52:友達(忍足と宍戸)
 
「侑士、また告られたらしーじゃん」
 今日発売の漫画雑誌をめくりながら、向日が思い出したようにそう言った。
 向日の言葉に、一緒に雑誌をのぞき込んでいた宍戸も顔を上げる。
 テニス部を引退し、暇になった二人は、毎日のように学校に近い場所にある忍足のアパートで時間を潰していた。
 忍足は、跡部には負けるがそれなりに女生徒に人気があるため、これまでも告白されることが度々あった。
 その全てを彼が素っ気なく断っていたのを知っていたので、今回もそうなのだろうと宍戸は思っていた。
 だから、気軽に聞けたのだと思う。
 だが、忍足は予想とは違う笑みを見せた。
「今度の子は、えらいべっぴんさんやったで」
「隣のクラスだろ? あの、今年もミス氷帝間違いなし、とかいう」
 侑士ばっかりずるいぜ、と向日が口を尖らせる。
 いつもとは違う忍足の柔らかい態度に、宍戸は急に不安になった。
 もしかして、忍足はその女とつきあうつもりなのだろうか。
 自分でも何がそんなに不安なのかわからないまま、宍戸はそう訊ねる。
 忍足は、少しだけ目を丸くして、それからまた笑った。
 その笑顔が、なんだかばかにしているように見えて、宍戸はムッとする。
「なんや宍戸、俺に彼女できたら嫌なん?」
「俺はむかつくぜー! 侑士に先越されたりしたら!」
「がっくんは、そうやろな」
「宍戸だって、むかつくよな?」
 向日にもそう聞かれ、宍戸は考え込んだ。
 忍足に、もしも彼女が出来たら。
 どうなるのだろう。
 自分は彼女を作ったことがないのでよくわからないが、あの跡部ですら、「女は色々うるせえから面倒だ」と言うぐらいなのだ。
 きっと、何もかも、彼女を優先させなきゃいけなくなるだろう。
 そうしたら、もう今みたいに忍足の家に集まることはなくなるのかも知れない。
 忍足と、休みの日に出かけたり、ビデオ見てだらだらしたりすることは、出来なくなるのかも知れない。
「それは、やだな」
 思わず、宍戸はそう呟いていた。
 そう口にした途端、その考えが宍戸の頭を支配する。
 忍足に、彼女ができたら、いやだ。
 宍戸は無意識に一人頷くと、顔を上げて忍足を見た。
 忍足が、何かを探るような目で宍戸を見ている。
「忍足に彼女できたら、もうあんま俺達と遊んだりできねえだろ? それは、やだな。つまんねえよ」
「宍戸……」
「お、おい、侑士」
 向日が、何故か慌てた様子で忍足の腕を引っ張った。
 その手を払うと、忍足は宍戸の目の前まで移動してくる。
 じっと、静かな目で見つめられ、宍戸は身体を固くした。
 からからになった喉に、宍戸は、ひどく緊張している自分に気づいた。
「なあ、宍戸」
「あ、ああ?」
「宍戸は、俺に彼女できたら嫌やねんな?」
「ああ」
 宍戸がはっきりそう言うと、忍足の目元が少しだけ和んだ。
 それにホッとすると、今度は困ったような顔で見つめられる。
 どうしたのかと、宍戸は首を傾げた。
「つまり、宍戸は俺に、彼女より大切にされたいっちゅーことやな」
「え?」
「彼女と遊ぶより、自分と遊んで欲しいねやろ?」
「あー、うん」
 なんだか、段々話がずれていっているような。
 宍戸は助けを求めて向日に目を遣ったが、向日は、がんばれゆーし、などと的はずれな声援を忍足へ送っていた。
 一体、忍足に何を頑張れと言っているのだろう。
 宍戸が向日に気を取られていると、いつの間にか忍足に手を握られていた。
「ほんなら、宍戸が俺とつきおうたらええやん」
「は?」
「宍戸が俺とつきおうてくれんねやったら、俺彼女とか作らんし」
「はあ……」
 忍足が、何を言いたいのかわからない。
 困惑した宍戸は、もう一度向日に視線を向ける。
 向日は、今度は何故かガッツポーズをとっていた。
 忍足は、まだ至近距離で宍戸の顔をのぞき込んでいる。
 両手を掴まれ、身動きの取れない宍戸は、この状況をなんとかしようと、とりあえず頷いてみせた。
「あー、別に、いいけど?」
 宍戸のそんな投げやりな返答に、忍足は唐突に両手をあげ、万歳をし出した。
 その後ろで、向日が飛び跳ねている。
 
 
 この状況は、一体なんなのだろう。
 ついさっきまで、平和な時間が流れていたはずなのに。
 
 
 忍足に抱きつかれながら、宍戸は、あとで跡部に相談してみよう、と思っていた。
 
 
 
 【完】
 
 
 
 
2004 01/01 あとがき