帰り道(切原と宍戸)


 駅までの道のりを歩きながら、切原はずっとこうしていたいと思った。せっかくもう一度つきあえることになったのだから、家になど帰らずに宍戸と一緒にいたい。
 けれど明日も学校がある宍戸は自宅に戻らなければならないし、切原だって電車を乗り継いで神奈川まで戻らねばならなかった。
 乗り込む電車すら違うので、駅に着いたら別れなければならない。
 次に会えるのは、一体いつになるだろう。
 前から歩いてくる親子連れの声に、切原は我に返る。繋いでいた宍戸の手が微かに離れて、このまま解かれてしまうのだと思った。
 いくら恋人同士だとはいえ、男同士で手を繋いでいるのはおかしいのだから。切原は気にしないが、宍戸は人前でこういうことをするのを嫌う。
 だが、予想とは反対に、手を更に強い力で握り返される。驚いて顔を上げると、宍戸はうっすらと頬を染めて、前を見ていた。
 どう思われたのか、親子連れはほほえましそうに二人を見て、何も言わずに去っていった。
 呆然と見上げる切原を一瞥すると、宍戸はなんだよとふて腐れたように呟く。
「う、ううんっ」
 嬉しくて、──自分を想ってくれる宍戸の気持ちが嬉しくて、切原は首を振った。
 先のことを考えて落ち込むのは、もうやめよう。だって、今しあわせなんだ。その気持ちを、大切にしたいと思った。
 話題を変えようと、切原は宍戸の身につけている制服に目をとめる。今日は休日だというのに、宍戸は制服を着ていた。
「そういえば亮くん、なんで制服着てるんすか?」
「あー、補習受けてた」
「へえ。受験生は大変なんすね」
 学校からわざわざ駆けつけてくれたのかと、切原は繋いだ手を振った。
「まー、出席日数足りてりゃあ、大体そのまま高等部に持ち上がりなんだけどな」
「そっかー」
 できれば同じ学校に通いたいのだけれど、無理は言えないしと切原は心の中で思うだけにした。
 ちらりと横目で切原を見ると、宍戸がなにげない口調で言う。
「立海に来ればいいのに、とか思ったろ」
「なっ、なんでわかったんすか!」
 ずばり言い当てられ、切原は羞恥に顔を赤くする。
 宍戸はにやりと笑うと、同じこと考えていたからと呟いた。
「お前が、氷帝に来ればいーんだよ」
「えっ」
 予想外の言葉に切原が驚くと、宍戸は考え込むように眉根を寄せる。
「あー、でもお前来たら来たでうるせーだろうし、やっぱいいや」
 しみじみとした口調で言うと、宍戸は首を振った。
「なんすかそれ!」
 ひどいとわめくと、宍戸が笑った。
 ほんとうに、死ぬほど勉強して氷帝に入ってやろうか。外部からだと相当難関だろうけれど、いざというときはスポーツ推薦という手もあるのだ。
 だが、その前にまず、幸村達を倒さねばならない。立海で一番になるという目標を達成できないまま去るだなんて、切原のプライドが許さなかった。
「俺、テニスがんばるっすよ!」
 突然決意を口にした切原に、何も知らない宍戸は一瞬ぽかんとして、頑張れと励ましてくる。
 もしも同じ学校に通えることになったら、嫌っていうほどついてまわってやるんだから。
 想像して、切原は笑った。


 そろそろ駅に着くというところで、宍戸が立ち止まった。
「亮くん?」
 どこか店にでも寄りたいのだろうかと、切原は首を傾げる。宍戸が、珍しく地面に視線を落としたまま言った。
「お前さあ、……うち、泊まってくか?」
 目を丸くした切原がその言葉を理解するまで、数秒かかった。
「えええええええええ! い、いいんすか!?」
「うるせえよお前!」
 思わず叫んだ切原に、宍戸も怒鳴り返してくる。周囲の目が二人に集まったが、切原はそれどころではなかった。
「だ、だって……!」
 無理を言って泊まらせてもらったことはあったが、宍戸から誘われたのは初めてのことだ。しかも、明日は平日でお互い学校があるというのに。
 宍戸も、自分と同じように離れがたいと思ってくれたのだろうか。
 下を向いたままの宍戸の横顔が、だんだんと赤く染まっていく。
「いやならいい!」
 耐えきれなくなったのか、宍戸は足早に歩き始めた。
「あ、待ってくださいよ! 俺すげえ嬉しいっす! ただ、ちょっとびっくりしただけで!」
 振りほどかれそうになった手に慌ててしがみつくと、ようやく宍戸の歩調がゆるまる。仏頂面のまま、宍戸が言った。
「親が」
「はい?」
 唐突な言葉に、切原は首をひねる。
「なんか、お前が心配してたっつってて。お前、こないだ来たとき会ったろ?」
「ああ……」
 家の前で会ったときのことだろう、切原は頷いた。どうやら、宍戸の母親が切原のことを気にしているらしい。
「で、だから、……」
 口ごもっている宍戸に、切原はわざと明るい口調で言い放った。
「おかーさんに彼氏だって紹介してくれんすか!」
「ばーか!」
 言葉とともに額を弾かれ、切原は痛みにうめく。
 それでも繋いだ手は離さないまま、二人は改札をくぐった。


【完】


2005 02/02 あとがき