俺の野望(切原と宍戸)
 
 
「そういえば、聞きました? 県大会と都大会、同じ日にやるらしいっすね〜」
「あー。みたいだな。ま、仕方ねえんじゃね?」
 なんだそんなことか、という風に言う宍戸に、切原は顔を上げる。
「仕方ないってなんすかー!」
「な、なんだよ?」
 切原が拗ねた表情で詰め寄ると、宍戸は驚いたように瞬きした。
 あ、かわいい。とくんと、鼓動が跳ね上がる。
 それに気づかない振りをして、切原は言葉を続けた。
「だって、せっかく亮くんの試合観に行こうと思ったのにー」
「ああ……、そっか。でもまあ、俺出るかわかんねえし?」
「えっ!?」
 今度は、切原が驚く番だった。
 宍戸は正レギュラーのはずだ。試合に出ないかも知れないとは、どういうことなのだろう。
 慌てた切原が身を起こすと、寝転がったままの宍戸が悪戯っぽく笑った。
 だからどうして、この人はこんなに俺を煽るような真似をするのだろう。
 無意識に行っているであろうその仕草に、切原は、落ち着け落ち着け、と心の中で唱えた。
「うち人数多いだろ? 都大会までは、試合に慣れさせる意味もあって、ダブルスは準レギュラーが出るんだよ。で、シングルスには正レギュラーが入るんだけど、試合前日ぐらいにじゃんけんとかで決めるから、まだ誰が出るかわかんねえってわけ」
「……じゃんけん……」
 宍戸の言葉に、切原は目を丸くした。
 じゃんけんでオーダーを決めるだなんて、うちの先輩が聞いたらどんな顔をするだろう。
 そんな、適当な決め方で良いのだろうか。
 余程おかしな顔をしていたのだろう、宍戸が切原の顔を見て吹き出した。
 肩を震わせ、体を小さくする。長い髪が、まだ裸のままの切原に触れ、くすぐったかった。
「……そんな、笑うことないじゃないっすか……」
「あっはは、だってお前、すげー変な顔してんだもん!」
「ひどっ! どんな顔も男前だって言ってくださいよー」
「ああ? ちょーし乗ってんじゃねえよ」
 ぺちっと、額を叩かれる。
 ちっとも痛みを感じないその行為に、宍戸の愛を感じたような気がして。
 切原も、笑みを浮かべた。
「にしても、そんなオーダーの決め方、うちじゃ考えらんねえっす」
「あー。お前んとこ、部長怖そうだもんな?」
 部長、と言われ、切原は首を傾げる。
 立海の部長である幸村は、昨年の冬頃から部活には顔を出していない。
 宍戸は、どこで幸村を見かけたのだろう? それに、怖いって……?
 切原から見た幸村は、確かに部長に相応しい厳しい一面もあるが、基本的に穏やかで優しい人格をしていると思う。
 もしかして、宍戸は、勘違いしているのだろうか。
「亮くん、もしかして、うちの部長って、……帽子かぶってる人だと思ってます?」
「あ? じゃねえの? なんだっけ、あの、真田? とかいう」
「……それ、副部長なんすけど……」
 切原が神妙な面もちで言うと、宍戸は痛みも忘れたのか身体を起こし、大声で叫んだ。
「えええええええええええ!? 嘘だろ!?」
「や、マジっす。あの人は、どれだけ偉そうに見えても、副部長なんで。お間違えなく」
「嘘だろ……」
 呆然と呟く宍戸に、切原は目のやり場に困って視線を彷徨わせる。
 先ほどまでは布団にくるまっていたので、あまり気にしないようにしていたのだが、起きあがられると色々見えてしまって、どうすればよいかわからなくなる。
 日に焼けていない背中の白さが目について、切原はぎゅっと目を閉じた。
 閉じた途端、真っ暗な視界に先ほどまで腕に抱いていた宍戸の姿が浮かんできて、更には触ったときの感触やら何やらがリアルに蘇って、前屈みに突っ伏す。
「切原? どーした?」
「……あの、そのままじゃ、風邪引くと思うんすけど……」
「あー。服、着るか。とって」
 宍戸の服は、床の上で脱がしたまま散らばっていた。
 これを拾うためには、一度床におりなければならず、そうすると自分の身体が宍戸に見られてしまう訳で。
「……布団に潜ってればあったかいと思いますよ」
「なんだよ? 変な奴だな」
 訝しげな顔をしながら、宍戸は言われたとおり布団に潜った。
 素直でかわいい、などと思ったら、一層身体が反応してしまって。
 切原は、この人は俺を殺す気かも知れない、などと少しだけ恨めしく思った。
 求めることは簡単で、そうすればきっとこの人は応えてくれるだろう。
 それがわかっているから、切原は言い出すことが出来なかった。
 明日も朝練があるだろうし、これ以上無理をさせたくはない。
 布団の中で少し距離をとって転がると、切原は違うことに意識を向けようとする。
「うちの部長は、今ちょっと訳ありで出てないんすけど、真田副部長とは全然タイプ違う人っすよ。もっと繊細そうで、優しそう……かな。よく笑うし、あ、でもテニスは強いんすけどね」
「お前より?」
 宍戸が、笑いながら聞いてくるので、切原は口を尖らせた。
「……まだ勝てたことねえっす。でもその内、絶対勝ちますから!」
「そーか。お前も、部長に勝つのが目標?」
「そうっすね。あと、真田副部長と、柳先輩と……」
 言いながら、切原はあることに気づいた。
 お前も、ということは。他にも、部長を倒すことを目標にしている奴がいるってことで。
 それはもしかして、
「……亮くん、も?」
「ん?」
「亮くんも、打倒部長、っすか?」
 切原がそう訊ねると、宍戸は困ったように笑った。
 何も言われなくとも、その顔だけでわかってしまう察しの良い自分を、切原はこの時ばかりは恨んだ。
 きっと宍戸は、その相手を追いかけてテニスを続けているのだろう。そいつを負かすまでは、やめるつもりはないのだろう。
 それは、恋ではないのかも知れない。
 愛では、ないのかも知れない。
 けれど、それだけ強く宍戸に執着されている相手を、切原は羨ましく思った。
「氷帝の部長って、あのなんか、きらきらしてる人っすよね」
「きらきら! あはははは」
「どこいても目立つっつーか。もちろん、俺には亮くんのほうがきらきらして見えますけど」
「いらねーっつの、んなフォロー」
 あいつと一緒にすんな、と笑う宍戸を見つめながら、切原はこっそりと心の中で呟いた。
 あんたが追い求めるそいつを、もしも俺が倒したとしたら。
 今度は、俺を追いかけてきてくれますか?
 同じだけの、いや、それ以上の激しさで、俺を追い求めてくれるでしょうか。
 俺だけを、見ていてくれたらいいのに。
「関東大会、うちとぶつかるといいっすね」
「だな。それも、決勝とか?」
「ドラマチック! いいなあ、それ。絶対試合しましょうね?」
「それまで負けんなよ」
「あんたこそ」
 額を合わせて、笑いあう。
 
 
 関東大会か、それとも全国でか。舞台は、どこだっていい。
 俺は絶対、あんたが目標としている人を、この手で倒してみせる。
 
 
 そしたら、もう絶対。
 他の人になんか、目を向けさせないんだ。
 
 
 これが俺の、今の野望っす。
 
 
 【完】
 
 
 
 
 
2004 06/06 あとがき