7/1(切原赤也)
鳴り響く目覚まし時計の音に、切原は目を覚ました。まだ眠っていたかったが、外はもう明るい。起きあがり窓を開けると、まだ幾らか涼しい風が入ってきた。
気分が少し浮上したところで、勢いよくベッドから降りる。パジャマ代わりのシャツを脱ぎながら、洗面所へ向かった。
(AM7:00)
部室のロッカーに荷物を放り込み、扉を閉める。上級生は既にコートに集まっているはずだ。切原には、遅刻癖があった。早く行こう。一歩進んで、振り返る。
今日、学校の違う彼は朝練がないと言っていた。まだ寝ているはずだ。起こしたりしたら可哀想。そう思いつつも、携帯へ手を伸ばす。
簡単な文章を作成し、切原はメールを送信した。
きっと返信はないだろうと、携帯をしまおうとしたところで、軽快な着信音が鳴った。
起きていたのだろうか? それは、彼用の着信音だった。
切原は期待に胸を膨らませ、メールを開く。
内容は、いつも通りのそっけない一言。それでもゆるむ頬をおさえきれず、切原はその場にしゃがみ込んだ。
どうしよう。朝から幸せすぎて、死んでしまうかも知れない。
彼は、メールのやりとりが面倒だと言っていた。友人からのメールも、読むだけで返信は殆どしないのだと。用事があったら、電話した方が手っ取り早いとも。
そんな彼が、眠たい目をこすりながら、ちまちまと携帯を操作しているところを想像し、きっと自分は世界一の幸せ者だと思った。
(AM10:00)
すっかり目の覚めたらしい彼から、先程使った顔文字について訊ねられた。
あまりメール機能を使わない彼にわからなくとも、不思議ではない。切原はどう返信しようか迷って、正直に今の気持ちをぶつけることにした。
「い・ま・す・ぐ・りょ・う・く・ん・に……っと」
送信完了! どんな返事がくるか、楽しみで少しにやける。隣の席の少女が、不思議そうな顔をした。
程なく返ってきたメールに、切原は目を丸くする。
え、え、えっ! な、何で怒ってるんすか……!? 何がいけなかったのだろう。考えてもわからず、途方に暮れた。
教師が近づいてきたので、慌てて携帯を机に突っ込む。教科書に目を落としても、何も頭に入ってこなかった。
彼は、何故怒ってしまったのだろう。
(PM12:00)
待ちに待った昼休み。切原は昼食よりも先に携帯へ手を伸ばした。
何故怒っているのかと、ストレートに訊ねてみる。
なかなか来ない返信を待ちながら、弁当に手をつけた。空腹のせいもあっていつもなら何を食べても美味しいと感じるはずなのに、今はどれも同じ味にしか感じられない。機械的にかみ砕き、飲み込む。そんな作業をくり返している内に、携帯が振動した。
どんな言葉が返ってきたのか。切原は緊張した面もちで携帯を開いた。
彼からの返信は相変わらず素っ気なかったが、特に怒っている訳ではないようだ。そのことにほっとしながらメールをやりとりする内に、何故怒られたのかわかったような気がした。
多分、彼は照れていたのだろう。彼は照れると、怒ったような態度をとることが多い。
ほんとうに、なんてかわいい人なのだろう。携帯を手に笑う切原を、クラスメイトが怪訝そうな顔で見つめていた。
(PM8:00)
部活を終え、切原はくたくたになって帰宅した。食事をとって風呂に入り、電話をかけようか迷ってメールだけすることにした。彼も今日は部活だから、きっと疲れているに違いない。彼と電話をすると、いつまでも話していたいと思ってしまい、つい長電話をしてしまう。話している内に彼が寝てしまうこともよくあるので、なるべく短くしようとは思っているのだが、一度も成功したことはなかった。
「うーん。やっぱ、俺の夢を見てくださいってのは定番だよな」
一人頷くと、切原はメールを送信した。
その後届いた彼からのメールがあまりにかわいかったので、切原はどうすればよいかわからなくなり、とりあえず腕立て伏せをすることにした。
「てゆーか俺、今日眠れるかな……」
すっかり目が冴えてしまった切原だった。
【7/1終わり】
2004 07/01