クレイジーセンチメンタル
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 一度も好きだと言ってくれなかった。
 西日の射す褪せた畳の上で、数えきれないほど抱き合ったというのに。

 平らな腹に手を這わせると、あなたは決まって笑い出した。
 どんなに乱れているときでもあなたの目は冷たい。あなたの中はとても熱いのに、あなたはどこか上の空で、その目が俺を見ることはなかった。
 あなたが俺の部屋に来てからひと月経つ。
 それでもまだ、俺はあなたの存在に慣れることができない。
 ときどき気まぐれに出掛けて、気まぐれに戻ってくる。
 あなたが戻ってくるまでの時間は永遠より永い。
 あなたを見ているとどうしようもなく落ちつかない。
 あなたがいないといてもたってもいられない。
 甘い言葉もやさしい仕草も、何一つ与えてはくれなかった。
 俺はそれが不満なのかすらもうわからない。
 あなたが息をしているだけで、俺は不安になる。

 あなたは赤い顔をして、風邪をひいたようだと言った。汗を流さずに寝たので風邪をひいたのだと。
 俺はどこにも行かずにあなたのそばにいて、あなたの言うままに氷枕を支度しお粥を作った。
 何日もそうして過ごした。
 そのうちあなたは何も言わなくなる。
 呼吸をするたびに、ひゅう、と喉が鳴る。
 吐息が火のように熱い。
 俺はただ見つめていた。
 あなたが息をしているだけで、俺は不安になる。

 夕暮れのうだるように暑さの中で、俺はあなたの寝顔を見つめていた。
 ねっとりとした腐臭すら愛しい。
 もう開かないあなたのまぶたを見つめて。
 あなたの目が好きだったことをあらためて思い知る。

 

     *

 

 明日死ぬのだとしても、働かねばメシが食えない。
 腹が減るとやはりつらい。
 明日死ぬのだとしても。

 アパートを引き払い家財を売ってしまうと、思いがけずうきうきした。
 着の身着のままで部屋に転がりこむとおまえはあたふたして、それでもなぜとは尋かなかった。
 おまえの作るメシを食って、おまえの支度した風呂に入る。湿った布団に文句を言うと、乾燥機を買ってきた。
 おまえがいない日中、俺は擦り切れた畳の上でぼんやりと過ごした。
 昼は薄暗く、夕方にはもろに西日の射し込む部屋だ。
 でも嫌いじゃない。汗でびしょ濡れになりながら、かさかさした畳の上でおまえに抱かれるのは嫌じゃなかった。
 畳は枯れた草のようなかすかにカビくさいようなにおいがする。
 おまえはいつも、何かを念じるような難しい顔をして俺を抱く。
 俺はわざと目を逸らして、窓に矩形に切られた空を見上げる。
 空を見ながら、おまえの陽に焼けた腕や意外に筋肉の乗った胸を感じた。

 関節が痛み始めてから熱が出るまではあっという間だった。
 苦しいけれど、思っていたほどではない。
 どこにも行くなと言うと、おまえは素直に従った。
 仕事にも買物にも行かずに俺のそばにいる。
 それはそれで鬱陶しい。
 けれど浅いまどろみから覚めたとき、おまえの姿を見つけるとほっとする。
 おまえは何かを念じるような目をして俺を見ている。
 なんだか抱かれたくなった。
 窓越しに空を見上げた。
 雲ひとつない青空だった。

 

 

 

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*「クレイジーセンチメンタル」覚書*
2000/07/14〜2000/07/15
2000/07/24 サイト“BOY'S LOVE”に投稿
2001/01/14 “Phosphorescence”UP