注意
・全体的にただれています。
・主に出てくるのは仁王と宍戸ですが、純粋な仁王×宍戸ではなくカップリングごちゃ混ぜです。
 純粋な仁王×宍戸をお求めのかた、カップリングにこだわりのあるかたはご覧にならないでください。
 それでもいいから読むというかたはこちらからどうぞ。



















































 無駄なことなんて一つもない(仁王と宍戸)


 だって俺、男だし。頭悪いし、金持ってねえし、子供産めねえし。
 お前のためにできることなんて、なんもねえだろ?


 さらさらと銀色の髪にくすぐられ、俺は閉じていた目を開けた。にやりと、仁王が口の端をあげる。
「なんやの、そんなにぎゅっと目をつむるぐらい気持ちええ?」
 馬鹿野郎と叫ぼうとした声は、かみつくように押しつけられた仁王の唇へ吸い込まれた。口内へ侵入してきた舌も、触れてくる腕も、指先も、どこもかしこも熱くて、気持ちがよくて、霞がかかったように頭がぼんやりする。
 喉を鳴らし、どちらのものかわからない唾液を飲み込んでやると、仁王が嬉しそうに笑った。この顔が、好きだ。
 無邪気に笑う仁王からは、普段のどこか醒めたような雰囲気など微塵も感じられず、まるでほんとうの子供のように見える。俺がそんな顔をさせているのだと思うと、嬉しくて嬉しくて、なんだってしてやりたくなった。
「声、我慢せんでええよ?」
 仁王が、俺の口についていた唾液を舐めとりながら囁いてくる。同時に腰を押しつけられて、俺の口から小さく声が漏れた。
 咄嗟に口を閉じると、上に乗っかっている仁王をにらみ付ける。仁王が、愉快そうに笑った。
「我慢せんでええって」
「女じゃねえんだ、あんあん言ってられっか」
 俺が口をとがらせると、仁王はますます笑みを深める。こういう、どこか意地の悪そうな笑みは好きじゃない。
 いつも、さっきみたいに笑ってればいいのに。
「気持ちええことに、男も女もないじゃろ?」
 ちゅっと、仁王が俺の額に唇を落とした。


 程良い疲労感にまどろんでいた俺は、喉の渇きを覚えて天井を見上げた。このまま寝てしまうべきか、立ち上がって水をくみに行くべきか。身体を動かすのは億劫だったが、このまま寝てもすぐに目覚めてしまうだろう。
 仕方なく、俺に抱きつくようにして眠っている仁王の腕を持ち上げてどかす。ゆっくりと起きあがったつもりだったが、ベッドが揺れたせいか仁王が目を覚ました。
「どこ行くんじゃ!?」
 ベッドから降りようとしていた俺の腕を捕まえて、仁王が強ばった顔をする。
「水、飲もうともって」
 静まりかえった部屋に、俺の声が間抜けに響いた。
「俺も行く」
 迷うことなく、仁王が素早くベッドから出てくる。寝起きなのに、よくそんな機敏に動けるなあと俺は感心した。
 キッチンで水を飲む俺の足下にしゃがみ込みながら、仁王はおとなしく待っている。移動する間もずっと背後から腕をまわされていたのだが、そのままでは水が飲みづらいからと離れてもらった。
 離せと言ったときの、仁王のあの顔。いつものポーカーフェイスはどこへいったのやら、思いきり傷つきましたと書かれていた。これが同情を引こうとしてやっているんじゃないから、よけい質が悪い。
 こういう関係になってから知ったことだが、仁王は見かけによらず繊細で寂しがり屋だった。
 一緒にいる間はずっと手を握ったり抱きついたり、身体のどこかが触れていないと不安になるらしい。座るときは膝に乗せられ、背後から腕を回される。
 最初は鬱陶しい、暑い、恥ずかしいと抵抗したのだが、拒否するたびに泣きそうな顔をされるので、いまでは仁王の好きにさせていた。
「俺がいねえとき、どーしてんだか」
 シンクにコップを置いた俺に、待ってましたとばかりに仁王が抱きついてくる。肩に頭を乗せて、すりすりと頬ずりされるのはさすがに勘弁してもらいたかった。
「なあ、お前学校でもこーなのか?」
 溜息混じりの問いかけに、仁王が勢いよく顔を上げる。見つめてくる顔は、真剣そのものだった。
「せん」
「え?」
「宍戸以外の奴に、こんなことせん」
 仁王のきれいな瞳が揺れて、俺は失言したのだと悟る。
「そっか」
 ごめんのかわりに、仁王の背中へ腕を回した。


「ただれとる」
 忍足が、汚らわしいものを見るような目つきで言ったので、俺は手を伸ばして忍足の頼んだ定食に醤油を思い切りかけてやった。
「ぎゃ! なにすんねや!」
「聞きたいっつったのはお前だろうが」
 最近つきあい悪いけどどーなってんねん、と忍足が聞いてきたので、ありのまま話してやったというのに、何故あんな目で見られないといけないのだろう。理不尽だ。
 醤油の容器がからっぽになったので、仕方なく勘弁してやることにする。テーブルの端に空っぽの容器を置くと、真っ黒になった魚フライを前に暗くなっている忍足を気にせず俺は自分のランチを食べ始めた。
「中学生の身空で、不潔やわ」
 フライの衣をはがしながら、忍足が眉をひそめる。
「お前に関係ねえだろ」
「そーやけど、俺なあ、亮ちゃんにはいつまでもピュアでおって欲しかってん」
 ううう、と泣き真似を始めた忍足に鳥肌がたって、俺はソースの瓶をとると衣をはがされてきれいになったフライにしこたまかけてやった。
「ひどい、ひどいわ亮ちゃん……!」
「亮ちゃん呼ぶな」
 腹が立ったので、更に上から七味をトッピングしてやる。忍足が、顔を引きつらせた。
「……わんこが泣くで? 『宍戸さん、不潔です!』ゆうて」
 大柄な後輩を思い浮かべて、俺は塩の瓶を手に取る。忍足が、慌てて自分のトレーを避難させた。
「宍戸さん、不潔です」
 背後からかけられた声に、俺は動きを止める。隣の椅子が引かれ、誰かが座り込んだ。
「……日吉」
「なんや、びびらさんといて〜」
「忍足先輩、変わった嗜好なんですね」
 黒と赤のコントラストが眩しい忍足のフライを指して、理解しがたいと日吉は首をひねる。
「日吉、聞いてたのか?」
「何がですか?」
 とぼけているのか本気で言っているのか、日吉の考えだけは読めないと思った。まあ、日吉に聞かれて困る話でもないけど。
「女関係がただれてるよりはいいんじゃないですか」
 食堂の入り口へ目を向けた日吉に、やっぱり聞いてたんじゃねえかと思いながら視線を辿る。
「うわ〜、今日はまたえらいべっぴんさん連れとるなあ」
 青い目をした全体的に色素の薄い男が、長い黒髪の派手な美人を連れて優雅に歩いてきた。一体どんな手を使ったのか、混雑した食堂でも座る席に困ることはないらしく、二人は当然といった顔で窓際の眺めのよい席につく。
「日替わりでよくもまあ、あれだけべっぴんさんばっか連れてこられるなあ」
 感心したように、忍足が溜息をついた。日吉が、何か言いたげに俺を見てくる。
「飽きっぽいんじゃないですか」
 そばを食べようとして七味の瓶に手を伸ばした日吉が、中身が空っぽなことに気づいて呆れたような目で忍足を見た。
「いくらなんでも、かけすぎです」
「俺の意志とちゃうわ!」
 声を張り上げた忍足に、周囲の視線が集中する。一瞬、青い目がこちらを見ていた気がした。


 もの言いたげな青い目に、心を奪われた。
 上からのぞき込んでくる目をじっと見ていると、視線に気づいた仁王が困ったように笑う。
「そんな見つめられたら、穴があく」
「やだ?」
「ええよ。宍戸の目で殺されるなら、本望じゃ」
 こめかみにキスをして、仁王がぐっと体重をかけてきた。息苦しくて、死んでしまいそうだ。
「仁王って」
「ん?」
 ゆるゆると動きながら、仁王が目を向けてくる。熱をはらんだ目に、ぞくりと快感が走った。
「目、なんか入れてんの? カラコンとか」
「なんもしてへんよ」
「なんか、見るたびに、色が変わる」
 吐息の合間に言葉をつむぐ俺を、愛おしげに仁王が見下ろしてくる。他の者にも言われたことがあるのか、ああ、と納得したように仁王が頷いた。
「光の加減で違うて見えるみたいやね。元々色が薄いせいじゃろか」
 気づいてくれて嬉しいと、仁王が笑みを浮かべる。好きだと、思った。
「俺も」
「ん?」
 仁王が、動きをとめて俺の顔に張り付いた髪をはらってくれる。
「お前の目で、殺されたい」
 口にした途端あふれた涙に、驚いたように仁王が顔を上げた。
「ありがとな」
 どこか哀しげに呟いて、仁王が俺の目尻に浮かんだ涙へ唇を寄せてくる。
「仁王が、好きだ」
「俺もじゃ。宍戸しかおらん」
 きつく抱き寄せられたことに安堵して、俺はしがみつく腕に力をこめた。


 初めてお互いを認識したのは、関東大会の決勝だった。氷帝をやぶった青学が優勝する瞬間を見るために、俺はチームメイトとともに会場へ足を運んだ。
 試合を終えた仁王と目が合った瞬間、ピンときた。俺が捜していたのは、こいつだったのだと。
 仁王も同じことを感じたらしく、俺たちが親密になるのに時間はかからなかった。


「お前、東京に来いよ」
「宍戸が神奈川に来たらええんじゃ」
 裸のまま額をつきあわせて、もう何度目かわからない押し問答をする。大体、と俺は仁王の髪を引っ張った。
「いっつも俺ばっかりこっち来てんじゃん」
「定期買ってやったじゃろう」
 仁王の家はそれなりに裕福らしく、つきあい始めてすぐに氷帝から仁王の家の最寄り駅まで定期を買ってくれたのだ。
「東京は水が合わん」
 拗ねたように、仁王がそっぽを向く。それでも腕は俺に絡みついたままなのが仁王らしいと、こっそりと笑った。
「なーに笑っとるん」
 仁王が、がぶりと俺の腕に噛みついてくる。
「やめろって。跡つけんな〜」
「俺のもんじゃ」
「そーだけど」
 歯の跡を丁寧に舐めあげられ、俺はくすぐったさとは別の感覚に襲われはじめた。
「に、おう」
 とんとんと、制止の意味を込めて仁王の肩を叩く。仁王が顔を上げたので、俺は伝わったものだと安心して身体の力を抜いた。
 それを狙っていたのか、仁王は力任せに俺を転がすとのしかかってくる。
「おい、仁王ってば」
「好きじゃ」
 声の弱さに、はっとして顔を上げた。仁王の表情は、髪が邪魔で見えない。
「俺には、宍戸しかおらんの」
 言い聞かせるように、仁王がしがみついてくる。
「俺んこと、捨てんといて……」
「なに……を、」
 何を言っているのだ、この男は。濡れた頬を肩へ押しつけられて、俺は言葉を失った。
 これは汗なのか、それとも。
 震える腕を伸ばし、俺は仁王の細い身体を抱き込んだ。どこにも行かないと示すために、──仁王を逃すまいと、するかのように。


 青い目をした男が、高飛車な口調で何かを言った。意味がわかんねえと顔をしかめた俺に、男はもう一度、今度は短く告げた。
「好きだ」
 はっきり告げられた言葉に、今度こそ逃げ場がなくなった。その場に固まったまま、俺は目の前の青い瞳を見つめていた。
 男はそれ以上口を開こうとせず、ただその目だけはもの言いたげだった。
 何か言わなくてはと開いた口からは、息がもれるのみ。微かに揺れた青い目を見ているのがつらくて、俺は──。
 誰かの名を呼びながら、俺は目を覚ました。ぼんやりと天井を見上げ、自分の部屋であることを思い出す。
「夢、か」
 大きく息を吐きながら、俺は身体の力を抜いた。こわばった手のひらをかざし、握ったり開いたりしてみる。
 あのとき、俺はなんと返したのだろう。
 そう、確か──。
「だって俺、男だし。頭悪いし、金持ってねえし、子供産めねえし。お前のためにできることなんて、なんもねえだろ?」
 小さく繰り返して、顔をゆがめた。
「ひっでえの、俺……」
 いまでも、ひどいことをしたと思っている。そうまくしたてて、逃げ出したのだ。
「だって、無理だろ」
 一緒になることなんて絶対できっこないのに、同じ時間を過ごすことになんの意味があるというのだ。
 もしも、いま同じことを告げられたとしても。俺が返す言葉は、あのときと同じだった。


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