98:ホワイトディ(跡部と宍戸とジロー)


 ため息をつくと、跡部は諦めて本を閉じた。目は字を追うのだが、ちっとも内容が頭に入ってこない。サイドテーブルに本を置き、跡部は目を閉じる。
 さて、どうしてくれようか。ここ半月ほど跡部を悩ませている事柄へ思いをはせた。


「お前は、何か買ったのか」
 跡部の言葉に、お気に入りのクッションを抱いてソファーに転がっていたジローが顔を上げた。視線がぶつかって、首を傾げられる。
「なにが〜?」
 ジローの間延びした口調に片眉をあげると、跡部は足を組みかえた。
「お前も貰ってたろ、ポッキー」
 ああ、とジローが小さく頷く。起きあがって、嬉しそうにクッションへ顔を埋めた。
「亮ちゃんの、愛の証ね!」
 恥じらうことなく言うジローに、跡部は苦笑する。
「お前のその素直さを、あいつも少しは学びやがればいいのによ」
「んんん?」
 一瞬きょとんとした顔をして、ジローは笑った。
「亮ちゃんも、きっと跡部とおんなじことゆうと思うよ〜?」
「どういう意味だ、そりゃあ」
 跡部としては、とても素直に自分の気持ちを伝えているつもりだ。
「跡部は、まわりくどいとこがあるから」
「あいつに理解力がないだけだろう」
 そういえば、宍戸はたまに跡部の言葉に意味がわからないという反応をすることがある。思い出して、跡部は顔をしかめた。
「跡部も貰ったんでしょ、亮ちゃんの愛」
「当然だ」
 楽しそうに訊ねてくるジローへ傲慢な態度で頷いて、跡部はジローのことを笑えないなと少しだけ思う。
「で?」
「お返し? ちゃーんと用意してるよ〜」
 明るく言って、ジローは首を振った。
「あ、違う。これからつくんの」
「作る?」
 一体何を作るというのか。目を見張る跡部に、両手で四角いものを表しながらジローが言った。
「亮ちゃんね、CDいっぱいになっちゃったってゆってたから〜。俺棚作ったげよーと思って」
 英語がわからないくせに、兄の影響か宍戸は好んで洋楽を聴く。兄から譲り受けたCDもたくさんあるようで、整理が大変だと言っていた。
 更に身振りを交え、ジローによる棚の説明が続く。
「こやってCD飾れるやつ〜。で、ここがぱかって開くの」
「ほう」
「板切るのはがっこの技術室借りてやったから、後は組み立てるだけなんだ」
「そうか」
 技術を得意とするジローが他ならぬ宍戸のために作った棚ならば、きっとよいものが出来上がるだろう。ジローの説明ではいまいちどんな代物なのか想像できなかったが、宍戸の喜ぶ顔は容易に想像がついた。


「跡部は、まだ決めてないの〜?」
「ああ……」
 いつになく言葉を濁し、跡部はソファーに深く腰掛け直す。ジローが、クッションを置いて跡部の隣にやってきた。両手をついて、顔をのぞき込んでくる。
「跡部はあ、むずかしく考えすぎ」
 跡部が眉をひそめると、ジローは舌っ足らずに続けた。
「亮ちゃんは跡部が好きで、跡部は亮ちゃんが好きでしょう?」
「ああ」
「べつに、ものなんてあげなくていーんだよ。跡部が嬉しかったのは、亮ちゃんにチョコ貰ったから? そうじゃないよね?」
「……ああ」
 そうだ。バレンタインなんてくだらない行事だと思っていた自分が、あの日、あれほど感激したのは、決して贈られたチョコレートそのものにではなく、自分を喜ばせようと行動してくれた宍戸の気持ちにだったはずだ。
 あのときの感情を思いだし、跡部はジローに頷いてみせる。
「そうだったな。ありがとよ、ジロー」
「どーいたしまして!」
 にっこりと笑ったジローの頭を撫で、跡部も笑みを浮かべた。


 約束の日は、すぐにやってきた。あらかじめ念を押しておいたので、宍戸は朝から跡部の家を訪ねてきた。
「よく来たな」
「お前が来いっつったんだろ。毎日しつこく電話してきやがってよ」
 出迎えた跡部に文句を言いながら、宍戸は後をついてくる。テラスから庭に出ると、跡部は真っ直ぐにテニスコートへ向かった。宍戸が、弾む足取りでやってくる。
「なあ、テニスすんのか?」
 足を止めて振り返ると、跡部はちらりと宍戸の背負っているものへ目を向け、大袈裟に肩をすくめて見せた。
「お前は、なんのためにラケットを持ってきたんだ?」
「んだよっ。お前が持ってこいっつったんだろ!」
 腹を立てながらも、宍戸は帰ろうとはしない。それほど、自分とのテニスは宍戸にとって特別なものなのだ。それは、跡部の腕前がすごいからという理由だけではないだろう。
「今日は一日、つきあってやるよ」
 ベンチに荷物を下ろし、跡部は上着を脱いだ。
「ほんとか!?」
「ああ。俺様からのお返しだ、ありがたく思いな」
「……は?」
 目を丸くした宍戸に、やはりわかっていなかったと跡部は内心ため息をつく。
「今日は三月十四日だろう? 一月前のお返しだ」
 少しの間考え込んでから、ああと宍戸が大きく頷いた。
「なんだ、お前からお返しがくるとは思ってなかったぜ」
「……。俺のことをなんだと思ってやがる」
 怒るなと手を振って、宍戸が胸を叩く。
「確かに受け取ったぜ? お前の気持ち」
 どこかで聞いたような台詞を口にして、宍戸が笑った。


【完】


2005 03/15 あとがき