01:桜 (ジロー&忍足)


「おい忍足」
「なんや」
「アレはどうした、アレは」
 不機嫌そうな跡部の言う「アレ」がなにを示しているのか、わかってしまった自分を忍足は呪いたくなった。
 わかってしまったからには、捜しに行かねばならない。
「13時から監督が来る」
「あいあいさー」
 跡部の言葉を、「それまでに連れてこい」と解釈した忍足は、わざとらしく敬礼までして見せた。
 そんな忍足を忌々しそうに一瞥し、跡部はさっさと行って来いと手で示した。


「じーろちゃんっ、寝とったら返事してな〜。って、寝とったら返事できひんやん!」
 いい加減捜し回るのに疲れた忍足は、むなしく一人でぼけて突っ込むという技を披露していた。
 天気もええし、ここにおるかと思ったんやけど……。
 わざわざ上履きに履き替えて屋上まで足を運んだというのに、無駄骨に終わりそうだ。
 忍足はため息を吐きながら、腕時計に目を落とした。
「うわ〜、太郎ちゃんが来るまで、もう三十分もないやん……」
 まだ昼飯も食うてへんのに。
 いっそのこと、このままさぼってやろうか。
 そこまで考えたとき、何やらおかしなものが忍足の視界に入った。
 中庭に植えられている、桜の木。
 今はどれも、文字通り桜色の花を咲かせている。
 その、桜色の中に混じっている黄色いものは……。


「こんなとこにおったんか……」
 中庭まで降りた忍足の足下には、桜の花びらに埋もれながら眠るジローの姿があった。
 一面桜色が広がる世界に、ジローの黄色い頭だけが異質なものとして浮かび上がる。
 まるでそれを隠そうとするかのように、ひとつ、またひとつと、花びらがジローの上へ舞い落ちた。
「ジローちゃん?」
 なんだか、このままジローが消えてしまうような気がして。
 桜の花びらに、溶けてしまうような気がして。
 不安にかられた忍足は、花びらをかき分けるようにしてジローを揺さぶった。
「ジロー、ちゃん、」
「……ん〜?」
 程なく、忍足に応えるかのようにジローの身体が動いた。
 それだけのことなのに、何故だか忍足は酷く安心しながら、更に花びらを払いのけていく。
 叩くように払う忍足に、ジローが痛いと呻いた。
「忍足、痛いよ」
「あ、ごめんな。つい……」
「桜、ついてた?」
「ああ……」
 まだ寝ぼけているのか、焦点の定まらない様子でジローが身体を起こす。
 それから片膝をついている忍足を見上げ、手を伸ばしてきた。
 ジローの手が、忍足の耳を掠める。
「ジロ……」
「忍足も、ついてる」
 ジローの手には、一片の桜の花びらが握られていた。
 微笑むジローの顔が意外に間近にあったので、忍足は慌てて後ずさった。
「あー、でも忍足は、桜似合うから」
「え?」
 言うなり、ジローは地面に積もった花びらを両手ですくうと、忍足の頭上へぶちまける。
 途端に視界に広がる、桜色。
 忍足には、それがジローと自分とを隔てる境界のように思えて。
「ジローちゃん!」
「わっ!?」
 気づいたとき、忍足はジローに抱きついていた。
 支えきれず、ジローがその場にひっくり返る。
「忍足〜?」
「……」
 何も言わない忍足の頭を、ジローがそっと撫でてきた。
 その手の優しさに、なんだか忍足は無性に泣きたくなって。
 ジローのジャージを強く握りしめた。



 【完】



2003 11/14 あとがき