66:恋愛(忍足と宍戸)
忍足について知っていることなど、たかが知れていた。出身が関西であること。父親は医師で、それなりに裕福な家庭で育ったこと。それなのに東京で貧乏暮らしをしているのは、母親がお嬢さん育ちで物価がよくわからず、仕送りの額が一般的な学生より少ないからであること。また、無理を言って東京へ出てきたという経緯があるため増やしてくれと頼みづらいこと。趣味は映画鑑賞、それもラブロマンス専門。姉の影響か少女マンガを好んで読む。眼鏡には度が入っておらず、本人曰く「女避け」らしい。頭がよく、特に理数系に強い。性格は温厚で控えめ、滅多に怒ることはないが、たまに意地悪な面を覗かせることがある。身長は中学生男子にしては高いほうで、顔もそれなりによく、フェミニストなお陰か女にももてる。
宍戸が忍足について知っていることなど、三年間同じ学校、同じ部活で過ごしていたというのに、それぐらいのものだった。
ああ、それからもうひとつ。
──忍足侑士は、宍戸亮に恋をしているらしい。
一冊の黒い手帳を前に、宍戸は悩んでいた。この手帳を開くべきか、開かざるべきか。表紙には、タイトルらしきものが書き込まれていた。わざわざ手帳にタイトルをつけているところからして、持ち主の几帳面な性格が窺える。
計画表・宍戸亮──それが、この手帳のタイトルだった。
何故自分の名前が書かれているのか、しかもご丁寧にも名前の後に、ここだけピンクのペンでハートマークが描かれている。
宍戸だって、勝手に人の持ち物、それも手帳などというプライベート性の高いものを開いてはいけないことはわかっていた。だが、そこに自分の名前があるとなると話は別だ。
一体これは、なんなのだろう。何故自分の名がタイトルになっているのか。それも、計画表とは、一体なんの計画なのだろう。
気になる。ものすごく気になる。
物音がして、宍戸は勢いよく顔を上げた。足音は、部屋の前を通り過ぎていく。どうやら、この部屋の主が帰ってきた訳ではないらしい。
ほっと安堵の溜息をついて、宍戸は自分がずいぶんと緊張していたことに気づいた。こわばった身体をほぐしながら、携帯の時計を見る。
近くのスーパーに出かけた主が戻ってくるまで、あと10分はあるだろう。こっそり覗くなら、今しかない。
決心すると、宍戸はごくりと喉を鳴らした。恐る恐る、手帳へ手を伸ばす。
開いて数分後、宍戸は中を覗いたことを後悔するはめになった。
予想通り、10分ほど経ってから部屋の主が戻ってきた。かんかんと錆びた階段を上がってくる音がして、部屋の扉が開く。
「ただいま〜」
「あー、おかえり忍足」
がさがさとスーパーの袋を鳴らしながら、忍足が部屋へ入ってきた。
「遅うなってすまんな」
「いや」
言葉少なに首を振る宍戸に、怪訝そうな顔で忍足が近寄ってくる。
「なんや元気あらへんな」
「んなことねえって!」
いつもながら勘のよい忍足に慌てながら、宍戸は首を振った。キッチンスペースに置かれた荷物へ目をやり、咄嗟に口を開く。
「腹へっただけ」
「ああ。ほんなら飯にしよか」
すんなりと納得した様子で、忍足はキッチンスペースへ立った。ほっとしながら、後ろ姿を眺める。身長の割に細い身体。宍戸もあまり人のことは言えないが、まともに食事を取っているのか心配になった。
忍足が、脇にかけてあったエプロンを身につける。こういう関係になる前から忍足のアパートへ入り浸っている宍戸だが、忍足がそんな物をしているところはこれまで見たことがなかった。
「なんだ、それ」
「ん? ああ、これか? ジロちゃんに貰ってん」
ひよこ色のエプロンの裾を引っ張りながら、忍足が顔だけ振り向いて笑う。
「ジローに?」
見るからにあたたかで穏やかな色をしたエプロンは、そこにいるだけで場の空気を和ませる幼なじみを彷彿とさせた。なるほど、確かにジローが選んだ品なのだろうと思わせる。
だが、なぜジローがと首を傾げ、宍戸は先ほど目にした手帳の中身を思い出した。そうか、明日は。
──明日は、忍足の誕生日だ。土曜日で学校がないため、今日のうちにプレゼントを渡したのだろう。
ふんわりした外見からは想像もつかないが、ジローはあれで結構好き嫌いが激しい。嫌いな人間には目もくれないどころか、存在すら忘れきってしまう。だが、忍足にはよく懐いていた。
「ジローの奴……」
忍足の誕生日を知っていたのなら、教えてくれればいいのに。一応、なりゆきとはいえ、その、なんていうか、所謂「恋人」である自分が誕生日を知らないでいたというのは、やっぱりまずいのではないだろうか。根が真面目な宍戸は、忙しなく動き回る忍足の背を見ながら申し訳なく思う。
そういえば、先月末にあった自分の誕生日も、何も考えずに例年通り幼なじみである跡部やジローと過ごしてしまったのだが、よくよく考えてみたら、一応、と頭につくものの、恋人である忍足と祝うべきだったのではないだろうか。
文句を言うどころかプレゼントまでくれた上に快く送り出してくれた忍足だが、内心はどう思っていたのだろう。
忍足は、あんな見かけと声をしている割に、大抵の少女よりロマンチストだ。ラブロマンス鑑賞に無理矢理つきあわされているとき、こんな恋がしたいと呟くのを宍戸が聞いたのは、一度や二度ではなかった。
どれだけ、恋人である自分の誕生日に期待をかけていたことだろう。
そう考えたらますます申し訳なくなって、忍足のためならなんだってしてやろうという気分になった。
忍足のためなら。なんだって。
そこまで考えたとき、不意に手帳の中身が浮かび、宍戸はおおいに顔を引きつらせた。
手早く支度を終え、忍足がちゃぶ台に料理を並べ始めた。盛りつけを手伝いながら、宍戸はこの後のことを考えると泣きたい気持ちで一杯だった。
凝り性で人に奉仕するのが大好きな忍足は、料理も人並み以上に上手だ。普段は節約生活を強いられていることもあり、あまりその腕前が披露されることはなかったが、今日は大いに腕をふるったらしい。
食欲を刺激する匂いが、ちゃぶ台に所狭しと置かれた数々の料理から漂ってくる。
「うまそう……」
昼食をとったきり何も食べていなかった宍戸は、鳴りだした腹を押さえながら素直に呟いた。忍足が、嬉しそうに笑う。
「せやろ? 俺の自信作。宍戸に食べてもらお思てな」
「ありがとな」
礼を言ってから、しまったと思う。違う、そうじゃねえだろう。この食事は、明日に控えた忍足の誕生日への前祝いみたいなもののはずだ。なんで俺がもてなされているんだ。
これでは立場が逆だと、見かけによらず律儀な宍戸は頭を抱える。
「どないしたん? 食わんの?」
強ばった顔つきの宍戸を不審そうに見つめ、忍足が箸で皿を突いた。いつも箸で人を指すななどと口うるさい忍足だったが、あえて宍戸の気を惹こうとしたのだろう。我に返って、宍戸も箸に手を伸ばした。
現金なもので、あたたかな料理を口にした途端、さきほどまで考えていたことなどすっかり忘れてしまう。夢中になってあれこれ頬張る宍戸に、にっこりと忍足が微笑んだ。
食欲が満たされ、宍戸は満足げに畳に転がった。よく食った、とお腹をさする。なんだか眠気までしてきたようで、宍戸は小さく欠伸を漏らした。
「ちょお、寝んといてや。メインはこれからやで〜」
忍足の苦笑した声が聞こえ、宍戸は勢いよく上半身を起こす。驚いた顔で、空いた皿を流しへ運んでいた忍足が振り向いた。
「なんや?」
「あ、いや。……俺、ちょっと散歩してくる」
「散歩ぉ!?」
目を丸くした忍足に、引きつった顔で宍戸は誤魔化すように手を振る。
「このままじゃ寝ちまいそーだし、腹ごなしに」
言い訳のように早口に呟くと、宍戸はスニーカーを引っかけ外に出た。
外に出てから、宍戸は上着を持ってこなかったことを後悔する。真冬ほどではないとはいえ、さすがに半袖一枚では肌寒かった。
だが今から戻るのも間抜けだし、歩いているうちにあたたまるだろう。
ただあの空間から抜け出したかっただけで行く当てがあった訳ではなかったが、宍戸の足は自然と学校へ向かっていた。
忍足のアパートから学校へは歩いて五分ほどだ。ほとんど目の前と言ってもいいような場所にあるのだが、広大な敷地を有する学校なため校門までの道のりは結構なものだった。
毎朝くぐり抜ける校門の前を通りすぎ、宍戸はテニスコートの見えるフェンスまでたどり着く。ついこの間まで、時間を忘れてかけずり回っていた場所だ。
引退してからまだ一月も経っていないというのに、懐かしいという思いが湧いてくる。
寒さを忘れ、宍戸はひと気のないコートに見入った。
「こんなとこにおったんか」
「忍足」
どのくらい時間が経ったのか、宍戸を捜しに来たらしい忍足が近づいてくる。あたりは既に暗く、外灯がともっていた。
「なんや、帰ってもーたんかと思たわ」
忍足は苦笑したつもりだったのだろう。だが、その言葉は宍戸の胸に暗く響いた。
「ばーか」
そんなわけないだろうという気持ちを込めて笑ってやる。穏やかな笑みを浮かべ、忍足が隣に立った。
同じようにコートを見つめ、忍足が呟く。
「懐かしいゆうたら大げさやけど、……さみしいな?」
忍足が自分と同じことを考えたことに一瞬驚き、宍戸は頷いた。
「ああ」
それだけの言葉だったが、忍足には伝わったのだろう。右手が、忍足の手に包まれる。外気にさらされ、冷えていた手にぬくもりが染みていく。
あたたかい。そう考えて、宍戸は手帳に書かれていた一文を思い出した。
──手を繋ぐ(人目につかないところで。なるべく夜)
神経質そうな字で、そう書かれていた。
これも計画の内なのだろうか。宍戸は、逃げ出したい気持ちでテニスコートを凝視した。
無造作に置かれていた、忍足の手帳。その中身は、少女マンガが愛読書であるだけあって、なんとも乙女チックなものだった。
最初はなんだかわからなかった宍戸も、読み進めていくうちに理解した。
これは、忍足による「宍戸亮とのおつきあい計画表」であると。
そう思って読んでいくと、さっきはわからなかった箇所の意味までわかってきた。忍足は、事細かに計画を立てていたらしい。
それこそ、登下校は一緒にするとかその際は自転車で送り迎えしてやるといった可愛らしいものから、どういったシチュエーションでキスに持ち込むかなどといった実践的なものまで。
しかも、これまでにこなしたと思われるものに関しては、ピンクのペンで花まるがつけられていた。
あの忍足が、一体どんな顔で、どんなことを考えながらこれを書いていたのか。想像するだけで、恐怖に顔が歪んだ。
宍戸は思った。自分は、とんでもない男に目をつけられてしまったのではないかと。自分は、どこかで選択を誤ったのではないかと。
そして、その計画には今日と明日のことまでもが書かれていた。宍戸はそれを見るまで知らなかったが、明日は忍足の誕生日らしい。
計画表には、まず無難に食事をし、その後ラブロマンス鑑賞。まあ、ここまでは誕生日なのだし、つきあってやらないこともない。
だが、ラブロマンス鑑賞の横には、かっこつきでこう書かれていた。
──お膝にだっこ
もちろん、だっこの横にはピンクのハートマークが踊っていた。
それだけでも宍戸の心臓には致命的な衝撃だったというのに、更に続きがあった。
──日付が変わった瞬間、お祝いのキス(宍戸のほうから)
それを目にした瞬間、宍戸が思わず手帳を引き裂きそうになったのは言うまでもない。キスだけでも充分死にそうだというのに、しかも宍戸のほうからしろとは一体どういうことか。
もちろん、あくまでも計画表なのだから、そうなったらいいなという忍足の願望に過ぎないのだろうが、真面目な宍戸としては、見てしまった以上こちらからしなくてはいけないような気がしてきた。
忍足に手を握られながら、宍戸は普段使わない頭をフル回転させる。用事ができたと帰るのはどうだろう? 多少不自然かも知れないが、このまま忍足の部屋に泊まって取り返しのつかないことになるよりは、ずいぶんマシなはずだ。
そうだ、プレゼントの一つも渡して、おめでとうと言って──そこまで考えて、宍戸は気づいた。
忍足へのプレゼントなど、用意していなかったことに。
それもそのはず、ついさっきまで明日が忍足の誕生日であることなど知らなかったのだから。だからといって、このまま何もやらずに帰る訳にもいかないだろう。先月、宍戸の誕生日には、前から欲しがっていたゲームソフトを忍足から貰ったのだ。
宍戸は、義理堅い己を呪った。
機嫌のよさそうな忍足に連れられ、宍戸はアパートへ舞い戻った。その間、ずっと手は繋がれたままだ。いつになく力のこもった手に、忍足の決意が秘められているようで宍戸は恐ろしくなった。
やはり帰るとは言い出せず、先に風呂を済ませた宍戸は死地に赴くような心境で忍足を待っていた。がらりと風呂の扉が開き、湯気を立てた忍足が出てくる。
縮こまっている宍戸に、忍足は優しく目を細めた。
「寒ないか?」
「へ、平気」
上擦った声で返し、宍戸は膝を抱えて更に丸くなる。少しでも身体を縮め、忍足から遠ざかろうという考えだ。だが、忍足のほうから近づいてこられたら何の意味もない。
敷かれた布団の上、壁際に座り込んだ宍戸へ寄り添うように、ぴったりと忍足が密着してきた。
ただでさえ風呂に入ったばかりで暑いというのに、湯上がりの身体を押しつけられ宍戸は息苦しさを覚える。
素直に膝に乗せられるのと、こうして何も言わずに寄り添われるのと、どちらがマシだろうか。どちらも変わらないような気がして、宍戸は溜息をついた。
「そない嫌がらんでもええやん」
気持ちを見透かされたのかと、焦って顔を上げる。忍足が、困ったように笑っていた。
あと少しで誕生日だというのに、こんな顔をさせてしまっている。そう思ったら、罪悪感で胸が痛んだ。
「忍足……」
「お楽しみはこれからやで〜」
明るい口調で、忍足がDVDプレイヤーのリモコンへ手を伸ばした。忍足にとってはお楽しみかも知れないが、ラブロマンスどころか映画自体にあまり興味のない宍戸にとっては拷問にも等しい時間だ。普段なら構わず寝てしまうところだったが、さすがに今日ばかりは最後までつきあわざるを得まい。
神妙な面もちで、宍戸は画面を見つめた。
何かが動く気配で宍戸は目を覚ました。状況が把握できず、ぼうっとする。目の前でDVDをいじっている腕が忍足のものであることに気づき、慌てて身体を起こした。
どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。しかも、忍足の膝を枕にして。
「あれ、起こしてもーた?」
すまんと謝りながら、忍足は見終わったらしいDVDを入れ替えている。
「俺、寝てた……?」
「ああ。なんぼなんでも最初の十分で寝られるとは思わんかったわ」
「わ、悪ィ……」
明るい調子の忍足とは対照的に、宍戸はばつの悪さに声を低くした。
「ええって。気にせんといて。無理ゆうて誘ったんは俺のほうやし。つきあわせてすまんかったなあ」
気を悪くした風でもなく、忍足は頭を下げる。いつだって、忍足は優しい。いつも宍戸を優先してくれて、先回りして気を遣ってくれるのだ。
ほんとうは、忍足が謝る必要などちっともないのに。
何をしているのだろうと、宍戸は自己嫌悪に陥った。いつもよくしてくれる忍足のために、今日はよい思いをさせてやろうと思っていたはずなのに。最後までつきあって、きっと泣くであろう忍足を慰めて、そして──。
「……宍戸?」
急に俯いた宍戸を不審に思ったのだろう、忍足が肩を揺さぶってきた。だが、いま顔を上げるわけにはいかなかった。
忍足の膝にしがみつきながら、宍戸はか細い声を出す。
「いま、何時?」
「いま? えーと、お、ちょうど0時まわったとこやな」
ということは、今がちょうど忍足の誕生日だということだ。この時間に目が覚めたのは、不幸中の幸いかも知れない。
思い切って顔を上げると、宍戸は面食らっている忍足の肩に手をかけた。
「し、宍戸……? 顔どないしたん?」
忍足が驚くのも無理はない、宍戸の顔はさきほど伏せたときからずっと、赤いままだ。
こういうとき、眼鏡は外してやるべきなのだろうか。
そんな疑問を抱いたまま、宍戸は忍足に口づけた。
「マジで〜!? すっげー忍足、おめでとー!!!」
目の前で、飛び上がるたび揺れるやわらかそうな金髪に目を細め、忍足は深く頷いた。
「俺も、まさかこないうまくいくとは思わんかったわ」
「よかったな侑士!」
ばしばしと、痛いぐらいの強さで背中を叩かれる。向日は相変わらず、力の加減というものをわかっていない。もしかすると、思いが強いだけ力もこもるのだろうか。それなら、向日はとても喜んでくれていると言うことだ。
そう思って、忍足は微笑んだ。
「うわ、忍足しあわせそー! ムカツクー!」
ソファーの上で飛び跳ねながら、ジローがクッションを投げつけてくる。
「でもまさか、あの宍戸がなあ」
首をひねる向日に、ジローが胸を張った。
「だから言ったっしょ? 亮ちゃん、すんげー真面目で優しいとこあるからさあ、忍足のことかわいそーに思ったんだよ」
「ジローの言った通りになってよかったな、侑士!」
二人の言葉に、忍足は複雑な心境で頷く。
実は、忍足があの手帳を置いたまま出かけたのは、ジローによる入れ知恵だった。中を見た宍戸は、きっと忍足の望みを叶えてくれるはずだと。いや、叶えてあげなくてはいけない気になるはずだと。
計画は、思ったより順調に進んだ。宍戸からキスもしてもらったし、おめでとうとも言ってもらえた。
だが、それは果たしてほんとうに宍戸の意志だったのだろうか? そう考えると、忍足は浮かれたままではいられなかった。
初めから、騙すようにして手に入れたという自覚があるだけ、今度もそうなのではないかと疑ってしまう。
「だいじょぶだよ、忍足!」
強い言葉に、忍足は顔を上げた。ジローが、きらきらと目を輝かせて忍足の手をとる。
「亮ちゃん優しいけど、ほんとに嫌なことはどんなに頼まれたって絶対しないから!」
「ジロちゃん……」
誰よりも宍戸のことを知っているであろうジローの言葉なら、信じられる気がした。いい友達を持ったと、忍足は感動する。
「よかったな侑士、ジローが味方になってくれて!」
隣に座って笑う向日に、だがジローは首を傾げた。
「味方って、なんのことー?」
「あ? だから、侑士のこと応援してくれてんだろ?」
「え? ちがうよー」
ぱっと忍足の手を離し、ジローはソファーから飛び降りる。たたっと部室の扉に駆け寄ると、ノブに手をかけながら振り向いた。
「俺はね、亮ちゃんの味方なのっ!」
開いた扉の向こうに立っていたのは、忍足がいま一番会いたくない人物だった。
「話はすべて、聞かせてもらったぜ?」
口の端をあげた色素の薄い男が、よくやったという風にジローの頭を撫でる。
「じ、ジロちゃん裏切ったんか!?」
思わず立ち上がりながら忍足が言うと、心外だという様子でジローが口をとがらせた。
「だから、俺は亮ちゃんがしあわせならそれでいーんだってば!」
「侑士がんばれ!」
先ほどまで隣にいたはずの相方が、ジローについて部屋を出ていく。残されたのは、忍足と──、
「覚悟はできてんだろうな。アーン?」
壮絶な笑みを浮かべた、元部長だけだった。
【完】