7/4(切原赤也)
 
 
 いつ眠ったのか、記憶になかった。ずっと起きていたような気もするし、途中で寝たような気もする。目覚ましの音で目を開けたところをみると、少しは眠ったということだろうか。とりあえず目覚ましを止めると、切原は起きあがった。
 窓を開け、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。昨日までの重苦しい気分は、既になかった。
 
 
 いつもこのぐらい爽快な目覚めだったらいいのに。そう思いながら、切原は洗面所へ向かった。
 
 
 
 
 (AM9:00)
 部室へ荷物を置くと、携帯を開く。彼とつきあうようになってから、恒例となった行動。遠く離れている分、せめてメールや電話で繋がっていたかった。返信が届くことで、彼の想いを確かめたかったのかも知れない。
 今日はいつになくすっきりと目覚めたとメールを送る。理由は、言わなくてもわかるだろう。いや、彼は鈍いから、気づかないだろうか。それならそれでいい。後で教えてあげる楽しみが出来た。
 携帯を置くと、切原はコートへ向かった。
 
 
 
 
 (PM12:00)
 待ってましたの昼休憩、早速手にとった携帯に届いていた、彼からのメール。やはり、彼には理由がわからなかったらしい。ちょっとくらい察してくれてもいいのにと思うと同時に、そんなところも好きだと思う。
「何笑ってんだよ? や〜らし〜!」
「ほっといてください」
 正面に座った丸井が、足を伸ばして蹴ってくる。やり返すのも大人げないと、切原は蹴られないよう横にずれた。丸井は切原のほうまで這ってくると、隣に座り込んだ。素知らぬ顔で弁当を広げだしたので、切原は訝しく思う。
「……なんすか?」
「ん? お前今日、いい顔してるから」
「は?」
「隣で食ってやってもいいぜ?」
 にっこりと笑われ、返す言葉が見つからなかった。そんな、露骨に顔に出しているつもりはなかったのだが。隣で楽しそうに食事を始める丸井に、切原はまあいいかと思った。
 これでも、丸井なりに心配してくれていたのだろうから。
 
 
 切原は携帯を開くと、眠れなかった理由をメールした。彼からの呆れたような返信が届き、また一人で笑ってしまう。言葉の端々から、照れている様子が感じられたのだ。
 
 
 
 
 (PM16:00)
「……っと」
「何やってんだ赤也〜!」
「すんません」
 一瞬目眩がして、切原は打ち返せるはずのボールを見逃してしまった。なんだか今日は、調子が悪い。時間になり、他の者と交代する。ベンチまで戻ると、切原は力無く座り込んだ。背後からタオルをかけられ、ありがたく汗を拭わせて貰う。見上げると、柳が立っていた。
「寝不足か?」
「……すんません……」
 やはり、お見通しだったらしい。立海大の参謀は、特に部員の体調には誰よりも気を配っていた。気づかれないほうが、おかしいと言えるだろう。
 叱られるだろうかと、切原はベンチの上で縮こまった。それがおかしかったのか、柳が軽く笑った。
「別に、怒ったりはしない。まあ、そんな日もあるさ」
「柳先輩……」
「少し休んでいろ。弦一郎には俺から言っておこう」
「はいっ」
 笑顔を残し、真田の元へ向かおうとする柳の背中に、切原は慌てて立ち上がると、ありがとうございますと叫んだ。前を見たまま、柳が軽く手をあげた。
 咎めるでもなく、理由を聞くでもなく、ただ受け入れてくれる柳の存在を、切原は心底ありがたいと思った。これが真田副部長だったら、根ほり葉ほり聞かれた上、たるんどるっつってお説教コースだっただろうな。あー良かった、柳先輩で。
 切原は胸をなで下ろすと、ゆっくりついでにメールをしようと携帯を開いた。
 
 
 
 
 (PM6:00)
 普段より長く感じられた練習が終わり、切原はシャワーを浴びて部室へ戻る。メールの着信に気づいて、携帯を開いた。いつになく長文の、彼からのメール。
 
 
 内容は、──多分、怒っているのだろうと思う。普段の切原なら、怒らせてしまったと萎縮してしまうであろう内容に、だがこの時ばかりは嬉しさに打ち震えた。
 亮くんが、俺を心配してくれている……! 俺のためを思って、俺を心配して、それで怒ってみせているのだ。それがわかって、自分を心配してくれている彼の気持ちが痛いぐらい伝わってきて、切原は思わず携帯を抱きしめた。
 
 
 どうしよう、すごく嬉しい! 怒られているのに嬉しいだなんて不謹慎だけど、でも本当の気持ちだから仕方ない。あんまり嬉しくて、今にも踊り出しそうな気持ちを抑えて、メールを返した。返事が届いて、また胸があたたかくなる。
 
 
 今日はぐっすり眠れそうだ。切原は荷物を背負うと、浮かれた足取りで部室を飛び出した。
 
 
 
 
 【7/4終わり】
 
 
 
 
 
2004 07/04