7/2(切原赤也)
目覚ましが鳴ると、いつもまだ寝ていたいと思うものだが、今日は理由が少し違っていた。
「チクショウ……」
完全に目が覚めてしまったことを悟り、切原は布団の中で唸った。
せっかく、せっかく今日の夢には彼が出てきてくれたというのに。今の今まで、隣で笑ってくれていたというのに。
当たり前だが、今切原の隣には誰もいなかった。
次に会えるのは、いつだろう。切原は起きあがると、ため息を吐いた。
(AM7:00)
今日は彼も朝練の筈だから、もう起きているだろう。なんてメールしようか迷って、夢のことを書いてみることにした。彼は、どんな反応をするだろう。照れるだろうか、それとも、怒るだろうか。想像して、一人笑う。
程なく返ってきたメールに、切原は思わず叫びそうになった。これは、本当に彼が打ったメールだろうか。そんな疑問が浮かんでくるぐらい、常では考えられないような、……甘い言葉。自然と、頬がゆるむ。顔が紅潮する。膝が、震えた。携帯を持つ手まで震えてしまって、返事を打つことができない。
集合の声がかかって、切原は慌てて部室を飛び出した。
(AM10:00)
なんて返信しようか迷って、ストレートに今の気持ちをぶつけることにした。仁王などは恋愛に大切なのはかけひきだ、などと言っているが、切原には理解できなかった。わざと焦らしたりとか、そういうのは違う気がする。
だから、切原は素直に自分の気持ちをメールに綴ることにした。
返ってきたメールがなんだか楽しそうで、もしかして自分はからかわれたのだろうかと思う。まんまと、ひっかかってしまったのだろうか。
それでもいいや、と思えてしまう自分は、本気でハマっているんだろうな。だってきっと、こんな冗談が言えるのって、相手が俺だからだよね。うぬぼれでもいい、だって幸せなんだもん。
(PM12:00)
今日は昼連があるので、昼食は部室で皆揃ってとることになっている。切原が部室についたとき、中には誰もいなかった。
適当に座り、弁当を置く。携帯を開くと、先ほどまでやりとりしていたメールを読み返す。頬が自然とゆるんでくる。
「何一人で笑ってんだよ? キモ!」
「……いつ来たんすか……」
丸井が、いつの間にか背後から携帯をのぞき込んでいた。
「つーか、何これ! お前のメールだけ長くて、宍戸のは一言ばっかじゃん!」
「ちょっと、勝手に見ないでください!」
丸井は切原の手から携帯を奪うと、部室の隅へ逃げていく。
「愛されてねんじゃね?」
「! 何言ってんすか! 亮くんは、普段メールとかしない人なんです! 友達からのも返信しないっつってたし。俺のメールだけ、返事してくれんすよ! 寝てるときだって、ちゃんと起きてメールくれるし、俺ちょう愛されてるっす!」
「ノロケてんじゃねえよ。うぜえ」
「は? 誰がいつノロケたっつーんすか! あ、そーか。丸井先輩、独り身ですもんね? 羨ましくてしょーがねえんでしょう」
からかうように笑う切原に、丸井が顔を顰めた。メール作成画面を開くと、
「チクってやろ」
「勝手にメールしないでください! 大体、何をチクルっつーんすか!?」
「触んな。セクハラ!」
「冗談! 誰があんたなんかに!」
暴れる丸井を背後からおさえつけると、なんとか携帯を奪い返そうと手を伸ばす。身長は僅かとはいえ、切原のほうが高い。もう少しで届きそう、というところで部室の扉が開いた。
仁王が入ってきた事に気づくと、丸井が叫んだ。
「仁王助けて! 赤也に襲われるーーーーーーーー!!」
「ええええええええええええええええ!?」
「……」
言われてみれば、後ろから抱きついているように見えなくもない。無言で近づいてくる仁王の目つきが、普段より数倍鋭いような気がして、切原は慌てて手を離した。
「赤也、何をしちゅう? おんしには、宍戸がおるやろ」
「や、別に何も!」
ひー! すっげー恐いんだけど! 何で怒ってんすかこの人ーーーーー!! 何故か怒っている風の仁王に壁際まで追いつめられ、切原は小動物のように小刻みに震えた。
「送信完了っと。けーたい置いとくぞ」
「えっ! 何送ったんすか!?」
切原が仁王に詰め寄られている間に、丸井はメールを送信してしまったらしい。席に着くと、丸井は弁当を広げ始めた。一口食べたところで、至近距離で対峙したままの仁王と切原に目を遣り、きょとんとした顔をする。
「お前ら、何してんの?」
「……誰のせいだと思ってんすか!!」
早く食べようと声をかけられ、仁王は素直に丸井の隣に腰掛ける。
呆然とその光景を見ていた切原は、携帯が鳴ったことに大きく身体を震わせた。
恐る恐る開いたメールに書かれていたのは、彼からの怒りのメッセージ。
逆鱗に触れてしまったらしいと、切原はその場で崩れ落ちた。
「……赤也は、何をしちゅう?」
「さー。腹へってんじゃね?」
仁王と丸井の呑気な会話を聞きながら、切原は本気で転校したいと思った。
(PM6:00)
部活が終了し、切原は震える手で謝罪のメールを送った。彼からの返信は、ない。不安が募って、電話をかけることにした。
数回の呼び出し音の後、電話が繋がった。
『……もしもし?』
「あ、あの、亮くんっすか?」
『……何』
「あの、……怒ってるっすか……?」
次第に小さくなる語尾に、情けないと俯く。電話の向こうでため息を吐くのが聞こえ、身体を竦ませる。……嫌われて、しまったのだろうか。
『もう、いいよ』
「え?」
『お前がそういう奴だって、わかってるし。仕方ねえっつーか』
「しかたない……」
仕方ないから、赦してくれるというのだろうか。自分があまりに情けなくて、涙が出そうになる。何を言ったらよいのかわからず、ただ瞬きをくり返した。
それから、彼のはにかんだような声が聞こえた。
『だって、……そんなお前が、好きなんだから、さ』
「……っ」
俺も好きですと叫んで、周囲から突っ込まれた。そういえば、まだ部室にいたんだっけ。急いで部室を飛び出した切原に、丸井が荷物を忘れていると教えてくれる。
「投げるぞ!」
「ありがとうっす!」
丸井の投げたカバンを受け取りながら、切原は思った。全てこの人のせいとはいえ、少しは感謝するべきかなあと。
だって、彼のあんな言葉が聞けたのは、丸井がメールを送ったからなのだ。
【7/2終わり】
書いたものが消えてしまったので、一から書き直しました。仁王の呪いだと思います。
2004 07/02