ひみつだよ(日吉と宍戸)
 
 
 放課後、日吉は部室へ向かった。いつもなら一番乗りに近い時間にたどり着けるのだが、今日は掃除当番だったため遅くなってしまったようだ。室内には、数人の気配がした。
 ノックをして、ロッカー室の扉を開ける。ちょうど出てこようとしていたらしい、上級生である滝が目の前にいた。
「あ、日吉」
「どうも」
 いつでも楽しそうにしているこの人が、日吉は嫌いではない。挨拶をする日吉と入れ違いに出て行こうとして、思い出したように滝がぽんと肩を叩いてくる。
「誕生日だったよね。おめでとう」
 顔を向けると、滝がにっこりと微笑んでいた。慌てて頭を下げると、ひらひらと手を振って滝は行ってしまう。
 突然の出来事に驚いていたため、日吉は内心動揺しながら部室に入る。目を上げると、宍戸がソファーに座っていた。
「なに、日吉お前誕生日なのか?」
「あ、ええ、……はい」
 既に三年は引退していたが、冷暖房完備でソファーまであるこの場所は居心地がよいらしく、ちょくちょく見知った顔が出入りしていた。宍戸も、常連のうちの一人だ。
 ソファーに身体を沈めたまま、宍戸が壁にかけられたカレンダーを見上げる。
「今日って、12月……」
「5日です」
「そっか、お前12月生まれなんだなあ」
 しみじみとした口調の宍戸に背を向け、日吉は自分のロッカーを開けた。
「こんな寒い時期に生まれたから、お前あんま表情変わらねえんだろ」
 見ると、宍戸がにやにやと笑みを浮かべている。特に反応する気にはなれず無言でいると、宍戸が口を尖らせた。
「なんだよ、怒ったのかよ」
「別に」
 相手をする気になれないだけだ。ふたたび背を向け、制服の上着を脱ぐ。
「12月生まれってことはー、お前あれだろ、誕生日とクリスマス一緒にされたクチ? プレゼントまとめられたりしたんだ? かーわいそー」
 幾分同情のこもった声で宍戸が言った。
「別に、そんなことはないですよ。うちは特にクリスマスを祝う習慣はありませんし」
「えっ、マジで!?」
 宍戸が身体を起こす気配がして、ぐっと腕を掴まれる。
「マジでクリスマスやんねえの!? お前んち仏教徒!?」
「……さあ、知りません」
「へー、マジでか〜!? いまどきあるんだなそんなとこ! うちなんてさあ、兄貴と毎年ケーキに乗ったチョコの奪い合いだったぜえ? プレゼントもあっちのが豪華だとか喧嘩だったし」
 過去を思い出したのか、宍戸が顔をしかめてファイティングポーズをとった。
「へえ。宍戸先輩もお兄さんがいるんですか」
 何気なく言った言葉に、宍戸が反応を示す。
「え、日吉んちもいんの!? うぜーよなー、あいつ!」
 あいつと言われても、宍戸の兄に会ったことがある訳ではない。日吉は曖昧に首をかしげたが、宍戸は気づかなかったようだ。
「ま、今は家出てったからあんま会わないんだけどよ」
 せーせーした、という宍戸の顔がどこか頼りなくて、素直じゃないと日吉は笑いたくなる。
「さみしいんですか」
「さっ、さみしかねえよ!」
「はいはい、秘密にしておいてあげます」
「お前……っ」
 生意気なんだよ、とはき捨てるように宍戸が言った。
 しばらく沈黙が続き、ユニフォームへ着替え終わった日吉はロッカーを閉める。
 待っていたかのように、宍戸に手招きをされた。ポケットから出したものを、つきつけられる。宍戸の右手に乗っているものには、見覚えがあった。
 どこにでも売っているであろう、ミントガム。宍戸がいつも口にしているものだ。
「これ、やる。まだ開けたばっかだから、数残ってるし」
「……」
 意味がわからず、宍戸とガムを見比べていた日吉の手に、無理やりガムが押し付けられる。
「たんじょーび、おめでとさん」
「はあ……」
 どうやら、宍戸なりに日吉の誕生日を祝ってくれているつもりらしい。
 ぐいっと肩をつかまれ、耳元に口を寄せられた。
「他の奴には言うなよ? 金ねえっつってなんもやってねえんだ」
 そういえば、宍戸自身の誕生日も含め、9、10月はテニス部員の誕生日ラッシュだった。忍足が宍戸に何かねだっている姿を目撃した覚えがある。
「へえ。それは重大な秘密ですね」
「おう、秘密だぜ」
 ぽんぽんと肩を叩かれたところで、扉が開いた。顔を覗かせた鳳が、親密そうな二人を前に一瞬固まる。
「な、な、な、何をしてるんですか……!?」
 泣きそうな顔で詰め寄ってきた鳳に、二人は顔を見合わせ、口をそろえた。
「「ひみつだよ!」」


 鳳だけでなく、宍戸までもが目を丸くしていたので、もしかすると俺は笑っていたのかも知れない。


【完】

2005 12/09 あとがき