92:デート(ジローと長太郎)


 鳳長太郎は、浮かれていた。スキップをするどころか、今にも踊り出しそうなぐらいに浮かれていた。それもそのはず、憧れの宍戸先輩と日曜に会う約束を取り付けたのだ。
 デートだ! デートだ! 何着て行こう! どこに行こう! こんなこともあろうかと美味しい手作りサンドの店、チェックしておいてよかった! デート! 宍戸さんとデート!
「そう思ってるのは、お前だけだけどね〜」
 その言葉に、鳳の弾むような足取りが止まる。いつの間にか、目の前にジローが立っていた。ジローに気づかないぐらい浮かれていたことが恥ずかしくなって、鳳は少し顔を赤くする。
「勝手に人の心、読まないでください」
「たかが日曜会うぐらいでデートなんだ? それなら、俺は数え切れないぐらいデートしちゃってることになるなあ、亮ちゃんと」
 わざとらしく宍戸の名を出すジローに、鳳は握っていた拳を震わせた。毎回毎回、どうしてこの人は俺に絡んでくるんだ! 
 ジローと鳳は、すこぶる仲が悪かった。
「あんたねえ、いいかげん諦めたらどうですか」
「諦める? なんで? いつから亮ちゃん、鳳のものになったの?」
「今はまだでも、これからなるんです!」
「跡部が言うなら、まだ納得できるんだけどね〜」
 ここにはいない、もう一人の幼なじみの名を出すジローに、鳳は一瞬ひるんだ。ジローならともかく、あの人だけは敵にまわしたくないと思う。そんな鳳の考えを読んだのか、ジローはにやりと笑った。
「ま、跡部にだって、俺は負けないけど」
「……!」
 なんだか、自信のないことを責められたような気がして、鳳は俯いた。宍戸さんを想う気持ちは、誰にも、跡部部長にだって負けないつもりでいるのに。
「俺だって、跡部部長になんか負けません!」
「ほう」
 背後からかかった声に、鳳はびくりと身体を強ばらせる。今、何か、聞こえた、ような。わかっているはずなのに、認めたくなかった。だが、相手は鳳の肩に腕を回し、耳元で囁いてきた。
「誰に負けない、だと? 随分と偉くなったもんだなあ、鳳」
「あ、とべ、ぶちょう……」
 今の今まで言い争っていたはずのジローは、忽然と姿を消していた。肩に回された腕に、痛いぐらいの力がこもる。
 鳳は、刑の執行を待つ囚人のような面もちで振り向いた。


 日曜のデートは、体調不良のため、とりやめになるかも知れない。



 【完】



2003 12/14 あとがき