも悪いのか?」
「し、宍戸さんっ!?」
 様子を見に来たのか、宍戸が駆け寄ってくる。のぼせたのかと心配そうに顔をのぞき込まれて、咄嗟に手を伸ばして引き倒してしまった。
「長太郎……?」
 驚いているのか事態が飲み込めていないのか、宍戸はぼんやりとした顔で鳳を見上げてくる。
 こんなにも間近で宍戸の顔を見るのは、もしかして初めてかも知れない。自宅にふたりきり、しかもベッドの上という状況に、鳳は急速に鼓動を早める。顔どころか、身体中が熱をもって、暑くて暑くて仕方がない。この熱から解放されたい一心で、鳳は口を開いた。
「宍戸さん、俺っ、俺っ」
 好きだと、自分の想いを伝えてしまいたい。普段なら散々悩んだ挙げ句、絶対口にできないのだけれど。今なら、言えるような気がした。
 熱に浮かされたように好きだと続けようとしたそのとき、宍戸の手が鳳の頬に伸ばされる。
「お前、顔真っ赤だぞ。大丈夫か?」
「あ……」
 自分を心配する宍戸の声に、鳳は我に返った。ずるずると、力無くベッドの脇に座り込む。宍戸が身を起こして、不安そうに見下ろしてきた。
「あの、俺……あさって、誕生日なんですよね」
「あ? そうなのか?」
 唐突に変わった話題に、宍戸が目を丸くしたのがわかる。なんだよと、宍戸が鳳の目の前にしゃがみ込んできた。
「もっと早く言えば、あれより豪華な飯作ってやったのに」
 宍戸が、苦笑しながら鳳の頭を撫でる。労るように触れられ、じわりと胸があたたかくなった。いいんですと、首を振る。
「俺、今日すごく嬉しかったから」
「そうかあ?」
 宍戸の、貴重な時間をわけてもらったのだ。これ以上に嬉しいプレゼントなど、存在しない。
「じゃ、明日はお前の好きなとこ連れてってやるよ」
 立ち上がりながら、宍戸がなにげなく言った。
「えっ」
 まだ床に座り込んだまま、驚きに顔を上げる。宍戸が、にやりと笑った。
「ただし、金かかんないとこな」
 自分を祝ってくれるつもりなのだと、喜びに顔が紅潮する。
「あ、ありがとうございます!」
「お前、また顔赤いぞ?」
「大丈夫です!」
 立ち上がると、宍戸に着替えを渡した。宍戸が部屋から去って、鳳は仰向けにベッドへ転がる。
 明日は、どこへ行こう。外は冷えるだろうけれど、宍戸と一緒なら。自分はけっして、寒さなど感じないだろう。
 浴室から宍戸の呼ぶ声が聞こえて、鳳は部屋を飛び出した。


【完】


 お誕生日おめでとう!


2005 02/19 あとがき