07:休憩時間(忍足と宍戸)
合図と共に、コート内にいた部員達は皆休憩に入った。
宍戸は顔を洗おうと、水飲み場の方へ歩いていく。
鳳がいつものように後を追おうとして、何やら用のあるらしい日吉に捕まっていた。
「珍しいやん」
水飲み場には、先客がいた。
忍足が、顔を洗ったのか眼鏡を外したまま立っている。
見慣れないその素顔に、宍戸は少しだけ戸惑った。
「珍しいって、なにが?」
「一人でおるんが」
忍足の言葉に宍戸は首を傾げた。
宍戸としては、自分一人でいることが珍しいとは思えなかった。
宍戸が答えずにいると、忍足は目を細めた。
ちょいちょいと手招きされ、眼鏡がないから見えないのかと顔を近づけてやる。
と、素早い動きで抱き寄せられた。
「……忍足?」
「自覚、ないんか?」
耳元で熱っぽく囁かれ、宍戸は顔を赤くする。
忍足が、ふざけて抱きついてくるなんて、いつものことなのに、何故か普段のそれとは違うような気がした。
抵抗することも忘れ、宍戸は黙って忍足の次の言葉を待つ。
忍足はそんな宍戸をしばらく見つめた後、困ったやっちゃ、と首を振った。
「なに、……」
「そないかわええ顔されたら、期待してまうやん」
何を、と宍戸は疑問に思ったものの、忍足があんまり切ない顔をするので、口に出すのを憚られた。
宍戸は、ぱちぱちと、音を立てそうなぐらい大きく瞬きをくり返す。
忍足から目を逸らさずにいると、忍足は困ったように降参、と言った。
忍足の腕から解放され、宍戸はよろめいて水飲み場に手をつく。
「降参、って?」
「このままやと、我慢できひんってことや」
謎かけのような忍足の言葉に、宍戸の心は惹かれた。
答えを知りたいような、知りたくないような。
そんな思いが顔に出ていたのか、忍足が笑った。
その笑顔が、いつもの小馬鹿にしたような顔ではなく、見ているこちらの胸が痛むような、そんな笑い方だったから、宍戸は咄嗟に手を伸ばしていた。
なんだか、忍足をほおっておけないような気がしたのだ。
宍戸の手が、忍足の顔に届く寸前。それは、忍足の手によって捕らえられた。
ぎゅう、と痛いぐらいに強く掴まれ、宍戸はうめき声を漏らす。
「忍足……?」
「ようわからんって顔、しとるな」
「わかんねーよ。ぜんっぜん」
宍戸がそう言うと、忍足は眉を上げた。
それから、息がかかりそうなぐらい顔を近づけてくる。
「知ったら、後戻りできひんで。それでも、ええの?」
自然と高鳴る胸の鼓動に、聞かなくても答えがわかったような気がした。
【完】