7/6(切原赤也)
 
 
 珍しく、目覚ましが鳴る前に目覚めた。時計を手にとり、時刻を確認すると切原は布団の中で大きく伸びをする。起きようか寝ようか迷って、起きることにした。
 彼は今日朝練だと言っていたから、もう起きているだろう。後でメールしようと思いながら、切原は洗面所へ向かった。
 
 
 
 
 (AM7:00)
 まだ学校へ行くには早いので、リビングでのんびりTVを観ながら食事をとる。できたてのオムレツを頬張ると、なんだか身体の中からじわりと幸せな気持ちがわき上がってきた。その気持ちのまま、彼へメールを送る。少しでも自分の幸せが伝わりますように。
 
 
 半分程食べ終わったところで、TVから七夕祭りの情報が流れてきた。切原は、去年の映像に釘付けになる。正確に言うと、浴衣姿の女性に。
 あれを亮くんが着たら……! すっごい可愛いだろうなあ、色っぽいだろうなあ。そういえば、夢で見た彼は浴衣姿だったような気がする。切原は、あれが現実になればと思わずにはいられなかった。
 
 
 
 
 (AM10:00)
 いい加減しつこいと怒られそうな気もしたが、もう一度浴衣をせがむメールを送ってみた。返事は、予想通り。
 やはり無理だったかと、切原は机に突っ伏した。まだ授業は始まったばかりだったが、真面目に受ける気など最早なかった。浴衣……と呟く切原がよほど不気味だったのか、教師からのお咎めはなかった。
 
 
 
 
 (PM12:00)
「……は〜」
 切原が大きくため息を吐いた途端、後頭部に鈍い衝撃が走った。伏せた顔を上げる気にもならず、ちらりと横目で見上げる。丸井が、不機嫌そうな顔で立っていた。どうやら、持っている弁当箱で殴られたらしい。
「雰囲気悪くすんなっつってんだろい」
「……ほっといてください」
「ほっとけるもんなら声かけたりすっか! 構われたくねえなら誰も見てねえとこで落ち込め!」
 丸井の言うことも尤もかも知れない。わざわざ皆のいる部室までやってきて、一人落ち込んでいるのだ。それで放っておいてくれというのは虫のいい話だ。そうは思ってみても、切原には立ち上がる気力すら残っていなかった。
 ぷりぷり怒っている丸井の肩を宥めるように叩くと、仁王が切原の隣に座る。弁当を広げながら、何気ない口調で訊ねてきた。
「明日会えるんじゃろ? 何を落ち込むことがあるぜよ」
「……浴衣が……」
「まーだそないなこと言っちゅうの?」
 仁王が珍しく驚いた顔をしたので、切原は勢いよく身体を起こした。
「何言ってるんすか! 夏っすよ! 祭りっすよ! 浴衣がなきゃ始まらないっす!」
「ずいぶんと気合い入っちゅうねえ」
「……だって、今度いつ二人でお祭り行けるかわかんねーんですもん」
 このまま勝ち進んでいけば、ますます会う機会が減ってしまうのだ。せっかく祭りに行けることになったのだから、浴衣姿を拝みたいと思っても罰は当たらないだろう。
 だが、最初のお願いの仕方がまずかったのか、宍戸は頑として聞いてくれない。
 切原はもう一度ため息を吐くと、よろよろと机に顔を伏せた。昼食をとる気にもなれず、このまま眠ってしまおうかと思う。朝早かったせいか、そう思った途端眠気に襲われ、切原は意識を手放した。
 
 
 
 
 (PM15:00)
 部活へ向かおうとしたところで、メールが届いていることに気づいた。こちらから送っていないのに。彼から自発的にメールが来るだなんて珍しい。何かあったのかなあ。切原は、浮かれながらメールを開いた。
 
 
 だが、そこへ書いてあった言葉は愛の囁きでもなんでもない上に、切原へのメッセージですらなかった。
 切原の先輩である、仁王への伝言。──彼と仁王に、接点があるとは思えないのだが。一体どういうことだろうか。まずは仁王を問いただしてみようと、切原は部室へ急いだ。
 
 
 慌ただしく扉を開くと、ちょうど仁王が着替えているところだった。焦った様子の切原に目を止め、口元だけで笑って手を振ってくる。
 切原は大股で近寄ると、これどういうことっすかと彼からのメールを見せた。仁王は肩をすくめると、知らんと言った。
「知らんってことないでしょう! 明らかにあんた宛じゃないっすか!」
「知らんもんは知らんよ」
「何なに、仁王ってば切原の男とデキてんの?」
 楽しそうに話に加わってきた丸井の言葉に、切原は目を剥いた。
 切原の脳裏に、昨日見た仁王の優しい表情が思い浮かぶ。まさか、仁王の思い人というのは。
「亮くんは渡さないっすよ!」
「なんでそんな話になるんじゃ」
 仁王は呆れたように切原を一瞥すると、そのまま部室を出てってしまう。切原は、慌てて後を追った。
 
 
 
 
 (PM6:00)
 あの後いくら聞いても仁王はのらりくらりとかわすばかりで、真実はわからなかった。仏頂面の切原を見かねたのか、丸井がそういえばと口を開いた。
「昼さあ、赤也寝てたじゃん? 仁王が携帯いじってたかも」
「なんですって!」
 自分が寝ている間に、仁王が彼へメールしたのだろうか。切原は携帯を開いたが、ご丁寧にも送信履歴は削除済みらしく、跡形もなかった。
 一体仁王は、彼へどんなメールを送ったのか。散々迷って、結局彼に聞いてみることにした。
 
 
 だが、彼からの返答は、よくわからないものだった。
 
 
 
 
 【7/6終わり】
 
 
 
 
 
2004 07/06