82:クリスマス(跡部と宍戸)
見られるのが嫌なのか、宍戸は必死に顔を背けていた。それが気に入らなくて、自分を見て欲しくて、跡部はその首筋を舐め上げた。びくりと宍戸の身体がはねたが、気にせずに続ける。のど仏に舌を這わせると、ようやく宍戸がこちらを向いた。怒ったような顔で、跡部を見上げてくる。快楽に身をゆだねてしまえば楽になれるというのに、それをせず、挑むように見つめてくる強い瞳を、跡部は好きだと思った。宍戸を好きになったきっかけなど昔のこと過ぎて思い出せないが、きっと自分はこの目に惹かれたのだろう。自分に対して、萎縮したりせずに刃向かってきたのは、宍戸だけだった。手懐けたと思っても、次の瞬間噛みつかれるような、そんな関係。自分の思い通りにならないものがあるということは、跡部にとって本来忌むべきことの筈なのに。それでも、だからこそ、自分はこんなにもこの男に惹かれるのだろう。跡部が喉で笑うと、宍戸は過敏に反応した。
「なに、笑ってやがる」
「アーン? 笑ってねえよ」
「笑ってただろ!」
「うるせえな」
こんなときだってのに、色気のない。跡部は自分の口で宍戸のそれを塞ぐと、下半身に手を伸ばした。そこは、まだ触れてもいないというのに、布越しでもはっきりとわかるぐらい形を変えている。それに気をよくした跡部が軽く撫でてやると、ねだるように宍戸の腰が動いた。
「我慢できねえのか?」
「ばっ」
口づけの合間にそう揶揄すると、宍戸は羞恥に顔を赤くした。それから、悔しそうに目を伏せる。その表情に、色気がないってのは撤回だ、と跡部は思う。ほんとうに、ここまで自分を夢中にさせるのは、こいつだけだ。下着の中に手を差し入れ、直接触ってやると、宍戸が苦しそうに息を吐いた。全く、素直じゃねえな。跡部は嘆息すると、下着ごと一気に脱がせた。
「跡部……」
不安そうな面もちをする宍戸に、跡部は少しだけ可哀想になる。同じ男として、受け入れる側の負担が大きいことはわかっていたし、特に宍戸には、好きでもない奴らに蹂躙された過去がある。自分は、そいつらと違うとはいえ、同じ行為をする以上、どうしても思い出させてしまうのだろう。どうしたら、宍戸の傷が癒えるのか。いや、どうしたって、忘れることなど出来ないのかも知れない。それでも自分の手を取ってくれた宍戸を、跡部は心底愛しいと思う。そんな想いを込めて、優しく唇を落とした。跡部の想いを感じ取ったのか、宍戸の表情が和らぐ。好きとか愛してるとか、そんな言葉は必要なかった。
宍戸の腕が跡部の背中にまわされたのをきっかけに、跡部は行為を再開した。
くすぐったさに、宍戸は目を覚ました。何かが、自分の額をくすぐっている。次第に鮮明になっていく視界の中で、青いものが揺らめいた。それが跡部の目であることに気づき、宍戸は自然と笑みを浮かべる。
「起きたか?」
「ああ……」
そう答えながら、宍戸は顔を赤くした。何今更照れてんだ、と小突かれ、そんなんじゃねえ、と返す。ただ、自分を見下ろす跡部の表情が、あまりにも優しくて、恥ずかしくなったのだ。だが、そんなことは言えなかった。言ったらばかにされるのは目に見えている。跡部は怪訝そうに宍戸を見ていたが、まあいい、と部屋を出ていこうとした。
「どこ行くんだ?」
「シャワー浴びんだよ。お前も来るか?」
にやりと不敵に笑われ、宍戸は真っ赤な顔で首を振った。跡部の笑い声が、廊下に消える。宍戸は、ほてった顔をさまそうとベッドに転がった。それから、恐る恐るシーツをめくり、自分の身体を見る。
「うわ……っ」
身体中にちらばった鬱血の跡に、宍戸は目眩がしてきた。心底、冬休みで良かったと思う。シーツをかぶると、ベッドの中を転がる。身体の奥は微かに痛んだが、歩けないほどではないことにほっとした。
「跡部、跡部のくせに、妙に優しかったもんな」
内心、もっと手荒く扱われるのではないかと思っていた。だが跡部は、どこまでも優しく、そして丁寧だった。もういい、と言っているのに尚しつこく解されて、恥ずかしさに死ぬかと思った程だ。そんなことを考えている内に、跡部の指や、舌の感触がリアルに蘇ってきて、宍戸は両手で顔を覆った。何考えてんだ俺! 日の光に照らされ、明るい室内に裸でいることが、余計宍戸の羞恥心を煽る。
「あー、俺の服どこだよ……」
いつ脱がされたかすら思い出せないのは、いささか問題があるような気もする。裸で部屋を抜け出すわけにもいかず、宍戸は跡部の帰りを待つべくベッドに転がっていた。
「亮ちゃん、おっはよー!」
「わあっ!」
突然現れたジローに、宍戸は思わず悲鳴を上げる。ジローは、そんな宍戸にはお構いなしの様子で、おはようのちゅう、と言って頬に唇を押しつけてきた。されるがままになりながら、宍戸はパニック状態に陥っていた。いくらジローが二人の関係を知っているとはいえ、こんな状況を見られるのは抵抗があった。
「じ、ジロー……」
「なあに?」
一人で青くなったり赤くなったりしている宍戸を、ジローは楽しそうに眺めている。にこにこと、いつもと変わりないジローの笑顔に、宍戸は肩の力を抜いた。
「そうだな、ジローの前で取り繕ってもしかたねえか」
「何のお話?」
「なんでもねえよ。お前、朝から元気だな」
「へっへー、クリスマスだからね!」
昨日も散々はしゃいでいたくせに、と思いつつ、でもジローが元気でいることは、宍戸にとっても喜ぶべきことであった。ジローの頭を撫でてやっていると、跡部が戻ってきた。入れ替わりに、シャワーを浴びることにして、宍戸はシーツにくるまって、廊下へ出る。
「今更恥じらう必要もねえと思うんだけどな」
「えー、でもさでもさ、ああいう亮ちゃん、かわいいって思うでしょ?」
「まあな」
「跡部、鼻の下伸びてるー」
からかうジローの頭を小突くと、跡部はありがとうよ、と言った。ジローが首を傾げると、
「宍戸に、昨日なんか言ったんだろ?」
「あー! でも、別に跡部のためじゃないよ?」
だってさ、俺、二人が仲良しだと嬉しいんだもん! そう言って笑うジローに、敵わないな、と跡部は思った。何の見返りも要求せず、純粋に好意を示してくるジローだからこそ、自分は気に入っているのだろうと。
「でも、昨日はちょっと淋しかったな〜。今日はこっちで寝てもいーい?」
「ああ、構わねえよ」
いくらなんでも、二日続けてでは宍戸の身体がもたないだろう。跡部は、ベッドに顔を埋めたジローの頭を撫でてやる。しばらくそうしていると、ジローが小さく舌を出した。
「ジロー?」
「亮ちゃんってさあ、エロい声出すよね! 俺こーふんしちゃった!」
「……てめえ、聞いてやがったのか?」
「聞こえたんだよーだ」
えへへ〜、と笑うジローにため息を吐くと、跡部は念のため確認をする。
「それ、宍戸には言うなよ?」
「っはは! 言ったら、もう絶対えっちしてもらえないね! 跡部かわいそ〜」
「ジロー」
「わーかってるって!」
俺もお風呂入ってくる〜、とジローは部屋を飛び出した。ほんとうに、得な性分だと思う。ジローでなければ、瞬時にはり倒していたところだ。
跡部はベッドに腰掛けると、つい先ほどまで宍戸が横になっていた場所を手で辿る。その残り香までもを愛しく思う自分に気づいて、苦笑した。
今日はこれから、何をしよう?
時間は、まだまだたくさんあった。
【完】